エピソード4
「え?!」
昼前、ベンがこちらを見て豆鉄砲でも食らったような顔をした。そりゃあそうだ。昨日あんなに荒療治をした俺が、今や何食わぬ顔で部屋を物色しているのだから。どうやら昨日の薬液が効いたらしい。だがどうしてだろう、治療した本人がそこまで驚くなんて。
「おはようございます。あの、服を借りてもいいでしょうか。」
「、、え?ああ、俺の着替えでよかったら後で持ってくるが。それより、その、体は大丈夫なのか?」
脇腹に手を置きぐっと押してみる。が、多少痛いだけで生活に支障をきたすほどではないだろう。
「大丈夫みたいです。なんか、昨日のことが嘘みたいに、治療のたまものですね」
俺は右腕をぐるんぐるん回しながら話した。
しかし、ベンの表情から見るに、この回復の速度は亜人ではありえないらしい。もしかしたら神様は意外とオプションをつけてくれたのかもしれない。回復速度大みたいな。
「そ、うなのか。よかった」
未だに納得のいってない表情をしている。
「あの、服を、」
「ああ!そうだったな。待ってろ、今俺の着替えを持ってくる」
ベンは、服のことが頭から抜け落ちていた。どうやら、かなりの衝撃だったようだ。部屋を出て着替えを取りに行った彼の姿を見送った。あの薬液がたまたま人間には効果が絶大っだったということか?
いや、考えようと考えまいと体調がよくなったことには変わりない。ありがたいことだ。
ベンが持ってきてくれた服はぴったり、とはいかなかった。まあ彼の身長が大体180㎝に届いているのかどうかといったところ。かたや、俺の身長は彼よりも低い。大体170ぐらいだろうか。多少ブカっとした白のシャツに緑のパンツをもらい、着替えた。
「あの、それで昨日の続きで、訊きたいことがあります。」
「その前に、敬語はよしてくれ。俺にもあいつらにも。どうも、敬語だとむず痒くってたまんねぇ」
「分かり、わかった」
昨日と同じように、俺はベッドに、ベンは椅子に腰かけた。
「ああ、そうだな。ええ、何から話すべきか、」
「まず、人間と亜人との間に何が起きているのか教えて。」
ジェイドのことと言い、、撃たれたことと言い、この世界ではいったい何が起きているのか、それについて、知らなければならない。
「ま、そうだよな。とはいえ、大体わかっていると思うが、人間と亜人はめちゃくちゃ仲が悪い。」
「まぁ、そんな気はしてた。」
「これは、俺らが生まれる数十年昔のことなんだが、この世界には魔族っていう奴らがいたらしい。そいつらは畑を荒らしたり、家畜を殺したり、酷いところだと村を壊滅させていたらしい。そこで、人間と亜人、どちらも魔族という共通の敵を討つため、協力関係を築いた。そして、勇者と呼ばれる人間の青年を筆頭に、彼らは魔族と戦った。数年にも及ぶ戦争の末、魔族の王、魔王を打ち破り、世の中に平和と安寧が取り戻された。」
よくある異世界転生もののシナリオだ。ゲームとか漫画とかラノベとか。というか、勇者なんているのか、この世界に。
「それからだ、当時の人の王や貴族たちが、今度は亜人が人間の住む国を乗っ取ろうとしている侵略者たちだと国民に吹聴しだした。その話は瞬く間に国中に広まり、亜人は協力関係から迫害対象になった。今じゃ人間は亜人を見つけると16歳未満は奴隷にするため捕獲、それ以上だと即時討伐だとさ、それができたら賞金ゲット。酷いよな。そんで一緒に戦った勇者様は行方不明になるし、当時の騎士団長様は殉職されちまったから、最悪の滑車を止める奴なんて誰一人としていなかった。」
「、、、」
「人間嫌いになる理由わかっただろ」
「そりゃあ、ジェイドもああなっちゃうわけだ」
窓を覗くと生い茂る森の中でジェイドが斧で薪割をしていた。昨日の興奮した表情ではなく、凛々しい本来の顔つきで。
「あいつは、親を目の前で殺されたんだ。それもやっと物心ついたころに」
窓の外のジェイドと目が合うとあからさま嫌な顔をされ、遠くに行ってしまう。
「親の仇である人間に命を助けられたのが気に食わないのさ、あいつは」
「そう、だったんですか」
気まずい沈黙の時間が流れる。自分は関係ないとはいえ人間が彼らに残虐な行為を行っていたのは事実、もしかしたらジェイドと自分は分かり合えないのかもしれない。
だがそんなことは後で考えればいい。まずはこの沈黙を打ち破らなくてはいけない、そんな気がする。
「あ、えっと、今更だけど亜人って何種類ぐらいいるの」
我ながら、もっと他に話題ないのか!と己を叱責した。
「大きく分けて3種類だ、俺やジェイドみたいな獣人、カムみたいな鳥人、それから俺は会ったことないが人魚だな」
おお!人魚!まさにファンタジー!自分のあこがれがまさに彼の口からでた。
「もしかして、魔法とかもある?!」
俺は食い入るように聞いた。種も仕掛けもない本当の魔法なんてこの世界にあるのだろうか。
「ああ、あるぜ。ただ、使える奴なんて滅多にいない」
この世界にある嬉しさと使えない可能性の高さに複雑な気持ちになった。
「もしかしたら、ハルヒコの回復の速さは魔法だったりしねぇか?」
確かに!もしかするとこの回復速度は自分の持つ魔法の力なものかもしれない。するとベンは部屋を出て、階段を降り、しおれた花が入った花瓶を持ってきた。
「ちょっとこの花に手をかざしてみてくれ、もし回復魔法が使えるのならこの花が元通りのみずみずしい花になるはずだ」
俺は両手を花の前にかざす。、、、、、、何も感じない。ベンも、あーあ、やっぱりか、みたいな表情をしている。もう少ししたら来るかもしれない、いくら踏ん張ろうと来ないものは来ないのか、、、、来なかった。
「ふつうは、ここまで回復する奴いねえからもしやと思ったが、お前がタフなだけだったか」
ハハッと笑い、花瓶を持って部屋を出た。恥ずかしい、恥ずかしすぎる。自分は魔法が使えると思い、どや顔で手をかざしていた。
赤面していると、またベンが部屋に入ってきた。
「そろそろ昼飯にするから手伝ってくれ」
そういって、ドアの前で手招きをした。
ドアを抜けると小さな廊下があり、その廊下の正面のドアを開けると大きな螺旋階段があった。どうやらここは、3階建てらしい。
俺は1階にあるキッチンに向かう途中に思い出したことを訊いた。
「ところで、クモマグサの書って何かわかる?」
この世界に来た目的、これを聞くのを忘れてはならない。
「、、、さあ?聞いたことねえ。なんかの小説とか魔導書とかか?」
ベンはこっちを向かず、頭を掻きながら答えた。
「この世の均衡を保つために必要なんだとかで、その中の数ページの行方が分からなくなってるらしい、それを探せって言われたんだ。召喚されるときに」
「誰に?」
「案内人って人、名前がないみたいで俺もよくわかんないけど」
「ふうん、ハルヒコ様は大変なお使いを頼まれたんですね」
まあ他人事だよな、そりゃあそうだ。