エピソード2
爆音で目が覚めた。目が覚めたはず…だ。なのに辺りは真っ暗で身動きが取れない。それと臭い。暗く狭い箱のようなものの中であちこちに目をやる。すると、自分の左肩からつま先にかけて本当にうっすらだが光が見え、雨音が聞こえる。
「これってもしかして…」
自分の全力を使い全体重を右側に傾けた。すると案の定、自分が入っているものが傾き、目の前の扉がガタンッと音を立て開いた。ゆっくりとそこから出て、自分が入っていたものを見下ろす。
「やっぱり、なんで棺桶なんかに入れられているんだ?俺一応勇者としてここに来たのに。」
棺桶には交差した剣に一匹の蛇が絡みついた彫刻が施されていた。
俺は、召喚なのだから王都とかの大聖堂的なところとか王城の大広間とかで行われるものだと思っていたが。まるで扱いが死体だ。まあ何もかもがゲームやアニメと同じとは限らないよな。
次の瞬間、薄暗かったあたりが一瞬光に包まれ、2・3秒後にとてつもない爆音が聞こえた。どうやら自分は、嵐の中どこかの洞窟の入り口で目を覚ましたらしい。洞窟の外に目をやると、5メートル先も見えないほどの大雨が降っており、冷たい風がビュービューと自分に向かって吹いてくる。
「あ!服は着て…る。」
ついさっきの生まれたままのような姿ではないものの、自分の体には、なんとも安っぽいことが一目でわかるような麻でできた簡易的な服と薄い革靴だけ身に着けていた。
まあ、無いよりましかと思いつつ地べたに座る。おかしい、俺の知っている俺の腕や足ではない。腕や足だけではない、よくよく見れば以前よりも身長の大きくなり、全体的に少し筋肉質になっていた。視界に移る髪の毛も白髪なんて知らない真っ黒の髪だ。
これ、俺の体じゃない。
もしかして、召喚って魂だけ用意された体に乗り移ることを言うのか。わからない。
さてこれからどうするか、と考えながら洞窟の端の方でしゃがみ、両手をこすり合わせながら雨が止むのを待つ。
すると微かに、息が切れ苦しんでいるような声が入口の方から聞こえてきた。恐る恐る洞窟の入口のあたりを覗き込んだ。息のする方を見ると、洞窟の入り口手前の草むらに人が倒れていた。
見た目は、赤毛の16~17歳のような少年で、月のように美しい白い肌に、身長は180cmあるかないかといったところ。頭にはシベリアンハスキーのような耳がついていて、目は金色に光っている。美少年という言葉が彼のために存在しているかのようにさえ思えた。よく見ると、所々出血していたり青あざができていたりしている。
ふと、目があった。次の瞬間には、美しい彼の瞳が親の仇のごとく俺を睨んでいた。今にも喉笛を食いちぎろうとするように。俺が何したっていうんだよ。だが、どうやら俺を襲う体力なんてもう残ってないらしい。彼はただただこちらを睨み続けている。
「あの、大丈夫ですか?」
結論から言おう。しかとされた。確かに彼の敵意むき出しの目は俺ほ逃すまいと焦点を当て続けている。だが心配して声をかけてやったのにノーリアクションというのはいささかどうなんだろうか。せめて、悪口でもジェスチャーでも何かしらのアクションはしてほしいものだ。もしかして、言語まで違うのか。ならば仕方のないことなのだが。
なにはともあれ、相手はけが人。とりあえず応急処置だけでも、と思ったが、そんなことができるものは手元にない。
とりあえず、彼の方に近づいた時だった。遠くで、馬の足音が聞こえた。これで彼を助けてもらえると考え、近くに来るのを待った。すると、獣人の彼がより深い茂みの方へ隠れてしまった。何か妙だ。
近づいてきたのは、馬に乗った兵士のようだった。片手にはボウガンを持ちを持ち、もう片方の手で馬の手綱を握っていた。近くに来ると、馬の上から、高慢ちきに聞いてきた。
「なんだ、お前どこから来たのだ。」
「あの、えっと、なんて言いましょうか。」
言語は通じるようだ。
というかこれは言っていいのだろうか。召喚されたということは、つまり誰かに呼ばれたということ。だが、それを知らない人に、はい!私は異世界から召喚され、この世界に来て、目が覚めるとここにいました!など言ってしまったらどう思われるのだろう。答えは簡単。”こいつは一体何を言っているんだ”だ。いやしかし、この男が俺を召喚した奴と案外知り合いの可能性はないだろうか。現に今この洞窟に来てるし。私はどうすればいいんだろうか。
「うーん・・・」
「自分の出身もわからないのか。かわいそうな奴だな、おまえ。まあ良い、ここに赤髪の獣人が来なかったか?おそらく、あれは犬とか狼とかの種類だ。」
なんとなく理解した。おそらく先ほどの獣人はこの男から逃げてここまで来たのだ。あの傷らはこの男につけられたものだろう。
「見ておりません。」
「本当だろうな。嘘などつくものではないぞ?」
男は顔をぐっと近づけ、顎髭を撫でる。冷汗が頬を伝わるのを感じる。
「ええ、本当です。というか、見つけて何をするんですか?」
「何を言っているんだ?殺すに決まっているだろう。あいつはおそらく16歳以上だからな。というかお前、さては異国の者か?」
やはりこいつか。俺は、あははと作り笑いをすると男はこちらをまじまじと見た末、鼻をフンッとさせ馬を引き返していった。
あの少年の元へ戻らなくてはと思い、茂みの方へ向かう。しかし、先ほどの茂みには彼の姿はなかった。仕方なくまた、雨が降るまで、洞窟に戻ろうとしたその時だった。
「動くな。」
ぼそっと掠れたような声の後、首筋にはひんやりとしたものがあてられる。直感的にこれが何かわかってしまう。短剣だ。少年の左腕で俺の体は逃げられないように締め付けられた。だが怪我をしているからだろうか。締め付ける力もそこまで強くない。耳元でも呼吸が乱れていることが分かる。
「聞かれたことにだけ答えろ。なぜ助けた。」
「えっと、君が困っていそうだったから。」
「嘘をつくな!貴様ら人間が俺たち亜人に情けなどかけないことぐらいわかっている!本当のことを言え!殺されたいのか!」
短剣が先ほどよりも強く押し当てられる。首筋からツーっと生暖かいものが伝う。こうなったら多分何を言っても信じてはくれなそう。まさかここで詰みなのか?!
「見つけたぞ!この畜生風情が手間をかけさせやがって!」
突然大きな声が聞こえた。後ろは見れないがおそらく先ほどの兵士が戻ってきたのだ。獣人の少年は兵士の声に驚き、俺を捕まえていた手を緩めた。チラリと後ろを見ると、案の定先ほどの兵士がこちらにボウガンを向けていた。
「死ねえええ!」
咄嗟に俺は少年を突き飛ばした。
「ゔっ・・・」
発射された矢はギリギリ俺の腹を避け、脇腹にかすった・・・なんて事はなく、しっかりと右の脇腹に貫通していた。着ていた服にもドブッと赤黒い血が出て、刺された個所からじわじわと激痛が広がっていく。
「な、なぜ庇う!そいつは亜人!お前は人間だろう!」
「ああっ、か、はっ」
”この子が苦しんでいたから”そう言おうと思ったのに声が出ない。脇腹を抑える手の力も緩んできた。視界もぼやける。
「仕方ない。そいつの味方をするならお前も殺す。」
ぼやける視界の中、最後に見たのがボウガンに矢を装填する男の姿だった。まさか転生したばかりなのにもう死ぬのかと思うと、悔しいとか悲しいとか、そんな感情よりもこんなみじめな自分に対する呆れが込み上げてくる。そんなことを考えているうちに視界が真っ暗になった。