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第3話

 水野の予想は、ずばり的中。

 長野の方に抜けると、放置された車は少なく、バイクで移動することが出来た。


 その途中、高速から見えた大型ショッピングモールに、ミズヒラ(水野と平野)は訪れていた。


「おおー!!広いなぁー!ここ!!」


「その分、ンザンビがいっぱいいるけどね」


「お、おぉ…と、とりあえず、欲しいもの調達して早よ逃げよ」


 玄関の自動ドアにはシャッターがされ、バリケードらしきものも置かれていた。


 しかし、ミズヒラが来た時にはバリケードは既に破られ、自動ドアのシャッターも無残に壊されていた。



 一階にある食品コーナーに向かう。


 平野はリュックに刺してある持ち手が丸くなった杖を手に持った。


 前衛:平野+杖

 後衛:水野+弓


 背を超える商品棚が視界を狭める。


 1人がリュックに商品を詰め、もう1人が監視。


 物資を集めるため、別の商品棚に移ろうとした時、そこに、ンビンザがいた。


 目があった途端、襲いかかってくる。


 平野は、相手の足に持ち手の丸い部分を引っ掛け、思いっきり引っ張った。


 ンザンビは足を取られ、盛大に尻餅をつく。


 直後、脳天に水野の矢が突き刺さる。


「うちら、ほんまにええコンビやと思うわ。うんうん」


「あ、うん。そだね」


「反応うっす!ま、ええんやけど…はよ欲しいもん集めようや」


「うん、了解」


 食料品と必要な日用品をリュックとアタッシュケースに詰めていく。


 途中、ンザンビに会っては静かに対処する。室内で音を立てる行為はNGだからだ。


 ンザンビは、様々な種類がいる。

 目が見える者や走れる者、はたまたダンスをする者など、様々。


 だが、共通する点がある。

 それは、耳がよく聞こえることだ。


 室内で大きな音をたてれば、反響し、そこかしこのンザンビを呼び寄せることになる。



 あらかた入れ終わり、静かにその場を離れようした。


「あ、あの!」


「ん?なんか声聞こえへん?」


「はぁー気のせいでしょ、ほら行こ」


「あの!ま、待ってください!上です!天井です!」


 声のする方を振り向く。


 天井にある点検孔から少女が顔を出していた。


「ほらぁ〜見てみぃ〜やっぱ声聞こえたやろぉ〜?」


「ほんとね…そのうざい顔を今すぐやめないと引っ(ぱた)くよ?」


「おぉ〜こわっ!んで、嬢ちゃんは何者やー?」


「と、とりあえず、上に上がってきてください。ハシゴ、い今、降ろしますから」


「そんなんなくてもうちの脚で」


 水野は、平野の肩を掴み、首を横に振る。


「ん、分かった分かった」


 少女が降ろしてくれた梯子を登る。


 点検用の屋根裏スペースに、30人近く集まっている。


 そこかしこに、布団や毛布が乱雑に置かれている。


 登り切ってすぐに点検孔を閉めた少女が、自己紹介を始める。


「は、初めまして!わ、わたしの名前は、田宮歩(たみやあゆむ)です!しょ、小学6年生です!」


「こりゃ丁寧にどうも。うちは、平野結城(ひらのゆうき)。高校2年や!よろしゅーな!んでこっちが」


水野千枝(みずのちえ)よ」


「水野〜なんでそんなぶっきらぼうやねーん」


「初対面の人に対してだったらこんなもんでしょ。あんたが馴れ馴れしくしすぎなのよ」


「そう言われればそうかもしれんけど!ごめんな?あゆむちゃん。ぶっきらぼうなお姉ちゃんで」


「ううん!ぜ、全然大丈夫だよ!あ、あのね。平野、さんは…女の人?男の人?」


「はっはは!久々に聞かれたわ、それ!どっちやと思う?」


「はぁー」


 ため息を漏らす水野。


「え、えっと、あのその」


 反応に困る歩。


 そうこうしていると、点検孔の近くに集まっている人集りから一人、メタボ気味のおっさんが近付いてきた。


「おい!!歩!!誰の許可でこいつら中に入れとんじゃ!?あぁ!?」


 酒を飲んでるようで顔がほんのり赤い。


「ひぃっ!ご、ごごごめんなさい!で、でも、このお姉ちゃんたち、そそっ外からきたみたいだから」


「口答えすんな!!また殴られたいんか!?」


「い、いや!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」


 おっさんは腕を上げ、殴るジェスチャーをする。


 歩は震えながら、怯えている。


「ちょい待ち。あんた誰や?」


「あぁ!?部外者は黙っとけ!わしゃ、このガキに用があるんじゃ!来い!歩!」


 歩の腕を掴もうとするおっさんの手を、平野が掴む。


「おい、離せ!」


「用ってなんや?」


「うるさいのぉ!!お前に関係ないやろが――っぐはぁっ!!!」


 殴りかかってきたおっさんにカウンター。

 おっさんは、吹き飛んだ。


「落ち着けや。大の大人がみっともない」


パンッ!


「はい。皆さん、一旦落ち着きましょう」


 メガネをかけた男が、手を叩き、殺伐とした空気を和ませる。


 おっさんがいた人集りから歩み寄ってきた。


「初めまして。私は神田鋼(じんだこう)。一応、ここのリーダーをさせてもらってる者です。うちの田中が失礼しました。非礼をお詫びします」


 神田は頭を下げた。


「…はっ!しゃーない、許したるわ。でもな?どんな事情があったとしても、女に手を出す男はカスや。次、うちが見てるとこで歩ちゃんにちょっかいかけたら、この程度じゃ済まへんからな?」


 平野は睨みを効かせる。

 細い目がより一層、効果を高めた。


「…田中さん、こっちへ来てください」


 田中はカウンターをくらった頬を押さえながら、近寄ってくる。


「謝ってください」


「はぁ!?俺が悪いっていうのか!?」


「謝ってください」


「…っ。分かった分かったよ。申し訳ございませんでした。ふんっ!これでいいだろ?」


 頭を下げるが、その後の態度が


「良くないわ、カス」


 平野の沸点を軽々しく超えていく。


「死ぬまで殴らんと分からんようやな?おぉ?」


 田中の胸ぐらを掴み、今にも殴りかかりそうだ。


「平野!!」


 水野が、それを止める。


「ちっ…命拾いしたな、カス野郎」


 平野はそれだけ言うと、水野の後ろに移動する。


「神田さん。馴れ合いも謝罪もいらないから、なんでこうなったのか、教えてくれませんか?」


 水野は至って冷静に。


「…わ、分かりました。あのよければ、あちらで話しませんか?散らかってはいますが、座布団ぐらいはありますので」


 神田の提案を受け、神田と田中がいた場所に戻り、腰を下ろした。


 点検口からは少し離れている。


「私たちがこの天井裏に来たのは、ほんの1週間前のことなんです。それまでは、この施設の中を自由に使っていました。

奴が、現れるまでは…田宮さん、あの動画、2人にも見せてあげれますか?」


「は、はい」


 歩はスマホを取り出し、ある動画をミズヒラに見せる。


 初めに映ったのは、着物を着た女性の姿。


 小さなボリュームに耳を傾ける。


『ママ!今日誕生日だね!おめでとう!』


 聞こえてきたのは、歩の声。

 どうやら、スマホで撮影した動画のようだ。


『ふふっ、ありがとう』


 微笑むのは歩の母親。


『あのね!サプライズがあるの!付いてきて!』


 歩は母の手を引きながら、歩いていく。


 スマホは前を向いているが、手ブレがひどい。


『あらあら。サプライズなの?言っちゃ駄目じゃない』


『あ!ほんとだ!あっははは!』


 仲睦まじい親子の様子が撮られている。


 エスカレータを降り、1Fに着く。

 1Fには、カフェやフルーツ店が並ぶ。


『源さーん!お母さん連れてきたよー!』


『おお!歩ちゃん!待っとったぞぉ!』


 歩の振った手が、画面に映る。

 先にいるのは、ハゲ頭に鉢巻を巻いた爺さんだ。


 どうやら爺さんは、フルーツ店の店主らしい。


 店の前にあるイートインスペース。

 丸椅子と丸机が置かれている。


『お母さん!ここ座って!』


 歩は母親を椅子に座らせ、爺さんの方へ行き、店内へと向かう。


 冷蔵庫から取り出したケーキを源さんから渡され、両手で運ぶ。


 どうやら、スマホは胸ポケットに入れたようだ。


『お母さん!誕生日おめでとー!』


 フルーツ店らしく、上には様々なフルーツが乗せられている。


 驚く母。

 上に刺さっている蝋燭の火を吹き消した。


 直後、


ガンッ!!!ガンガンッ!!!


 玄関の方から凄まじい音が。


『お?なんじゃ、騒がしいのぉ?せっかくの晴れ舞台を邪魔するとはいい度胸じゃ!ちょっと待っとれよ、2人とも』


 箒を持ち、玄関へと向かう。

 2人はそれを見ていた。


 フルーツ店から玄関はよく見える。

 シャッターが激しく揺れている。


ガシャン!!ガンッガ!!!


『ンザンビどもがぁ!!ちったぁ静かにせんかい!!』


 箒でシャッターを叩く。


ガシャァァァン!!!


 一際大きな音ともに、シャッターごと玄関が壊れた。


 土煙の向こうから、腕が伸び、爺さんを掴む。


 身体全てが、その手の中に包まれる。


グチュ…


 最後の一言を話す暇も与えられず、爺さんはミンチ肉へと変わる。


 象並みに太い腕がもう1本現れ、バリケードを容易に薙ぎ払う。


アァァアァ…


 ンザンビが雪崩れ込んでくる。


『逃げるわよ…早く!!』


 母親は歩の腕を掴み、走り出した。


 画面が上下左右に揺れる。


『あ、ま、まって、ま、ま!まま!』


 ぐわんと景色が歪み、ブラックアウト。

 

 幼い歩は、そのスピードについていけず、足がもつれ、倒れ込んだようだ。


『歩、立って!早く!!』


 母が歩を立たせる。


 母の目に映る景色から、ンザンビが親子に迫ってきているのが分かった。


『痛いぃ!痛いよぉ!』


 歩は膝を擦りむき、泣き始めた。


『…っ!歩!そこのトイレまで行ける!?』


『いけないぃ!!ままぁぁぁ!!』


『泣くんじゃないよ!!!』


 ドスの効いた声。

 その声に、歩は泣き止んだ。


『歩、あなたは私の子。だから大丈夫…』


 しゃがみ、抱き締め、耳元で囁く。


『行けるね?』


『う、うん!ままも早くきてね…?』


『うん、ちょっと待っててね』


 小走りでトイレへと向かう歩。


 振り向き様に映った母の姿。

 母は、ンザンビの方へ走り出していた。


『ほら!こっちだよ!!あたいを喰いたいんだろ!?』


 着物に合う赤い下駄を投げ捨て、着物を破り、捲し上げ、走り去る。


 歩は女子トイレの個室に入る。

 震える指。漏れる吐息を抑え、静かに時間が過ぎるのを待った。


ヒタッ、ヒタッ


 足音が聞こえる。

 タイルの上を裸足で歩いているような音。


コンコン


 トイレの出口に近い個室の扉がノックされる。


コンコン


 次の扉


コンコン


 次の扉


 トイレには、個室が4つある。


コンコン


 歩がいるトイレの扉がノックされる。


 歩の息遣いから、泣いているのが分かった。

 しかし、音を立ててはいけない。


 何かで口を抑えたのだろう。

 音がとても小さくなった。


 だが、それと比例するように、


コンコン、コンコン、コンコン


コンコンコンコンコンコン


コンコンコンコンコンコン!!!


 ノックは徐々に強く、激しくなっていく。


ドンドンドン!!!ドンドンドン!!!


 叩くのが指から拳へと変わった。


 何度も何度も、何度も何度も、同じ箇所を殴り続け、拳がトイレのドアを突き破った。


 侵入した手は、扉のロックへと伸び、静かに鍵を外す。


 ゆっくりと開かれるドア。

それと、ともに、画面が傾き始め、衝撃音とともに、ブラックアウト。



 ンザンビは、久しぶりの食事に胸を躍らせていた。


 湯気を上げながら逃げていったナポリタン。大好物だ。


 だが、ドアを開けた先で待っていたのは、様式の便器と床に落ちたスマホだけだった。



「おいおいおい、この後どうなったねん!」


「田宮さん、深呼吸。すぅーふぅー。そうそう、ゆっくりしてください」


 一緒に動画を見ていた歩は今にも泣きそうだ。


「この後のことは私から。私は元々、このショッピングモールを作る時に現場監督をやっていまして、内部構造にたまたま詳しかったんです。この天井裏があるのも知っていました。

あの日、私はいつものようにここで昼寝をしていました。ンザンビにも見つからず、誰も来ないこの安全な場所じゃないと寝れない癖がありまして。恥ずかしながら」


 少し照れた仕草で頭をかく。


「凄まじい音と悲鳴がしたので、玄関が破られたとぴーんときまして、フロアに残っている人を助けないと、とそう思い、走り回りました。

初めに聞こえてきたのが、田宮さんのお母様の声でした。田宮さんがトイレに行くことが分かったので、すぐさま、向かいました。

点検口があるのは、1番奥の個室でして、蓋を少し開け、外の様子を見ました。不幸中の幸いといいますか、たまたま、田宮さんが一番奥の個室にいてくれたおかげで、引っ張り上げることが出来ました。ンザンビがドアを何度も何度も叩き、今にも壊れそうでしたが。危機一髪でした。

その後、ンザンビがいなくなった時に、このスマホを回収したんです」


 神田の説明が終わる。


「なるほど…そうだったんですね。ありがとうございます。では、私たちはこれで」


 水野は立ち上がり、頭を下げると、点検口の方へ向きを変える。


「…え?あ、あの!待ってください!どこに行くんですか!?」


「ここから出ていくだけですが?…何か?」


「今、話聞いてましたよね?だったら、一緒に協力して」


「嫌です」


 ニコッと笑顔で笑う水野。

 目は一切笑っていない。


「あ…歩ちゃんが可哀想だとは思わないんですか!?」


「はぁー…可哀想だとは思いますけど、それが何か?同情で腹は膨れませんよ」


「こ、こんな時だからこそ!みんなで力を合わせて乗り切りましょうよ!!」


「だから、嫌だって言ってるんです。聞き分けのない人ですね?そのみんなの中に私たちを入れないで欲しいんですけど。今まで通り、ここにいる〝みんな〟で頑張ってください。どうせ、私たちがさっき手に入れた〝これ〟が目当てなんでしょ?」


 水野がリュックを指差す。


「うっ…それは…」


 図星をつかれ、ぐぅの音も出ない。


「これは私たちが命をかけて手に入れた物です。(らく)して手に入れたかったんでしょうけど、欲しいなら、命を賭ける覚悟がありますか?」


 有無を言わせない態度に、神田は黙り込むしか無かった。


「はぁー…それでは、失礼します」


 ため息とともに点検口へと向かう。


「ちょいと待ちな」


 幼い声と言葉のギャップ。


 振り向くミズヒラ。

 その声が誰から発せられたのか、すぐに分かった。


「神田、テメェは昔から口でどうにか収めようとする癖があるよなぁ?このぼけがぁ!!結局最後は暴力なんだよ、力なんだよ!これで分かったろぉ?」


「あ、歩ちゃん…?どないしたんや?そんなドスの効いたこと言って」


「うっさいわ、ぼけぇ!テメェら、〝これ〟が見えんか?」


 歩が右手に持っている物。

 簡易照明に照らされ、黒光りするそれは、ハンドガンだった。


「ワシは田宮組 組長の一人娘!田宮歩!頭の皺によぉーすり込んで覚えとけ!」


 脳の皺では?

 その場にいる全員が心の中でツッコむ。


「やっとワシ以外の女がきた!ここはワシ以外男ばっかでなぁ、タまってる者が多くて大変やったんよ。これがなかったらと思うと…おぉ怖や怖や。女はいくらでも使いようあるし、まあ男やったとしても穴は使えるしなぁ?」


「はぁー」


 脅し文句を言い終わり、キメ顔の歩。

 沈黙の中、水野のため息が響く。


「おいテメェ…今、ため息したか?」


「え?ああ、私?したけど、何か?」


 とぼける水野。


「(何だぁこいつ?銃見せてるのに怯まないなんてよぉ?)テメェ、こっち来い!」


「何で私が?あんたが来なさいよ」


「チッ!いちいち感に触る女だなぁ!」


 ズカズカと強く踏み込みながら歩く。


「そんなに強く歩いたら、下のンザンビに聞こえるかもね…」


 水野は相手に聞こえる大きさで呟く。


「…(ンザンビはやばい。玉もそんなにないし、いっぱい来たらやられちゃう)」


 歩は踏み込みを弱め、考えながら、水野の前に着いた。


「テメェ、これが見えねぇのか?あぁ!?」


「ふふっ、必死にお父さんの真似事?おママごとにしか見えないんだけど」


 拳銃を見せびらかす歩を笑う。

 子どもをあしらうかのように。


「なっ!ななな!!テメェ!!ぶっ殺す!!」


 銃を構え、トリガーに指をかける。


「音大丈夫かな?拳銃の音って響くんだよ?」


 わざとらしく。


「テメェ。ワシのこと、馬鹿だと思ってるだろ?ちっちっちっ、サイレンサー持ってまーす!」


 歩がポケットからサイレンサーを取り出そうと視線を水野からずらした瞬間、


「良いの持ってるじゃん。それ…貰うね?」


 右手を振り上げ、相手の太ももめがけて振り下ろした。


「ぃっ!?あぁーーーーーっ!?!?!」


 言葉にならない叫び。

 熱く、走るような痛みが全員を駆け巡る。


 歩の太ももに、包丁が刺さっている。


 水野は太ももにつけておいたナイフホルダーから包丁を取り出し、相手が油断した瞬間に突き刺していた。


「非常用に持っといてよかった。これ、ありがたく使わせてもらうね」


 歩は、痛みが走った瞬間、手に持っていたものを全て放り出していた。


 水野は、床に落ちたハンドガンとサイレンサーを拾う。


 何事もなかったかのように出口に向かい、点検口を開き、梯子を下ろす。


 平野が先に降り、後から水野が降りる。


 梯子に足をかけ、最後に一言。


「あんたたち、相当タまってるんだって?その子で、〝シ〟ていいよ。あ、止血、忘れないでね。死んじゃうから。じゃ、ばいばい」


「あぁぁぁ!!!痛いよぉ!!ままぁ!!あぁぁん!!!」


 叫び、転がり回る歩に、男たちの影がそろりそろりと近づいて行く。



 水野は、梯子を降りた。


「はぁー…疲れた」


「お疲れさん。ほんま、水野が味方でよかったわ。子ども相手でも容赦なくて、見てるこっちがちびりそうやったけど」


「何それ。それじゃ私が悪魔みたいじゃない。それにあの子、たぶん成人してるよ」


「はぁ?ほんまにか?どう見ても子どもやったけど…病気かなんか?」


「身体が成長しない病気。たぶんね」


「なんやそれ!そんな病気あんのか!?それ、ロリコンのやつらからしたら最高やんけ!」


「はぁーほんっと趣味悪い」


「あれ?なんか変なこと言った?ごめんごめん。んで、これからどうする?やっぱ、北海道目指すか?」


「そうね。当面の目的はそれで行きましょ。今日は良い掘り出し物もあったし」


ドンッ!


 突如 〝それ〟 は空から降ってきた。


 ミズヒラの進行を防ぐように、腕を組みながら。


「…は?何やお前。って!おいおい、まじか!?カイリキー?!」


 高身長の平野より頭ひとつ高く、4本あるご立派な腕が異質感を醸し出している。


 口元だけが空いたカイリキーの被り物。


 全身、紺のマリンスーツ。


 腕の部分がなく、タンクトップ状態。

 背中からマリンスーツを突き破り、2本の腕が生えている。


 ポケモンのカイリキーによく似ている。

 肌の色は、鼠色ではなく肌色だが。


「20%(トゥエンティ)キック」


 相手が動くより早く、平野は回りながらしゃがみ込む。


 片脚を伸ばし、相手の弁慶の泣き所を蹴り、脚を振り抜く。


 相手は脚をとられ、体勢が崩れる。


 残った脚を軸に、旋回。

 回し蹴りを横腹にくらわせる。


「沈んどけ。早よ行くで、みず、の…?はぁ!?」


 後ろにいた水野の方を振り返り、出口の方へ視線を戻した瞬間、〝それ〟 は目の前にいた。


 平野の回し蹴りは命中していた。

 その証拠に、壁にまで吹っ飛び、めり込んだ跡がある。


「どうなってんねん!今蹴り飛ばしたとこやで!?」


 ツッコミを入れる。

 だが今度は相手側の攻撃が早い。


「っ!!あっぶな!!」


 意趣返し。

 平野がした動きと同じ攻撃。


 平野はなんとかそれを避ける。


 その後も攻防は続く。


 最初のうちは平野が優勢だった。

 攻撃はほとんど当たるが、その度、戻ってくる相手にいらつきを覚え始める。


「あぁ!!めんどくさいなぁ!!ギア、あげるで!30%(サーティ)!!」


 より強い力で殴る。

 結果は変わらない。


 だが、徐々に平野の攻撃が当たらなくなってきた。


 そして、カイリキーの攻撃が当たるように。


「くっ!!なんやねん!こいつほんまに!!ちょい本気で相手したるわ…50%(フィフティ)」


 平野が本気を出し始める。


 圧倒的スピードとパワー。

 カイリキーの腕が弾け飛んだ。


「ははっ!どうや!」


 だが、喜んだのも束の間。

 すぐに、新しい腕が生えた。


「…はぁぁぁ!?」


 驚くことに弾け飛んだ腕だけでなく、2本、3本、4本と背中から腕が増えていく。


「カイリキーが進化でもしたか?いや、それにしては気持ち悪いな…」


 4本だった腕が、8本に変わる。


「いくら腕増やそうがうちのスピードについてこれへんやろ?」


 スピードで翻弄し、8本の腕を全て弾き飛ばす。

 だが、またも腕が瞬時に生えた。


「ええでええで?何回でも相手したるわ!」


 平野はスピードを生かし、走る。


 途中、カイリキーの頭が二つになっていることに気付く。


 速すぎて見間違えたか?と思い、止まって見るが、やはり頭が2つに増えている。


ボコッ…ボコボコボコッ


 2つだけじゃない3つ、4つ、そして、5つの頭が生えてきた。


 そして、マリンスーツから露出している肌に、所狭しと、目が開く。


「はぁぁぁ!?何回言ったかわからんけど…はぁぁぁぁ!?何やそれ!気持ち悪っ!!ん?てかちょい待てよ…お前もしかして!カイリキーやなくて、ロビンちゃん系か!?」


 攻撃を避けながら、ツッコむ。


 その平野のスピードを無数の目が捉えた。


 増えた目の映像処理を5つの脳が行う。


 そして、8本ある腕が、遂に、平野を捕らえた。


「ちっ!もうこのスピードにも対応したってか?ふっざんな!ぼけ!!80%(エイティ)!!」


 平野は強引にその腕を振り解き、


「80%(エイティ)パンチ!」


 相手の鳩尾めがけて、拳を打つ。


 カイリキーは壁めがけて吹っ飛んだ。


「はぁはぁはぁ…あかん、久々にここまで力出したからか、フラフラする。もういい加減動かんといてくれ…」


 相手は、壁から出てきて、片膝をついた。

 カイリキーも相当消耗しているようだ。


 カイリキーは、両肘を後ろに引き絞り、力強く、前へと突き出した。


 勢いよく伸ばされた腕の先から新しい腕が生え、新しい腕が伸び切る前にさらに新しい腕が生えていく。


 名付けるなら、腕のバズーカだ。


 凄まじい速度で伸び、平野を襲う。


「はぁーしゃーない。とことんまでつきおうたろか」


 平野は襲いくる腕を、拳を振り、弾く。


 強すぎる拳は、腕を弾き飛ばす。

 血と肉が飛び散る。


 だが、一本弾き飛ばしては、奥にある腕が伸びてくる。


 それが、8本。

 カイリキーは全ての腕でそれを行っている。


 上昇した反射神経と処理能力で、近付く腕から弾き飛ばしていく平野。


 拮抗した状態から、徐々に徐々に、カイリキーの拳が押し始め、


「ぐっかはっ!!!」


 拳が、平野の鳩尾にクリーンヒット。


 後ろに殴り飛ばされ、食品コーナーの棚にぶち当たる。


「はぁはぁ…くそっ!!もうええ!!本気や!!100%(ワンハンドレッド)!!!」


 口から流れる血を拳で拭く。


 平野の速度、力はさらに上昇。


 襲いくる腕を弾き飛ばしながら、前へ前へ進む。



 いつの時代も、強い力を持った者は必ず現れる。

 初めはその力に恐れ、誰もが戦うことを放棄する。


 だが、長い年月、積もりに積もった鬱憤が怒りとして爆発する瞬間がある。


 いくら強い者であろうと、数十倍、数百倍の規模の相手と戦えば、負けるのは必須。


 絶対なる個は凡庸なる多数に淘汰される。



 平野の力は、所詮、個人の力。

 非力であろうと集まれば集まるほど、力を増す相手に、勝ち目はない。


 一本の腕が、遂に、平野を捕らえる。

 弾き飛ばそうと動く平野の腕を、別の腕が掴む。


 両手、両足、胴体、全てを腕が捕らえた。


 カイリキーはマスクの下で笑みをこぼす。


 溢れ出す涎を飲み込む。


 カイリキーは強者の肉のみを食らう偏食家。

 身動きの取れなくなった平野は、熱々のファミチキに見えていた。


 今、衣に歯を通す―――

 

「水野ー!ごめん!あかんわ!」


「了解。ありがと、頑張ってくれて」


 いつの間にか、玄関まで移動していた水野。


 手に持っていたハンドガンの銃口をこめかみに当て、


「良いことがあると悪いことがある。それが人生よね…はぁー」


ダンッ


 トリガーを引いた。

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