21 エピローグ
最終話です!
「そういえば……あの従者は?」
私は、みんなで大喜びしていてふと思い出した。
「ここだ」
イワナガ様が裏切り従者の首根っこを掴んで引っ張ってきた。
「あれ……?」
従者はさっきまでと見た感じが変わっている。
「なんだか、小さくなった……?」
「だね、細くなって……」
「みすぼらしくなったと言うか……」
華耶達の感想も私と同じようだ。
「それは天の邪鬼ね、そうではないかと思っていたけど……」
アマテラス様が言った。
「「「「アマノジャク?」」」」
(聞いたことあるかも……昔話が何かで)
「ええ、時々出てきてしまうのよ」
アマテラス様は困り顔だ。
「ここしばらくは出てこなかったのに……」
サクヤ様も憂い顔で言った。
「それにしても、今回のは度が過ぎるわ」
そう言うウカ様の声は落ち着いて聞こえるが、天の邪鬼に向ける視線はとても鋭く、静かな怒りに満ちているようだった。
(だよね……)
ウカ様の保護下にあった孤々乃があんな危険な目にあったのだから。
ウカ様は天の邪鬼に向かって手を伸ばした。
すると、天の邪鬼の胸がぼんやりと光り、胸元から鈍く光る何かが出てきた。
それは、空中をウカ様に向かってゆっくりと動き、伸ばした彼女の手に収まった。
「やっぱり……」
手の中の物を見ながらウカ様が独り言のように言った。
「思っていたとおりのもの?」
アマテラス様が聞いた。
「ええ、殺生石の欠片です」
ウカ様が沈んだ声で言った。
「くそ、もう少しだったのによ」
イワナガ様にがっしりと押さえつけられながら、天の邪鬼が憎々しげに言った。
「なんだと?」
イワナガ様が低く凄みのある声で言った。
「いつもいつも茶番ばっかりじゃねえか。いい加減うんざりなんだよ」
天の邪鬼はなおも続けた。
「まあ、どうとでもしてくれよ。神様にぶっ殺されても、また元に戻れるしな」
天の邪鬼には反省の色などまるで無かった。
「じゃあ、あたしが殺してやろう」
後ろから女性の声がした。
振り返って見ると、そこには女傑部隊首領である鬼の大王の妻と、その娘がいた。
「父上の仇を取ってやる!」
母親は太刀を、娘は小太刀を構え、怒りの全てを視線に込めて天の邪鬼を睨んでいる。
「な、何言ってるんだ、お伽界の者同士じゃ殺せるわけがねえだろ」
そう言いつつも、天の邪鬼は目に見えて怯んでいる。
「殺せないまでも、苦痛は与えられるぞ、それもかなりの苦痛をな」
天の邪鬼を押さえているイワナガ様が残忍な笑みを浮かべながら言った。
「ひっ……!」
天邪鬼の顔から血の気が引いた。
「それは、だめよ」
アマテラス様が言った。
「なぜですか!?」
大王の妻が怒りを顕にして言った。
「そんな汚れ仕事をあなた達にさせたくはないからよ」
「ですが……ですが……!」
アマテラス様の言葉に、納得がいかない大王の妻は必死に怒りを抑えている。
「それにね、その者にはもっと厳しい罰を与えようと思っているの」
「罰……?」
「ええ、その者は黄泉比良坂に送ります」
「黄泉比良坂!」
大王の妻の顔が一気に蒼白になった。
「よもつひらさか?」
華耶がサクヤ様に聞いた。
「ええ、黄泉比良坂、黄泉の国への入口よ」
落ち着いた声でサクヤ様が言った。
「ひぃいいいいーーーー!」
いきなり天の邪鬼が悲鳴を上げた。
「いやだ!黄泉比良坂なんていやだぁああああーーーー!」
天の邪鬼は半狂乱になっている。
「おとなしくしろ」
と、たしなめるイワナガ様の手を振りほどくと、天の邪鬼はアマテラス様の足元にひれ伏し、頭を地面に何度も打ちつけながら、
「お願いします、お願いします、お願いします!どうか!どうか!どうか!黄泉比良坂だけはお許しください!」
と、必死に懇願した。
「だめよ」
アマテラス様は冷徹に言い渡した。
「お許しください!お許しく……」
アマテラス様が手を振ると天の邪鬼は霧のように姿を消した。
(天の邪鬼があんなに恐れる黄泉比良坂って……)
「あの……アマテラス様……?」
私は恐る恐るといった態度で聞いた。
「なあに、桃ちゃん?」
アマテラス様はいつも通りの優しい笑顔で言った。
「あの……黄泉比良坂って、どういうところなんですか?」
「そうねぇ、あなた達に分かりやすいように言うと……地獄の入口ってところかしらね、うふふ」
(うふふ……?)
アマテラス様、怖いです。
「黄泉の国はイザナミ様が統べていらっしゃるのよ」
ウカ様が言った。
「イザナミ様?」
和叶が聞いた。
「ああ、そうだ。とても強く、そして怖いお方だ」
イワナガ様が言った。
(あのイワナガ様が……)
心から恐ろしそうな顔をしている。
「あの天の邪鬼にはイザナミ様がたっぷりとお説教をしてくださるでしょう。ただ……」
アマテラス様は少し困った顔をした。
「今回のことは、私達にも多少の落ち度があるわ」
「そうですね……」
イワナガ様が悔しそうに言った。
「殺生石の結界の綻びにも気付けなかったしね」
ウカ様も暗い表情だ。
「結界の管理は私達の責任ですものね」
サクヤ様も沈んだ顔だ。
「なので、私達もイザナミ様にお叱りをいただかなければいけないわ」
アマテラス様が諦め顔で言った。
「「「!」」」
ウカ様、イワナガ様、サクヤ様の顔が驚くほど蒼白になった。
(どんだけ怖いんだ、イザナミ様って……)
「まあ、盾代わりにスサノヲを連れていくから大丈夫よ」
アマテラス様が、彼女らしからぬ意地悪な笑顔で言った。
「スサノヲにイザナミ様のお怒りを全て受け止めさせるの。私はあの子にそれくらいの大きな貸しがありますからね」
「貸し……?」
私は深く考えずに聞いた。
するとイワナガ様達が何やら妙な目配せを始めた。
(……?)
「そうよ、あの子はね、こともあろうに私の部屋にうん◯をしたの!」
「え……ええ?」
女神の口からそんな言葉が出てくるとは思いもしなかったので、私は聞き間違えたのかと思った。
「もう、私の部屋のあちこちをうん◯だらけにして!」
「あ、あの……」
「しばらくは部屋中がうん◯臭くて大変だったのよ!」
聞き間違いではなかった。
(女神様がうん◯連発って……)
「あの、アマテラス様、子供たちの前ですから、そのへんで……」
ウカ様がとりなすように言った。
すると、それまでの剣幕が嘘のように消え、
「あら、私としたことが、少々品がなかったわね、うふふ」
と、元の慈悲深い笑顔に戻ってアマテラス様が言った。
「あの……」
孤々乃がウカ様の袖を指で摘んで引っ張った。
孤々乃はキュウビから救出されてからは、ずっとウカ様のそばを離れなかった。
「なあに、孤々乃ちゃん?」
アマテラス様に向けていた困惑顔を優しい笑顔に変えて、ウカ様が答えた。
「あの……あの子は」
孤々乃が指差す方を見ると、そこには黒くて丸い物が落ちていた。
「そうだったわね……」
ウカ様が思い出したように言った。
「あれ、なんだろうね?」
「丸っこいけど」
「近くで見てみようか?」
私達は口々に言いながら、それに近づいて行った。
「だめっ!」
孤々乃がらしくない激しさで言った。
「「「え?」」」
私達はビクッとして止まった。
「ええ、まだ近づかないで」
ウカ様がそう言いながら、その黒くて丸っこい何かに歩み寄った。
孤々乃がすぐ後ろに付いている。
ウカ様はしゃがんでそれに手を載せた。
「息はしているわ」
「……!」
ウカ様の言葉に孤々乃の表情が明るくなった。
「孤々乃、それって……」
私は孤々乃の後ろからそれを見て言った。
「うん、キュウビだよ」
孤々乃か静かに言った。
「近づいて大丈夫なの……?」
和叶が心配そうに言った。
「今は、大丈夫よ、とても弱っているから」
ウカ様が言った。
すると、小さく丸くなったていたキュウビがモゾモゾと動き出した。
そして、頼りなさげに首をもたげて私達を見ると、
「キュゥーーン……」
と、小さな声で鳴いた。
(え……ヤバい、カワイイ!)
早くも私はやられてしまいそうだ。
「また復活して襲ってきたりするのですか?」
華耶が聞いた。
「そうね、そうなると思うわ」
「そうしたら……」
「ええ、殺生石に封印しなければならないわ」
「「「「……」」」」
私達は言葉を失った。
「あの、ウカ様」
孤々乃が思い詰めたように言った。
「なあに?」
「この子を殺生石に封印しないであげる方法はないのですか?」
孤々乃は真剣な目でウカ様を見つめている。
「私、キュウビに囚われていた時に感じたんです。この子、とても苦しそうだなって」
と言う孤々乃の言葉に、
「そうね、天の邪鬼に無理矢理使役させられていたようなものだものね」
アマテラス様が言った。
「ますます、あの天の邪鬼が許せないね!」
「だよね!」
華耶と和叶が頭から煙を出して怒っている。
「その天の邪鬼も今頃はイザナミ様のところで、想像もつかないような恐ろしい目に合っているだろう」
イワナガ様が言った。
「そうね。機会があったらあなた達も、イザナミ様にお会いしてみるといいわ」
サクヤ様がサラッと言った。
「「「ええーーーー!?」」」」
私達が恐怖の叫びを上げると、
「大丈夫よ、あなた達に怖いお姿をお見せになることはないと思うわ」
ウカ様が言うとアマテラス様が、
「ええ、本来は慈悲深くお優しい方ですから。ただ……」
「ただ……?」
「イザナミ様の体は脆くてらっしゃるから」
「脆くて?」
「ええ、なので何かの拍子に目がポロッと落ちてしまったりして」
「え?」
「その落ちた目玉を拾って目に入れ直してニッコリ、なんていうこともあるかもしれないわね、うふふ」
「「「「ひぃいいーー!」」」」
(うふふじゃないです、アマテラス様!)
「お話が逸れてしまったわね」
ウカ様が言うと、
「あら、そうね、ごめんなさいね」
アマテラス様がニッコリと言った。
「キュウビは殺生石に封じ込めなければなりません」
「……」
孤々乃は唇を噛み締めている。
「と、私としては言わなければいけないのだけれど」
「え……」
「孤々乃ちゃんには、私のせいで辛い思いをさせてしまったものね」
「ウカ様……」
「私もできるだけのことはしてみるわ」
「ありがとうございます!」
「でも、危険だとなったら、殺生石に封じ込めなければならないということは知っておいてね」
「はい!」
孤々乃は目に涙を浮かべながらも、晴れやかな笑顔で答えた。
「よかったね、孤々乃!」
「ずっとカワイイままでいるといいね!」
「名前もつけてあげようよ!」
私達は口々に言いながら孤々乃を取り囲んだ。
「それじゃ、みんな、帰りますよ」
アマテラス様が言った。
「「「「はい!」」」」
こうして、私達のお伽界での楽しく、そして少し怖くもあった冒険が終わった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
元の世界に戻って数日、私は十六歳の日々を楽しく過ごしている。
お伽界で過ごした記憶は今も私の中に鮮明に残っている。
でもその記憶は、いずれ少しずつ薄れていくのだろう。
(お父さんもそう言ってたし)
細かい記憶は薄れていって、楽しかったという記憶だけが残る。
それは、格好をつけた言い方をすれば「青春の思い出」というものなのだろう。
(ちょっと寂しいけど……)
それならそれで、華耶、孤々乃、和叶と、できるだけたくさん話そう。
お伽界での楽しかった思い出を。
そう思いながら私は、大伯母さん……アマテラス様にもらった鏡を、今は私の顔が映っているだけの鏡を静かに見つめた。
――――おわり――――
読んていただきありがとうございました!




