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序話

 殺人を犯す人間は、例え生まれ変わったとしても殺人をやめることはできない。


 肉を潰す感覚。首を絞める感覚。筋繊維を切る感覚。骨を砕く感覚。心臓を止める感覚。血管を千切る感覚。目を抉る感覚。皮膚を剥ぐ感覚。人を殺す感覚。

 一回でもその非日常を味わえば、ただの日常を退屈だと感じてしまうだろう。

 殺人とは甘美であり、甘味である。性癖でありその人にとっての正義である。


 一江いちえ永人ながとは、法廷で悪びれもせずにそう応えた。


 だから殺した。殺すしかなかった。自身はその業を背負っているのだから。


 彼の弁護士は情状酌量の余地を求めたが、結果は惨敗。三十人以上を殺した彼は、異例の早さで死刑が敢行されることとなる。

 恐怖の殺人鬼は、そうやってその生に幕を閉じた──はずだった。


 血の臭いに顔を顰める。十六年ぶりに嗅いだものだから忘れていた。いや、そもそも忘れさせられていた。

 どうやら永人は死んで生まれ変わりを果たしたらしい。異世界にそれも女として。

 十六年。地方貴族の令嬢としてお淑やかに健やかに育てられた。両親や友人に恵まれて、何不自由なく。名前をリィーン・アインシュに改めて。

 時たま平和を感じると体がむず痒くなるという現象はあったが、生活していくうえでは何ら支障はなかった。

 

 しかし、その生活も今日で終わり。


 食堂では妹たちが喉を切られて死んでいた。まだ年端もいかない力のない女の子たちだ。いつもお姉様お姉様と可愛らしくリィーンの背中にくっついて来ていた。

 台所では母と侍女長がナイフを刺されて亡くなっていた。貴族にしては変わった母で、家の用事を率先してやりたがる人間であった。そんな母を、侍女長が困った顔をしながらも仕えていた。

 家の各所では使用人たちが無惨に殺されていた。きっちりと仕事をこなし、リィーンたちのことを敬ってくれていた。

 玄関ホールでは父が首を跳ねられて息絶えていた。忙しい政務の間でも、家族のために時間をつくってくれていた優しい父だ。時に厳しく躾けるときもあったが愛を持って接してくれていた。


 幸せだった家庭は、ものの一時間にして崩壊したのだ。


 家族たちを殺したのは盗賊“の格好をした”者たち。端から見れば、自分たちは盗賊に襲われて全員死んだ運のない人たち。しかし、冷静に客観的に見れば至るところに違和感がある。


 まず町を先に襲うのではなく、真っ先に貴族の屋敷を狙ってきた。

 町には従軍している兵士たちがいるはずだが、動く気配がない。

 何より、父は地方とは言え貴族だ。一介の盗賊に遅れを取る人間ではない。


 一通り見回って、誰もいないことを確認したリィーン。さてと、使用人たちが使っていた部屋へと向かった。そこは綺麗に整頓されていて、とても丁寧に使ってくれていたことが分かる。

 リィーンは洋服掛けからメイド服を取り出すと、全身鏡の前へと立った。


 白色のドレスは血だらけになっている。彼女自身剣で斬りつけられて、殺されかけたのだから当たり前だ。前世の記憶が戻るとともに、体が奇跡的に治癒した。後もう少しでも遅れていたら、絶命していただろう。


 ドレスを脱ぐと、華奢な体が露わになった。白色で柔らかそうな肌は、触れれば壊れてしまいそうだ。控えめな胸は、己の呼吸に合わせて上下している。

 

 用意していたメイド服に手を通す。着替え終わると、改めて鏡に顔を向けた。


「これは……」


 あまりに似合わなさすぎて、思わず声を漏らしてしまった。


 金色のウェーブのかかった長い髪。汚れながらも輝きを失わず、艶がある。鼻筋が通った顔に艶のある小さな唇。少し垂れ気味な大きな目は、人懐っこい光を宿す。

 お遊びで使用人の服を着ているお嬢様にしか見えない。リィーンのことを知っている人間が見れば、間違いなく一目で彼女だとわかるだろう。

 バレてしまうのはとても困る。状況から察するに、この襲撃を企てた人間は少なからずリィーンのことを知っている。奇跡的に助かったのに、再び殺されてはたまったものではない。


 仕方ないと、小さくため息をついた。

 鋏を探し出して、髪の毛を切る。敢えてボサボサに、見窄らしく。床に散らばった自身の髪の毛は、きっちりと後片付けをした。

 再び鏡を見ると、ボサボサのボブカットの少女が立っていた。これならば少なくとも、どこかの貴族だと思う人間はいないだろう。


 己自身の準備はできた。あとは、リィーンは完全に死んだと思わせる工作が必要だ。


 屋敷の中を再び歩き回り、自分と背丈の合った使用人を一人見つける。服を脱がせて、そのままリィーンが着ていたドレスに着替えさせた。


 一つ大きく息をついてから、顔面を人相が分からなくなるまで魔法で焼く。記憶を取り戻す前のリィーンならできなかったが、今は違う。死体とともに積み上げてきた日常は、彼女の感情を希薄にするには十分だった。

 正確に言えば、少なからずの感情はある。家族を殺されて想うところもある。しかし、冷静に行動できるくらいには安定していた。


「……よし」


 出来上がった身代わりの死体を見て、小さく息をついた。顔を分からなくしただけであるが、これをリィーンだとみんな思うだろう。

 現代社会ならまだしも、今いる世界は技術的には中世ほど。死体を細かく調べるようなことはしない。


 これでリィーン・アインシュを認知する人間はいなくなるだろう。

 明日になれば国全体がこの騒動に気づき、大体的に一家が殺されたと報じられる。そして、真相は闇に葬られることになる。

 見出しは『盗賊、貴族一家殺し』と言ったところだろうか。


 しかし、聡い人間ならこれが盗賊によるものではないと気づくだろう。

 従軍兵士がいまだに駆けつけてこないところを見ると、何かの力が働いているのは明らかだ。他にも荒らされてはいるが盗まれてるものが少ないなど、探せば矛盾点など山ほど出てくる。

 そして、気づいた上で気づかなかったふりをする。


 明らかに国の闇の部分が関わっている。触れたいと思う人間は、オカルト好きくらいだろうか。


 大きなため息が漏れる。やはり己はこういったことから逃れられないらしい。

 人間のエゴに生活を壊され、人間のエゴに殺される。人間など、結局世界が変わっても変わらないものである。


 だったら好きにするまでだと、口角を上げる。


「悪いねリィーン・アインシュ。お前の生はここまでらしい」


 誰に届くでもない放った言葉は、空中に溶けて消えた。

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