1-46章 餞別
「あたしはペティーと話すから先に家に帰ってて」
マリンにそう言われたので俺はおとなしくそのまま一人で家に向かった。俺はペティーに何か声をかけようとのどを鳴らしたが、結局何も言わずにその場を立ち去った。
「おかえり。マリンはどうしたの?」
「ちょっといろいろあって...すぐに帰ってくると思う」
俺はそれだけ言うと、黙ってリビングに行きソファで寝ころんだ。アンは何かあったのかと心配そうにしていたが、結局諦めたのかいそいそと夕食の準備を再開した。俺は何をするでもなくただぼーっと天井を眺めていた。この世界ではテレビなどがないため、こういう話し相手がいない時間はとても苦痛である。
15分ほどたつとドアが開く音が玄関から聞こえる。アンは料理を中断して、軽く自分の手をエプロンで拭くと玄関のほうに歩いていく。マリンとアンは何か話しているようだったが、細かい内容までは聞こえなかった。しばらくして、アンとマリンが部屋に入ってくる。マリンはソファで寝ている俺を見下ろすと、俺に顔を近づけて、
「ごはん食べ終わったらあんたの部屋行くから」
それだけ言うとマリンはアンの手伝いをするためにキッチンへと歩いて行った。マリンと部屋を分けてほしいとお願いしたのは、つい3日前のことだった。
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「入るわよ」
扉を2回軽くノックすると、マリンは寝間着姿で俺の部屋に入ってくる。長袖長ズボンのピンク色のスウェットで、長い髪も普段は一つにまとめているものを背中位に流している。マリンは自分の部屋に入られるのを嫌うが、俺の部屋にはズカズカと足を踏み入れる。
「痛った!?」
扉に背を向けて椅子に座っていた俺に向かって、マリンは背中を思いっきり平手打ちしてきた。
「男なんだからそれくらい我慢しなさいよ」
「そういう差別的発言はよくないぞ。いまや日本では男女平等社会なんだから」
俺のなれない軽口を軽く受け流すと、マリンは俺のベットにダイブする。うつぶせに寝転んだマリンは何も言わず、俺も黙ってしばらく嫌な沈黙が続く。先に口を開いたのはマリンだった。
「何であの時ペティーをかばってあげなかったの?」
布団に顔をうずめたままマリンがくぐもった声でいう。俺は正直に自分の思っていることを言う。
「あの時、あいつらに俺がギフトを持ってるか持ってないかすぐに言わなかったのは、自分がギフトを持ってるといったとき、ペティーに集中砲火されると思ったからなんだ。幸い、俺の刺青は背中にあるし、持ってるとも持ってないともいうことはできた。それを悩んだ結果、あんなことに...」
マリンは顔を天井に向けるとただ静かに俺の話を聞いていた。俺は話しているうちに、自分の無力さで胸が張り裂けそうだった。
「サトルが帰った後、ペティーと二人で話したの」
マリンは、独り言のようにベッドに寝そべったまま話し始める。
「あたしは、あの時あいつに言いっぱなしにさせてごめん、って謝った。そしたらペティーは私がギフトを持ってないことは事実だし、マリンちゃんこそ謝らないで、って言ってきた。あたしは、ペティーにそんなことを言わせた自分が何より許せない。それに、」
一つ息を吸うとマリンはベットから起き上がり、ベッドの端に座る。
「サトル君、私より深刻そうな顔だったけど大丈夫かな?って言ってた。正直あたしはあんたのこと全然見てなかったから気づかなかったけど」
ペティーのその言葉に俺は目を丸くして、思わずマリンのほうを見た。マリンはベッドの上に両手をついてため息をつく。
「自分が傷心中だって時にあんたの心配をするなんて、あんたどんだけ愛されてるのよ。」
俺はs目頭が熱くなるのを必死に抑えようとする。ペティーが自分の心配より俺の心配をしていることが何より驚きだった。「だから...」とマリンはベッドから立ち上がりながら言うと、
「今度はあんたが何が何でもペティーを守ってあげるのよ。次あの子を傷つけたらあんたのこと燃やすから」
冗談か冗談じゃないかわからないどすの利いた声でマリンが言うと、「じゃあね」と言ってそのまま部屋を出て行った。俺はマリンが出るまでひたすら歯を食いしばって、涙腺が崩壊するのを我慢していた。




