第3話
水野の予想は、ずばり的中。
長野の方に抜けると、放置された車は少なく、バイクで移動することが出来た。
その途中、高速から見えた大型ショッピングモールに、ミズヒラ(水野と平野)は訪れていた。
「おおー!!広いなぁー!ここ!!」
「その分、ンザンビがいっぱいいるけどね」
「お、おぉ…と、とりあえず、欲しいもの調達して早よ逃げよ」
玄関の自動ドアにはシャッターがされ、バリケードらしきものも置かれていた。
しかし、ミズヒラが来た時にはバリケードは既に破られ、自動ドアのシャッターも無残に壊されていた。
一階にある食品コーナーに向かう。
平野はリュックに刺してある持ち手が丸くなった杖を手に持った。
前衛:平野+杖
後衛:水野+弓
背を超える商品棚が視界を狭める。
1人がリュックに商品を詰め、もう1人が監視。
物資を集めるため、別の商品棚に移ろうとした時、そこに、ンビンザがいた。
目があった途端、襲いかかってくる。
平野は、相手の足に持ち手の丸い部分を引っ掛け、思いっきり引っ張った。
ンザンビは足を取られ、盛大に尻餅をつく。
直後、脳天に水野の矢が突き刺さる。
「うちら、ほんまにええコンビやと思うわ。うんうん」
「あ、うん。そだね」
「反応うっす!ま、ええんやけど…はよ欲しいもん集めようや」
「うん、了解」
食料品と必要な日用品をリュックとアタッシュケースに詰めていく。
途中、ンザンビに会っては静かに対処する。室内で音を立てる行為はNGだからだ。
ンザンビは、様々な種類がいる。
目が見える者や走れる者、はたまたダンスをする者など、様々。
だが、共通する点がある。
それは、耳がよく聞こえることだ。
室内で大きな音をたてれば、反響し、そこかしこのンザンビを呼び寄せることになる。
あらかた入れ終わり、静かにその場を離れようした。
「あ、あの!」
「ん?なんか声聞こえへん?」
「はぁー気のせいでしょ、ほら行こ」
「あの!ま、待ってください!上です!天井です!」
声のする方を振り向く。
天井にある点検孔から少女が顔を出していた。
「ほらぁ〜見てみぃ〜やっぱ声聞こえたやろぉ〜?」
「ほんとね…そのうざい顔を今すぐやめないと引っ叩くよ?」
「おぉ〜こわっ!んで、嬢ちゃんは何者やー?」
「と、とりあえず、上に上がってきてください。ハシゴ、い今、降ろしますから」
「そんなんなくてもうちの脚で」
水野は、平野の肩を掴み、首を横に振る。
「ん、分かった分かった」
少女が降ろしてくれた梯子を登る。
点検用の屋根裏スペースに、30人近く集まっている。
そこかしこに、布団や毛布が乱雑に置かれている。
登り切ってすぐに点検孔を閉めた少女が、自己紹介を始める。
「は、初めまして!わ、わたしの名前は、田宮歩です!しょ、小学6年生です!」
「こりゃ丁寧にどうも。うちは、平野結城。高校2年や!よろしゅーな!んでこっちが」
「水野千枝よ」
「水野〜なんでそんなぶっきらぼうやねーん」
「初対面の人に対してだったらこんなもんでしょ。あんたが馴れ馴れしくしすぎなのよ」
「そう言われればそうかもしれんけど!ごめんな?あゆむちゃん。ぶっきらぼうなお姉ちゃんで」
「ううん!ぜ、全然大丈夫だよ!あ、あのね。平野、さんは…女の人?男の人?」
「はっはは!久々に聞かれたわ、それ!どっちやと思う?」
「はぁー」
ため息を漏らす水野。
「え、えっと、あのその」
反応に困る歩。
そうこうしていると、点検孔の近くに集まっている人集りから一人、メタボ気味のおっさんが近付いてきた。
「おい!!歩!!誰の許可でこいつら中に入れとんじゃ!?あぁ!?」
酒を飲んでるようで顔がほんのり赤い。
「ひぃっ!ご、ごごごめんなさい!で、でも、このお姉ちゃんたち、そそっ外からきたみたいだから」
「口答えすんな!!また殴られたいんか!?」
「い、いや!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」
おっさんは腕を上げ、殴るジェスチャーをする。
歩は震えながら、怯えている。
「ちょい待ち。あんた誰や?」
「あぁ!?部外者は黙っとけ!わしゃ、このガキに用があるんじゃ!来い!歩!」
歩の腕を掴もうとするおっさんの手を、平野が掴む。
「おい、離せ!」
「用ってなんや?」
「うるさいのぉ!!お前に関係ないやろが――っぐはぁっ!!!」
殴りかかってきたおっさんにカウンター。
おっさんは、吹き飛んだ。
「落ち着けや。大の大人がみっともない」
パンッ!
「はい。皆さん、一旦落ち着きましょう」
メガネをかけた男が、手を叩き、殺伐とした空気を和ませる。
おっさんがいた人集りから歩み寄ってきた。
「初めまして。私は神田鋼。一応、ここのリーダーをさせてもらってる者です。うちの田中が失礼しました。非礼をお詫びします」
神田は頭を下げた。
「…はっ!しゃーない、許したるわ。でもな?どんな事情があったとしても、女に手を出す男はカスや。次、うちが見てるとこで歩ちゃんにちょっかいかけたら、この程度じゃ済まへんからな?」
平野は睨みを効かせる。
細い目がより一層、効果を高めた。
「…田中さん、こっちへ来てください」
田中はカウンターをくらった頬を押さえながら、近寄ってくる。
「謝ってください」
「はぁ!?俺が悪いっていうのか!?」
「謝ってください」
「…っ。分かった分かったよ。申し訳ございませんでした。ふんっ!これでいいだろ?」
頭を下げるが、その後の態度が
「良くないわ、カス」
平野の沸点を軽々しく超えていく。
「死ぬまで殴らんと分からんようやな?おぉ?」
田中の胸ぐらを掴み、今にも殴りかかりそうだ。
「平野!!」
水野が、それを止める。
「ちっ…命拾いしたな、カス野郎」
平野はそれだけ言うと、水野の後ろに移動する。
「神田さん。馴れ合いも謝罪もいらないから、なんでこうなったのか、教えてくれませんか?」
水野は至って冷静に。
「…わ、分かりました。あのよければ、あちらで話しませんか?散らかってはいますが、座布団ぐらいはありますので」
神田の提案を受け、神田と田中がいた場所に戻り、腰を下ろした。
点検口からは少し離れている。
「私たちがこの天井裏に来たのは、ほんの1週間前のことなんです。それまでは、この施設の中を自由に使っていました。
奴が、現れるまでは…田宮さん、あの動画、2人にも見せてあげれますか?」
「は、はい」
歩はスマホを取り出し、ある動画をミズヒラに見せる。
初めに映ったのは、着物を着た女性の姿。
小さなボリュームに耳を傾ける。
『ママ!今日誕生日だね!おめでとう!』
聞こえてきたのは、歩の声。
どうやら、スマホで撮影した動画のようだ。
『ふふっ、ありがとう』
微笑むのは歩の母親。
『あのね!サプライズがあるの!付いてきて!』
歩は母の手を引きながら、歩いていく。
スマホは前を向いているが、手ブレがひどい。
『あらあら。サプライズなの?言っちゃ駄目じゃない』
『あ!ほんとだ!あっははは!』
仲睦まじい親子の様子が撮られている。
エスカレータを降り、1Fに着く。
1Fには、カフェやフルーツ店が並ぶ。
『源さーん!お母さん連れてきたよー!』
『おお!歩ちゃん!待っとったぞぉ!』
歩の振った手が、画面に映る。
先にいるのは、ハゲ頭に鉢巻を巻いた爺さんだ。
どうやら爺さんは、フルーツ店の店主らしい。
店の前にあるイートインスペース。
丸椅子と丸机が置かれている。
『お母さん!ここ座って!』
歩は母親を椅子に座らせ、爺さんの方へ行き、店内へと向かう。
冷蔵庫から取り出したケーキを源さんから渡され、両手で運ぶ。
どうやら、スマホは胸ポケットに入れたようだ。
『お母さん!誕生日おめでとー!』
フルーツ店らしく、上には様々なフルーツが乗せられている。
驚く母。
上に刺さっている蝋燭の火を吹き消した。
直後、
ガンッ!!!ガンガンッ!!!
玄関の方から凄まじい音が。
『お?なんじゃ、騒がしいのぉ?せっかくの晴れ舞台を邪魔するとはいい度胸じゃ!ちょっと待っとれよ、2人とも』
箒を持ち、玄関へと向かう。
2人はそれを見ていた。
フルーツ店から玄関はよく見える。
シャッターが激しく揺れている。
ガシャン!!ガンッガ!!!
『ンザンビどもがぁ!!ちったぁ静かにせんかい!!』
箒でシャッターを叩く。
ガシャァァァン!!!
一際大きな音ともに、シャッターごと玄関が壊れた。
土煙の向こうから、腕が伸び、爺さんを掴む。
身体全てが、その手の中に包まれる。
グチュ…
最後の一言を話す暇も与えられず、爺さんはミンチ肉へと変わる。
象並みに太い腕がもう1本現れ、バリケードを容易に薙ぎ払う。
アァァアァ…
ンザンビが雪崩れ込んでくる。
『逃げるわよ…早く!!』
母親は歩の腕を掴み、走り出した。
画面が上下左右に揺れる。
『あ、ま、まって、ま、ま!まま!』
ぐわんと景色が歪み、ブラックアウト。
幼い歩は、そのスピードについていけず、足がもつれ、倒れ込んだようだ。
『歩、立って!早く!!』
母が歩を立たせる。
母の目に映る景色から、ンザンビが親子に迫ってきているのが分かった。
『痛いぃ!痛いよぉ!』
歩は膝を擦りむき、泣き始めた。
『…っ!歩!そこのトイレまで行ける!?』
『いけないぃ!!ままぁぁぁ!!』
『泣くんじゃないよ!!!』
ドスの効いた声。
その声に、歩は泣き止んだ。
『歩、あなたは私の子。だから大丈夫…』
しゃがみ、抱き締め、耳元で囁く。
『行けるね?』
『う、うん!ままも早くきてね…?』
『うん、ちょっと待っててね』
小走りでトイレへと向かう歩。
振り向き様に映った母の姿。
母は、ンザンビの方へ走り出していた。
『ほら!こっちだよ!!あたいを喰いたいんだろ!?』
着物に合う赤い下駄を投げ捨て、着物を破り、捲し上げ、走り去る。
歩は女子トイレの個室に入る。
震える指。漏れる吐息を抑え、静かに時間が過ぎるのを待った。
ヒタッ、ヒタッ
足音が聞こえる。
タイルの上を裸足で歩いているような音。
コンコン
トイレの出口に近い個室の扉がノックされる。
コンコン
次の扉
コンコン
次の扉
トイレには、個室が4つある。
コンコン
歩がいるトイレの扉がノックされる。
歩の息遣いから、泣いているのが分かった。
しかし、音を立ててはいけない。
何かで口を抑えたのだろう。
音がとても小さくなった。
だが、それと比例するように、
コンコン、コンコン、コンコン
コンコンコンコンコンコン
コンコンコンコンコンコン!!!
ノックは徐々に強く、激しくなっていく。
ドンドンドン!!!ドンドンドン!!!
叩くのが指から拳へと変わった。
何度も何度も、何度も何度も、同じ箇所を殴り続け、拳がトイレのドアを突き破った。
侵入した手は、扉のロックへと伸び、静かに鍵を外す。
ゆっくりと開かれるドア。
それと、ともに、画面が傾き始め、衝撃音とともに、ブラックアウト。
ンザンビは、久しぶりの食事に胸を躍らせていた。
湯気を上げながら逃げていったナポリタン。大好物だ。
だが、ドアを開けた先で待っていたのは、様式の便器と床に落ちたスマホだけだった。
・
・
・
「おいおいおい、この後どうなったねん!」
「田宮さん、深呼吸。すぅーふぅー。そうそう、ゆっくりしてください」
一緒に動画を見ていた歩は今にも泣きそうだ。
「この後のことは私から。私は元々、このショッピングモールを作る時に現場監督をやっていまして、内部構造にたまたま詳しかったんです。この天井裏があるのも知っていました。
あの日、私はいつものようにここで昼寝をしていました。ンザンビにも見つからず、誰も来ないこの安全な場所じゃないと寝れない癖がありまして。恥ずかしながら」
少し照れた仕草で頭をかく。
「凄まじい音と悲鳴がしたので、玄関が破られたとぴーんときまして、フロアに残っている人を助けないと、とそう思い、走り回りました。
初めに聞こえてきたのが、田宮さんのお母様の声でした。田宮さんがトイレに行くことが分かったので、すぐさま、向かいました。
点検口があるのは、1番奥の個室でして、蓋を少し開け、外の様子を見ました。不幸中の幸いといいますか、たまたま、田宮さんが一番奥の個室にいてくれたおかげで、引っ張り上げることが出来ました。ンザンビがドアを何度も何度も叩き、今にも壊れそうでしたが。危機一髪でした。
その後、ンザンビがいなくなった時に、このスマホを回収したんです」
神田の説明が終わる。
「なるほど…そうだったんですね。ありがとうございます。では、私たちはこれで」
水野は立ち上がり、頭を下げると、点検口の方へ向きを変える。
「…え?あ、あの!待ってください!どこに行くんですか!?」
「ここから出ていくだけですが?…何か?」
「今、話聞いてましたよね?だったら、一緒に協力して」
「嫌です」
ニコッと笑顔で笑う水野。
目は一切笑っていない。
「あ…歩ちゃんが可哀想だとは思わないんですか!?」
「はぁー…可哀想だとは思いますけど、それが何か?同情で腹は膨れませんよ」
「こ、こんな時だからこそ!みんなで力を合わせて乗り切りましょうよ!!」
「だから、嫌だって言ってるんです。聞き分けのない人ですね?そのみんなの中に私たちを入れないで欲しいんですけど。今まで通り、ここにいる〝みんな〟で頑張ってください。どうせ、私たちがさっき手に入れた〝これ〟が目当てなんでしょ?」
水野がリュックを指差す。
「うっ…それは…」
図星をつかれ、ぐぅの音も出ない。
「これは私たちが命をかけて手に入れた物です。楽して手に入れたかったんでしょうけど、欲しいなら、命を賭ける覚悟がありますか?」
有無を言わせない態度に、神田は黙り込むしか無かった。
「はぁー…それでは、失礼します」
ため息とともに点検口へと向かう。
「ちょいと待ちな」
幼い声と言葉のギャップ。
振り向くミズヒラ。
その声が誰から発せられたのか、すぐに分かった。
「神田、テメェは昔から口でどうにか収めようとする癖があるよなぁ?このぼけがぁ!!結局最後は暴力なんだよ、力なんだよ!これで分かったろぉ?」
「あ、歩ちゃん…?どないしたんや?そんなドスの効いたこと言って」
「うっさいわ、ぼけぇ!テメェら、〝これ〟が見えんか?」
歩が右手に持っている物。
簡易照明に照らされ、黒光りするそれは、ハンドガンだった。
「ワシは田宮組 組長の一人娘!田宮歩!頭の皺によぉーすり込んで覚えとけ!」
脳の皺では?
その場にいる全員が心の中でツッコむ。
「やっとワシ以外の女がきた!ここはワシ以外男ばっかでなぁ、タまってる者が多くて大変やったんよ。これがなかったらと思うと…おぉ怖や怖や。女はいくらでも使いようあるし、まあ男やったとしても穴は使えるしなぁ?」
「はぁー」
脅し文句を言い終わり、キメ顔の歩。
沈黙の中、水野のため息が響く。
「おいテメェ…今、ため息したか?」
「え?ああ、私?したけど、何か?」
とぼける水野。
「(何だぁこいつ?銃見せてるのに怯まないなんてよぉ?)テメェ、こっち来い!」
「何で私が?あんたが来なさいよ」
「チッ!いちいち感に触る女だなぁ!」
ズカズカと強く踏み込みながら歩く。
「そんなに強く歩いたら、下のンザンビに聞こえるかもね…」
水野は相手に聞こえる大きさで呟く。
「…(ンザンビはやばい。玉もそんなにないし、いっぱい来たらやられちゃう)」
歩は踏み込みを弱め、考えながら、水野の前に着いた。
「テメェ、これが見えねぇのか?あぁ!?」
「ふふっ、必死にお父さんの真似事?おママごとにしか見えないんだけど」
拳銃を見せびらかす歩を笑う。
子どもをあしらうかのように。
「なっ!ななな!!テメェ!!ぶっ殺す!!」
銃を構え、トリガーに指をかける。
「音大丈夫かな?拳銃の音って響くんだよ?」
わざとらしく。
「テメェ。ワシのこと、馬鹿だと思ってるだろ?ちっちっちっ、サイレンサー持ってまーす!」
歩がポケットからサイレンサーを取り出そうと視線を水野からずらした瞬間、
「良いの持ってるじゃん。それ…貰うね?」
右手を振り上げ、相手の太ももめがけて振り下ろした。
「ぃっ!?あぁーーーーーっ!?!?!」
言葉にならない叫び。
熱く、走るような痛みが全員を駆け巡る。
歩の太ももに、包丁が刺さっている。
水野は太ももにつけておいたナイフホルダーから包丁を取り出し、相手が油断した瞬間に突き刺していた。
「非常用に持っといてよかった。これ、ありがたく使わせてもらうね」
歩は、痛みが走った瞬間、手に持っていたものを全て放り出していた。
水野は、床に落ちたハンドガンとサイレンサーを拾う。
何事もなかったかのように出口に向かい、点検口を開き、梯子を下ろす。
平野が先に降り、後から水野が降りる。
梯子に足をかけ、最後に一言。
「あんたたち、相当タまってるんだって?その子で、〝シ〟ていいよ。あ、止血、忘れないでね。死んじゃうから。じゃ、ばいばい」
「あぁぁぁ!!!痛いよぉ!!ままぁ!!あぁぁん!!!」
叫び、転がり回る歩に、男たちの影がそろりそろりと近づいて行く。
水野は、梯子を降りた。
「はぁー…疲れた」
「お疲れさん。ほんま、水野が味方でよかったわ。子ども相手でも容赦なくて、見てるこっちがちびりそうやったけど」
「何それ。それじゃ私が悪魔みたいじゃない。それにあの子、たぶん成人してるよ」
「はぁ?ほんまにか?どう見ても子どもやったけど…病気かなんか?」
「身体が成長しない病気。たぶんね」
「なんやそれ!そんな病気あんのか!?それ、ロリコンのやつらからしたら最高やんけ!」
「はぁーほんっと趣味悪い」
「あれ?なんか変なこと言った?ごめんごめん。んで、これからどうする?やっぱ、北海道目指すか?」
「そうね。当面の目的はそれで行きましょ。今日は良い掘り出し物もあったし」
ドンッ!
突如 〝それ〟 は空から降ってきた。
ミズヒラの進行を防ぐように、腕を組みながら。
「…は?何やお前。って!おいおい、まじか!?カイリキー?!」
高身長の平野より頭ひとつ高く、4本あるご立派な腕が異質感を醸し出している。
口元だけが空いたカイリキーの被り物。
全身、紺のマリンスーツ。
腕の部分がなく、タンクトップ状態。
背中からマリンスーツを突き破り、2本の腕が生えている。
ポケモンのカイリキーによく似ている。
肌の色は、鼠色ではなく肌色だが。
「20%(トゥエンティ)キック」
相手が動くより早く、平野は回りながらしゃがみ込む。
片脚を伸ばし、相手の弁慶の泣き所を蹴り、脚を振り抜く。
相手は脚をとられ、体勢が崩れる。
残った脚を軸に、旋回。
回し蹴りを横腹にくらわせる。
「沈んどけ。早よ行くで、みず、の…?はぁ!?」
後ろにいた水野の方を振り返り、出口の方へ視線を戻した瞬間、〝それ〟 は目の前にいた。
平野の回し蹴りは命中していた。
その証拠に、壁にまで吹っ飛び、めり込んだ跡がある。
「どうなってんねん!今蹴り飛ばしたとこやで!?」
ツッコミを入れる。
だが今度は相手側の攻撃が早い。
「っ!!あっぶな!!」
意趣返し。
平野がした動きと同じ攻撃。
平野はなんとかそれを避ける。
その後も攻防は続く。
最初のうちは平野が優勢だった。
攻撃はほとんど当たるが、その度、戻ってくる相手にいらつきを覚え始める。
「あぁ!!めんどくさいなぁ!!ギア、あげるで!30%(サーティ)!!」
より強い力で殴る。
結果は変わらない。
だが、徐々に平野の攻撃が当たらなくなってきた。
そして、カイリキーの攻撃が当たるように。
「くっ!!なんやねん!こいつほんまに!!ちょい本気で相手したるわ…50%(フィフティ)」
平野が本気を出し始める。
圧倒的スピードとパワー。
カイリキーの腕が弾け飛んだ。
「ははっ!どうや!」
だが、喜んだのも束の間。
すぐに、新しい腕が生えた。
「…はぁぁぁ!?」
驚くことに弾け飛んだ腕だけでなく、2本、3本、4本と背中から腕が増えていく。
「カイリキーが進化でもしたか?いや、それにしては気持ち悪いな…」
4本だった腕が、8本に変わる。
「いくら腕増やそうがうちのスピードについてこれへんやろ?」
スピードで翻弄し、8本の腕を全て弾き飛ばす。
だが、またも腕が瞬時に生えた。
「ええでええで?何回でも相手したるわ!」
平野はスピードを生かし、走る。
途中、カイリキーの頭が二つになっていることに気付く。
速すぎて見間違えたか?と思い、止まって見るが、やはり頭が2つに増えている。
ボコッ…ボコボコボコッ
2つだけじゃない3つ、4つ、そして、5つの頭が生えてきた。
そして、マリンスーツから露出している肌に、所狭しと、目が開く。
「はぁぁぁ!?何回言ったかわからんけど…はぁぁぁぁ!?何やそれ!気持ち悪っ!!ん?てかちょい待てよ…お前もしかして!カイリキーやなくて、ロビンちゃん系か!?」
攻撃を避けながら、ツッコむ。
その平野のスピードを無数の目が捉えた。
増えた目の映像処理を5つの脳が行う。
そして、8本ある腕が、遂に、平野を捕らえた。
「ちっ!もうこのスピードにも対応したってか?ふっざんな!ぼけ!!80%(エイティ)!!」
平野は強引にその腕を振り解き、
「80%(エイティ)パンチ!」
相手の鳩尾めがけて、拳を打つ。
カイリキーは壁めがけて吹っ飛んだ。
「はぁはぁはぁ…あかん、久々にここまで力出したからか、フラフラする。もういい加減動かんといてくれ…」
相手は、壁から出てきて、片膝をついた。
カイリキーも相当消耗しているようだ。
カイリキーは、両肘を後ろに引き絞り、力強く、前へと突き出した。
勢いよく伸ばされた腕の先から新しい腕が生え、新しい腕が伸び切る前にさらに新しい腕が生えていく。
名付けるなら、腕のバズーカだ。
凄まじい速度で伸び、平野を襲う。
「はぁーしゃーない。とことんまでつきおうたろか」
平野は襲いくる腕を、拳を振り、弾く。
強すぎる拳は、腕を弾き飛ばす。
血と肉が飛び散る。
だが、一本弾き飛ばしては、奥にある腕が伸びてくる。
それが、8本。
カイリキーは全ての腕でそれを行っている。
上昇した反射神経と処理能力で、近付く腕から弾き飛ばしていく平野。
拮抗した状態から、徐々に徐々に、カイリキーの拳が押し始め、
「ぐっかはっ!!!」
拳が、平野の鳩尾にクリーンヒット。
後ろに殴り飛ばされ、食品コーナーの棚にぶち当たる。
「はぁはぁ…くそっ!!もうええ!!本気や!!100%(ワンハンドレッド)!!!」
口から流れる血を拳で拭く。
平野の速度、力はさらに上昇。
襲いくる腕を弾き飛ばしながら、前へ前へ進む。
いつの時代も、強い力を持った者は必ず現れる。
初めはその力に恐れ、誰もが戦うことを放棄する。
だが、長い年月、積もりに積もった鬱憤が怒りとして爆発する瞬間がある。
いくら強い者であろうと、数十倍、数百倍の規模の相手と戦えば、負けるのは必須。
絶対なる個は凡庸なる多数に淘汰される。
平野の力は、所詮、個人の力。
非力であろうと集まれば集まるほど、力を増す相手に、勝ち目はない。
一本の腕が、遂に、平野を捕らえる。
弾き飛ばそうと動く平野の腕を、別の腕が掴む。
両手、両足、胴体、全てを腕が捕らえた。
カイリキーはマスクの下で笑みをこぼす。
溢れ出す涎を飲み込む。
カイリキーは強者の肉のみを食らう偏食家。
身動きの取れなくなった平野は、熱々のファミチキに見えていた。
今、衣に歯を通す―――
「水野ー!ごめん!あかんわ!」
「了解。ありがと、頑張ってくれて」
いつの間にか、玄関まで移動していた水野。
手に持っていたハンドガンの銃口をこめかみに当て、
「良いことがあると悪いことがある。それが人生よね…はぁー」
ダンッ
トリガーを引いた。