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エピソード1

 波の音で目が覚めた。

 辺りは暗く、大きな月が煌々とこちらを照らしている。目の前には白銀のローブを着た老婆とこちらに顔を向けずにひたすら船を漕ぐ黒いローブを着た者がいた。

 

 「え?!船?!なんで?!」


 「落ち着きなさい。」


 意味がわからなかった。なぜ自分は船の上にいて、全く知らない奴らと一緒にいるのか。俺は今まで自分の会社で働いていたはずだ。帰り道に公園のボートの予約なんてするはずもない。


 そうこう考えている間にも船はゆったりと進み、冷たい風もスーッと吹いてくる。


 「そうだ、スマホ!スマホさえあればなんとか・・・あああああああああ!」


 「落ち着きなさい。」

 

 老婆はもう一度そう告げた。

 俺は急いで股間を両手で隠した。落ち着いてなんていられるものか。スマホどころかありとあらゆるものが無くなっていた。通りで風がやけに寒いと思ったんだ。


 「ここはどこで、あなた達はなんなんですか! なんで俺こんな姿なんですか!俺会社にいたはずですよね!」


 思っていることをドッと言い放ち、ハアハアと呼吸が荒くなる。

 老婆はゆっくりと顔を空に向け、大きく息を吐く。


 「私達に名前は無い、ただのガイドに過ぎないからね。」


 「ガイド?」


 「ここは死後の世界。お前さんの魂を次の肉体に移すための船のガイドさ。」


 「え?!死んだんですか?!自分!」


 「ああ、ハルヒコくん、21歳。君の死因はなんとも現代チックだね。度が過ぎた長時間労働の末の過労死だ。」


 納得がいってしまった。確かに最近まともに寝た日を覚えていない。家には大量のエナジードリンクの空き缶とタバコの吸い殻。目を瞑れば思い出す、息の臭いデブ課長の罵詈雑言。そっと自分の腕を見ると、まるで枝のよう。水面を見れば、酷いクマとやつれた顔、今まで無かった白髪もチラホラ見える。


 「君がその姿なのは、人間がどのような生活を送った末どのような体になるのかを記録に残しておくためだ。なに、もう記録したから大丈夫だよ。」


 「なっ・・・!」


 自分の顔が赤く、沸騰しそうになっていくのがわかる。


 突然、ガタンッと音を立てて船が止まった。見ると、黒いローブを着た奴が、オールではなくランタンと手紙を持っていた。どこから出したんだ。そいつは、一通り読み終えると、今度は老婆にランタンと手紙を渡し、碇をゆっくりと下ろした。


 「ほう、なるほどなるほど。ハルヒコくん。お前さん面白いことになったねえ。」


 老婆はニタァと笑い、ランタンを手前に置いて手紙を見せてきた。


 「ここをご覧、君はこれから召喚を行われるようだ。」


 「召喚?」


 「そう、召喚だ。生まれ変わりとは違う。己の人生を初めからではなく、今の記憶を保ったまま別の人生を送ること。」


 「珍しいことなんですか?」


 老婆はグイッと近寄り、少々興奮気味に話し始めた。


 「ああ勿論、何百年とこの仕事をしてきたが、5回も無かったよ。なんてったって異世界召喚なんだから。」


 「異世界召喚? アニメとかゲームとかのですか?」


 「ああ、お前さんの世界にはそういったものがあったね。召喚者はそれぞれ違う異世界に行くのだが、君の行くのはまさに、魔法や、ダンジョンがある、君の思っている異世界だ。」


 やりたくも無い仕事を押し付けられ、ろくに休めず、大した楽しみもなかった人生だった。けれど、もう同じ過ちは犯さない。俺は今度こそ人生を楽しむと心に誓った。


 「やっぱり、そうとなると、何かのチートスキルとか貰えたりするんですか?」


 期待に胸を膨らませ、聞いてみる。すると老婆は呆れたように頬杖をつき、またも大きく息を吐く。


 「ただでさえ、神様がお前さんを憐れんで転生させてやるっていっているのに、そんなに欲張るんじゃ無いよ。」


 「す、すいません。」


 そうか、俺が異世界召喚されるのって、神様からも同情されてたからなんだ、と思うと何だか切なくなった。


 俯いていると、黒いローブの奴が水面に向かって、何か祝詞のようなものを読んでいるのが聞こえた。喋れんのかよ。なんとも中性的な声のため、結局は性別がわからなかった。


 突然、暗い水面が光だした。


 「さあ、後はここに飛び込むだけだ。そうすれば、異世界に行くことができる。」


 そう言われて、船の淵に片足をかけ、いざ異世界へ、


 「ああ!お待ち!大事なことを言うのを忘れていたよ。」


 俺は驚き、船の上で転んでしまった。微かに黒いローブの奴が笑っているのが見えた。


 「な、なんですか。」


 「異世界に行ったらやって貰わなければならないことがある。異世界召喚者は基本的にその世界で目的を果たす使命が与えられるんだ。」


 「へ、へぇ、魔王討伐とかですか?」


 「左様、それでお前さんの使命はクモマグサの書の最終ページを見つけ、クモマグサの書を完成させることだ。」


 「クモマグサの書?なんで最終ページなんですか?」


 「クモマグサの書とは、その世界の均衡を保つために必要な書類だ。それを人々は大切に保管していたのだが、1人の盗人により、盗られかけてしまった。なんとか取り返すも、最後のページだけ破られ、隠されてしまった。盗人は後に自害し、結局どこにあるのか、わからなくなってしまったと言う訳だ。」


 「でも、それどうやって探すんですか?」


 「そんなこと私が知るはずないだろう。自分で考えるんだな。」


 そういうと、老婆は俺を無理矢理立たせた。


 「ほら、行きな。」


 次の瞬間老婆は俺の尻を勢いよくベチンと引っ叩き、光る水面に突き落とした。ドボンッという鈍い音を最後に視界が暗くなっていった。


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