第2夜【夢のなる木】その1
人は願望が充足されると満足を得る。そして次なる願望が湧き出る。すべての願望が満たされてしまうと、人は何を夢見るのだろうか。
【夢のなる木】
それは遠い昔、人がまだ、愚かな頃の話でございます。
「おい、八兵衛。おまえには夢があるか」
「へい、お殿様。あっしの夢は、生涯お殿様にお仕えすることでございます」
「それで満足か。それ以上の満足はないのか」
「ございません」
「では、予の夢はなんじゃ」
「お殿様の夢はお殿様自身がお決めになるもの。あっしに知る由もございません」
「そこじゃ。そこが問題なのじゃ。こうして天下も統一して世の中が平和になってみると、わしは何を楽しみに生きていけば良いものか」
「誠に、ぜいたくな悩みにございます」
「夢が持てぬというわしが、幸せと呼べるか」
「それでは、こうしてはいかがでしょう。『夢自慢』という大会を開催するのでございます」
「夢自慢じゃと」
「さようでございます。我こそはこの世で最高の夢を持っているというものを集めます」
「なるほど。お宝ではなく、夢なのじゃな」
「さようでございます。中には、こんなお宝を手に入れることが夢なんて者もおりますでしょう。また、すごい宝物を持っているけど使い方がわからない。その使い方を見つけるのが夢なんて者も出てくるやもしれません」
「ほほう。それは面白そうじゃな。すぐ、手配いたせ」
「ははあ」
八兵衛は、さっそく夢自慢大会の準備を進めました。
「まったく、お殿様は何が不満なのだろう。天下も統一し、10人以上もの姫君をめとられ、美味しいものは食べ放題。欲しい物はなんでも手に入る。これ以上何を望んでおられるのだろう。夢がないと嘆いておられるが、それはすべての夢をかなえられたからだ。しかし、夢がなくて幸せかと聞かれると、幸せとは言いがたいのも確かだ。あっしの夢は、お殿様に幸せになっていただくこと。それにしても、夢自慢にはどのような夢を持参してくるのだろう。お殿様ならずとも、何だかあっしまでワクワクしてきやがった。こりゃあ、大会当日が楽しみになってきたぞ」
もともとは、お殿様の新しい夢探しのための企画ではございましたが、いつのまにやら八兵衛も夢自慢大会が待ち遠しくなってまいりました。
そして、いよいよ夢自慢大会の当日です。
「お殿様。大勢集まってまいりました」
「そうか、八兵衛。で、お品書きはできておるのか」
「ははあ。式次第なら、こちらにご用意しております」
「どれどれ。まず、一人めはと。なんじゃ、これは」
「ええと。題目は、金貨製造機ですね」
「金貨を作るのが夢ということか」
「おそらくは、そういうことでしょう」
「たわいもない夢よのう。金貨など作らずとも、捨てるほどあるのにな」
「お殿様には捨てるほどあっても、庶民にとっては高嶺の花でございます」
「そのようなものか。我が藩には金貨職人がおる。そんな機械など必要ないな。つまらぬ夢よのう。二番めはと、天守閣展望じゃと。八兵衛、これはどういうことじゃ」
「何でも、死ぬまでに一度でも良いから天守閣から城下町を展望したいという夢のようでございます」
「何と愚かな夢。天守閣から街並みを眺めるだけで、死んでも良いと申すか。命がいくつあっても足りぬな。もっと、他に気の効いた夢を持ってきたやつはおらんのか」
「この3番目の者はいかがでしょう」
「なになに。お殿様になりたいだと」
「最高の夢かと」
「すでに、殿様であるわしの夢にはならんじゃろう。問題は、殿様になって何がしたいかじゃ」
夢自慢大会には100人を超える者が参加しておりますが、どの者の夢もお殿様を満足させることはできません。
ついに、最後の一人となりました。
「八兵衛。どうやら、夢自慢大会は失敗じゃったようじゃな」
「さすがに、お殿様に満足していただける夢はございませんでしたか。次の者が最後にごさいます」
「さようか。すぐに連れてまいれ。話を聞くだけ聞いて、表彰式にするぞ。優勝は、八兵衛に任せる。おまえの好きな者を選び、好きなだけ褒美を授けよ」
「えっ、あっしがですかい」
「ああ。誰でも良い。良きにはからえ」
「ははあ。では、最後の者。こちらへまいれ」
その男は、小脇に鉢を抱えていた。
「その方の夢は何じゃ」
「こちらの鉢にございます」
「何じゃ、その鉢は。苗が植わっておるが、何か変わったものでもなるのか」
「はい、お殿様。こちらは夢のなる木でございます」
つづく




