エピソード3
パチパチという音で目が覚めた。が、眠気がどっと襲ってくる。布のこすれる感覚と温かさで自分がベッドにいることが分かった。辺りを見回すと、左に夜空の見える窓、正面に暖炉、右には小さな机と椅子があった。どれも薄汚れていて生活感はまるでない。暖炉の横には錆びた取っ手のドアがあった。
つい先ほどのことを思い出し、矢で貫かれた脇腹に手を当てる。包帯で止血されていた。いったい誰が?それにここは?あの少年はどうなった?俺を撃った男は?疑問点が多すぎる。
現状を知るため、ベッドを降りたその時だ。
「痛っった、、、」
ベッドから降りた一歩目でガタンと膝から崩れ落ち、脇腹に激痛が走った。包帯から血がにじみ始めた。
「おっ!起きたな!」
「へ?」
声の主の方を見るとオレンジ髪を後ろで結び、ふわふわの耳としっぽを持つ、釣り目で高身長の青年がドアの前で立っていた。20歳くらいだろうか。直感的にわかった、キツネだ。彼はキツネの亜人だ。
「おーい、ジェイド!カム!奴さんやっと目を覚ましたぞ!」
「あ、あの、ここは一体、」
次の瞬間、どしどしと大きな音を立てて二人の亜人が入ってきた。一人は青い長髪で、幼顔の美少女。加えて襟元や袖から何本もの美しい羽が顔を出している。鳥だ。鳥の亜人。そしてもう一人は、
「お前!何のつもりだったんだ!何が目的なんだ!」
「おい、よせよジェイド。相手は病人だぞ。それに命の恩人だろ?」
「うるさい!」
興奮した彼は俺の胸ぐらをつかみ小刀を喉につきたてた。ジェイドという名前なのか。生きていてよかった。俺は、思ったままを口にした。
「前も言ったけど、君が困っていそうだったからだよ。それ以上でもそれ以下でもないよ。」
「まだ、そんな戯言を!」
次の瞬間、ジェイドは持っていた小刀を大きく振り上げた。俺は目をぎゅっと瞑ったが痛みは一向に来なかった。
「いい加減にしろ!せっかく治療したのにまた怪我させようってのか?」
「ベン!放せよ!」
キツネの人、、、ベン?が振り下ろされそうになった腕をつかみ、自分の前には鳥の子…カムが両手を広げ盾になってくれていた。
「ありがとう」
「勘違いしないでね、あなたはベンが治療した人だから、それを無駄にさせないために守っただけ。あなたがただの人ならどうなろうと知ったことじゃないから」
ありがとうのお返しの言葉にしては少々から辛口なものだった。初対面なんだけどな。
その後、ベンはジェイドを連れて外に出た。2,3分した頃だろうか、再び二人は部屋に戻ってきた。ジェイドは先ほどよりかは落ち着いているようだったが、睨む目はこちらを逃すまいとしている。カムとジェイドは壁におっかかり、ベンは俺にベッドに掛けるように勧め、横にある椅子に腰かけた。
「お!腹の包帯変えたほうがよさそうだな、でも先にいくつか質問させてもらうぜ?何せあんたは人間なんだから。それと、言っておくが嘘はついても意味ないぜ?キツネは嘘に敏感だからな」
人間なんだからとは一体?
「、、、わかりました」
「まずは、自己紹介だ。俺はベン、見ての通りキツネの亜人だ。あんたが助けたのがジェイドで、あっちの鳥の亜人がカムだ。あんたはなんていうんだ?」
「ハルヒコです」
「じゃあハルヒコ、一つ目の質問だ、あんたは人間だが、なぜジェイドを助けたんだ?」
「さっきも言った通りです。っていうか人間だがって何ですか?そりゃあの男はジェイドを狙っていましたが、世の中の人間全員が亜人を憎んでいるってわけじゃないでしょ?」
そういうと、ベンはキョトンと目を丸くした。こいつは一体何を言っているんだ?と言いたげに。
俺的には特に変なことを言った覚えはない。
「、、、そうそういねぇぜ、そんな奴。あんた、どこから来たんだ?異国か?」
こうなったら素直に答えるしかない、さっきからベンの目が俺の一挙手一投足を見逃すまいと目をギラギラさせている。おそらく嘘などつこうものなら、、、背中がぞくりとした。
「日本です。」
「聞いたことねぇな、じゃあなぜあそこにいたんだ?」
「あそこで目が覚めたんです。」
「昼寝でもしてたのか?あんな洞窟前で?」
「あの、言っても信じないとは思いますが、、、召喚されたんです、この世界の誰かに、」
「、、、、は?」
「こいつふざけてやがる!」
ジェイドが声を荒らげ、殴りかかろうと一歩前に踏み出す。
「ジェイド、静かにしろ。ハルヒコ、詳しく教えてくれ」
「えっと、自分は日本という国でどうも死んでしまったらしいんです。それで、死後の世界で召喚される旨を伝えられ、起きるとあの洞窟の前で棺桶に詰められていたんです」
「、、、嘘をついているようにはどうも見えない」
誰がこんなへんてこな嘘つくんだよと心の中で突っ込んだ。
「ベンがそう言うんならそうなんでしょ」
ジェイドは黙り、ただこっちを睨んでいる。
「最後の質問だ、今この世界で亜人と人間の間に何が起こっているかわかるか?」
「いえ、なにも」
「、、、そうか、カム、下から新しい包帯と薬液、あと布を何枚か持ってきてくれ」
そういうとカムは部屋から出ていった。
「ジェイド、こいつはひとっつも嘘をついてはいないぜ、俺が保証する」
「、、、そうかよ」
ジェイドは舌打ちをし、イラついた表情のまま部屋から出ていった。それと入れ違いでカムが包帯と薬液を盆にのせて運んできた。
「あの、」
「ああ、今包帯を取り換える」
ベンは自分の手を薬液で洗い、血で汚れた包帯をほどいていく。ほどくごとに赤黒いしみは包帯の中で面積を増していく。全てほどき、痛々しい傷があるだろうと思いきや、そこにはきれいに縫合された痕から血がじわっと吹き出ているだけだった。っていうか俺の体こんなに腹筋あったんだ。
「これから傷口にこの薬液を垂らして消毒する。沁みて痛いだろうが、我慢しろよ?」
すると、後ろからカムが布を口に巻いてきた。そんなに痛いものなのか?
「それじゃあいくぞ」
次の瞬間、小さな蟻の軍団に傷口をかまれているのかと錯覚するほどの激痛が脇腹を襲った。実際にかまれたことはないけど。
「んー!んんんんー!んんんんんっ!」
痛い、ひたすら痛い。生き地獄とはこういうことなのだろうか。
「もうすぐ終わるからな、気ぃ失うなよ」
「んん!んぐぅううう!んんん!」
ベンは急ぎべったりとついた傷とその周りの血を薬液に浸した布でふき取っている。
あと少し、あと少し。ベッドの布を必死に握りしめる。体のありとあらゆる部位から汗が噴き出した。
「よし、終わりだ。お疲れ」
やっと、終わった。安堵から、汗でびっしょりな額に右の手の甲を乗せた。
「今日はもう休めんだ方がいいな、また明日様子を見に来るぜ」
「、、、俺も聞きたいことがあります」
俺は掠れるような声で言った。
「ここはどこで、君たちは何者ですか?俺を撃った男は?」
「ここは、俺たち亜人の隠れ家の一つだ。そして俺たちはドーフ第一探索隊だ」
「ドーフ?」
「ああ、亜人の村の呼称だ。その中で編成された探索隊の一つがうちってわけ」
「それで、あの男は」
「殺した。あんたが撃たれたのが見えたから急いであいつの首を切った。」
殺した、その言葉からあの男の顔が脳裏をよぎる。
「な、なにも殺すことないじゃないですか!現に誰もあいつに殺されたわけでもないし」
ベンはこっちに向き直し、先ほどの温厚な表情とは一変して冷たく言い放った。
「殺されかけたってのに、ずいぶんと生半可なことを言うんだな。それに誰も死ななかったのは俺の治療のおかげだろ?同族を殺されて悲しいのか?だが、そんな甘いこと言っているんならこの先痛い目見るぜ」
何も言い返せなかった。あの男が死んだことに、俺は少し”ざまあみろ”という感情が沸いたが、もしかしたらあの男の家族か家で待っているのかもと考えると胸が苦しくなった。
「それでも俺は、、、」
強くこぶしを握り、下を向いた。何か、何かできることはあったんじゃないか。
それを見かねたベンは、はぁと息をつき、両手をパン!と合わせた。そして、先ほどの恐ろしい顔をやめ、元の笑顔に戻した。
「さぁ、もう寝よう!まだ聞きたいことがあるとは思うけど、また明日だ」
そう言うとベンは部屋から出ていった。それに続いてカムも部屋を出ていった。ただ最後、部屋の扉を閉めるカムと目が合った。その時の目が恐ろしく、まるで俺は蛇に睨まれた蛙のようになった。
ひどい一日だった。