第2話 最強の分業
「……終わった」
蓬カナタは、絶望とともにスマートフォンの画面を見つめていた。場所は自宅のボロアパート。時刻は正午を回っている。本来なら、二度寝、三度寝を繰り返し、泥のように眠っているはずの時間帯だ。
だが、枕元で狂ったように振動し続ける通知音が、彼から安眠を奪い去った。画面に映し出されているのは、動画配信サイトのトップニュース。
新宿御苑に魔神降臨!? Fランク探索者、あくびで災害指定個体を消滅させる。
サムネイルには、間の抜けた顔であくびをするカナタの横顔と、その直後に更地と化したダンジョンの比較画像がデカデカと貼られている。
背筋が凍る。カナタが最も恐れていた事態、それは「目立つこと」だ。目立てば、周囲が騒がしくなる。騒がしくなれば、気を使って脳のリソースを消費する。
そうなれば、ただでさえギリギリのバランスで維持している魔力制御(蓋)がおろそかになり、最悪の場合、東京の一区画を吹き飛ばすほどの大惨事を引き起こしかねない。
「引っ越しか……いや、金がない……」
頭を抱えるカナタ。その時、スマートフォンが異常な熱を帯び、勝手に起動した。
「――情けない悲鳴ね。私のマスター候補がこんな腑抜けだなんて」
「は……? 誰だ?」
「私はナビ。あんたの端末に住み着いた超高性能AIよ」
画面に生意気そうな顔文字が浮かぶ。カナタの放出する異常な魔力波に引き寄せられ、ネットワークの海から漂着した電子生命体だという。
「単刀直入に言うわ。あんた、今のままだと特定班に住所を割られて社会的に死ぬわよ? でも、安心して。私がログを消して、フェイク動画を作る手助けをしてあげる」
「……条件は?」
「魔力よ。あんたの垂れ流してるその無駄なエネルギー、私にとっては極上のキャビアみたいなものなの。あんたは私に餌(魔力)をやる。私はあんたのプライバシーを守る。Win-Winでしょ?」
カナタは溜息をついた。背に腹は代えられない。
「じゃ、行くわよ。ダンジョンであえてショボい魔法を使う動画を撮って、あれは映像加工でしたってアピールするの」
不本意ながら再び訪れた新宿御苑ダンジョン。野次馬を避けるため、カナタはナビの誘導で人気のない資材置き場エリアへと入り込んだ。
「ここで何をすればいいんだ?」
「適当な雑魚を倒すフリをして……む、誰かいるわ」
資材の陰から、低い唸り声が聞こえてくる。カナタがそっと覗き込むと、そこには信じられない光景があった。
身長2メートルを超える巨漢が一人。分厚い筋肉の鎧、彫りの深い凶悪な顔立ち。まるで伝説の戦士のような風貌の男が、鏡に向かってポーズをとっていた。
「……我は……最強の戦士……。うむ、いい角度でごわす」
男は鏡の前で腕を組み、ニヒルな笑みを浮かべている。だが、その足元には、なぜか小さな「スライム」が一匹、ぷるぷると震えていた。Fランク以下の、最弱モンスターだ。スライムが巨漢の足に体当たりをする。ぽよん。
「ひぃっ!?」
巨漢が裏返った悲鳴を上げて飛び退いた。顔面蒼白になり、腰が引けている。
「く、来るな! わ、わしの筋肉はすごいんでごわすぞ! 見かけによらず硬いんでごわすぞ!」
巨漢、岩鉄ゲンゾウは、スライム相手に涙目で威嚇していた。カナタは呆然とした。
(なんだあの人……あんなナリして、スライムにビビってるのか?)
「……面白いデータね」
ナビが興味深げに呟く。
「スキャン完了。名前は岩鉄ゲンゾウ。登録はFランクの荷物持ち。……なるほど、そういうこと」
「どういうことだ?」
「彼、才能の割り振りが極端なのよ。肉体の耐久値だけはSランク並みなのに、筋力出力と魔力値がほぼゼロ。おまけに極度のビビリ」
つまり、どんなに攻撃されても頑丈で死なないが、自分からは何も倒せない。その見た目のせいで「強そう」と期待され、失望され続けてきた男。それがゲンゾウだった。
「……あぉ、神よ。なぜわしに、こんな強そうな体を与えたのでごわすか……」
ゲンゾウはスライムが去った後、ガックリと膝をついて嘆いていた。
「わしだって……英雄になりたかった。みんなを守って、カッコよく戦いたかった……。でも、わしには才能がない……ただのデクの坊でごわす……」
その悲痛な叫びは、カナタの胸に妙に刺さった。あちらは「力がないのに、器だけ立派」。こちらは「器が壊れているのに、力がありすぎる」。
正反対だが、どちらも「自分ではどうにもならない運命」に苦しんでいる。
その時だった。地面が大きく揺れた。資材置き場の奥、暗がりから巨大な影が這い出してくる。金属質の甲殻に覆われた巨大なムカデ、アイアン・センチピードだ。
「ひぃぃぃっ!! む、虫ぃぃぃ!!」
ゲンゾウが悲鳴を上げる。だが、彼は逃げなかった。逃げ遅れたカナタの姿が目に入ったからだ。
「――っ! 若者! 逃げるでごわす!」
ゲンゾウは震える足で踏ん張り、カナタとムカデの間に割って入った。両手を広げ、盾になる。
「く、来るならわしを食え! わしは硬いぞ! 消化不良を起こすぞ!」
「ゲンゾウさん!?」
「早く逃げろ! わしはどうせ、役立たずの荷物持ち……せめて最後くらい、誰かの役に立って……!」
足はガクガク震え、涙と鼻水で顔はぐしゃぐしゃだ。それでも彼は引かなかった。力はない。才能もない。それでも「英雄」に憧れた心だけは、本物だった。
「……合格ね」
ナビが冷徹に、しかし楽しげに告げる。
「マスター。あの空っぽの器にあんたの燃料をぶち込みなさい」
「え?」
「彼は最高のハードウェアよ。頑丈すぎて壊れない。でも動かすエネルギーがない。……だったら、あんたの余りある魔力を流し込んで、彼を駆動させればいい」
カナタは迷わなかった。震えるゲンゾウの巨大な背中。そこに駆け寄り、掌を叩きつける。
「ゲンゾウさん! その願い、叶えてやるよ!」
「へ!? な、何を……!?」
ドクンッ!!
カナタの手から、制御不能の魔力がゲンゾウの体内へと雪崩れ込んだ。通常なら爆散しかねないエネルギー量。だが、ゲンゾウの無駄に頑丈な肉体は、それをきしみ一つ上げずに受け止めた。
空っぽだったダムに、大量の水が満ちていく感覚。ゲンゾウの全身の血管が、魔力の光で金色に輝き出す。
「接続完了。燃料供給、安定。ドライバー、岩鉄ゲンゾウを認識。――英雄モード、起動」
「な、なんだ!? 体が……熱い! 力が……力が湧いてくるでごわす!」
ゲンゾウが自分の手を見つめる。恐怖で縮こまっていた心が、熱い高揚感で塗り替えられていく。今まで重くて思うように動かなかった巨体が、羽毛のように軽い。
「いける……今なら、何でもできる気がする!」
センチピードが襲いかかる。鋭利な牙が、ゲンゾウの胴体を噛み砕こうと迫る。だが、ゲンゾウは笑った。無意識に、憧れていたヒーローの構えを取る。
「うおおおおぉぉぉっ!!」
ゲンゾウの拳が、光を纏って突き出された。それは武術などではない、ただの素人のパンチ。だが、そこには核融合炉級の魔力が込められている。
ズドォォォォォン!!
轟音と共に、衝撃波がトンネル状に突き抜けた。センチピードの上半身が消し飛ぶ。残った胴体が、ボロ雑巾のように地面に転がった。
「……え?」
静寂が戻る。ゲンゾウは、湯気を立てる自分の拳を呆然と見つめた。夢にまで見た光景。自分が、一撃で、怪物を倒した。
「わ、わしが……やったのでごわすか……?」
「ああ、あんたがやったんだ」
カナタが後ろでへたり込みながら言った。魔力を大量にパスしたおかげで、体内のタンクが空き、頭がすっきりと冴え渡っている。数年ぶりに味わう、体の軽さ。
「す……すげぇぇぇ!!」
ゲンゾウが男泣きしながら叫んだ。
「これだ! わしが憧れていたのは、これなんでごわす! ありがとう! ありがとう若者!」
ゲンゾウはカナタに抱きつこうとして、カナタが慌てて避けた。
「落ち着きなさい、脳筋」
スマホからナビが声をかける。
「それは一時的なドーピングよ。カナタが魔力を供給している間だけ、あんたは最強の英雄になれる」
「カナタ殿が……?」
「そう。これは取引よ。岩鉄ゲンゾウ」
ナビが条件を提示する。
「あんたは最強の肉体(器)を持っているが、中身がない。カナタは最強の魔力(中身)を持っているが、器が壊れてる。……分かるでしょ?」
ゲンゾウはゴクリと唾を飲み込んだ。カナタが、気だるげな目でゲンゾウを見上げる。
「俺は、目立ちたくないし、魔力が溢れて辛いんです。だから、あんたに俺の魔力を引き受けてほしい。そして、俺の代わりに英雄として表舞台に立ってくれませんか?」
「英雄に……わしが?」
「はい。あんたが敵を倒して、称賛を浴びてください。俺はその影で、ただの荷物持ちとして楽をさせてもらう。……これって、お互いに最高の条件じゃないですか?」
ゲンゾウにとって、それは悪魔の契約であり、同時に天からの救いでもあった。カナタと一緒にいれば、自分は夢見た「本物の強者」になれる。もう誰にも馬鹿にされない。自分を誇ることができる。
「……やる」
ゲンゾウは涙を拭い、力強く頷いた。その顔には、先ほどまでの怯えはない。借り物の力であっても、その魂に火がついたのだ。
「やるでごわす! カナタ殿の盾となり、矛となり、わしが天下を取ってみせるでごわす!」
「(いや、天下までは取らなくていいんだけど……)」
カナタは苦笑したが、まあいいか、と思った。これで自分は安眠できる。
「契約成立ね」
ナビが満足げに告げる。
「燃料、技術(AI)、現場。――最強の分業パーティ、ここに爆誕よ」
こうして、世にも奇妙な共犯関係が結ばれた。見た目は最強だが中身はビビりのゲンゾウと、見た目は弱そうだが中身は化け物のカナタ。
二人は互いの欠落を埋め合いながら、ダンジョンの深淵へと挑んでいくことになる。
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