1-31章 Time of patient
「ふう、何とか巻いたか」
俺はゆっくりと後ろを確認して、マリンの追跡を免れたことに胸をなでおろす。とりあえず無我夢中で逃げてきて疲れたので、手短な木に隠れて一息をつく。
俺はマリンとの勝負に勝つために、この森の中という戦場を咄嗟に選択した。しかし、サトルは別に森の中での戦闘が得意というわけではない。魔法での戦闘は初めてだし、現世でも喧嘩などはからっきしだったからだ。しかし、サトルは分かっていた。相手に勝負で勝つ方法は大きく二つあると考えている。一つは一番わかりやすい自分の得意分野で戦うこと。そして、思いつきにくいもう一つは、
「相手を苦手分野に引きずり込むことだな...」
俺はとりあえず足元に落ちていた石ころを拾い上げていた。マリンが追い付いてくるまでまだ数秒の猶予があるだろうから、俺はマリンに勝つための準備をする。しかし、
「やべ。もう来たのか」
俺の想定しているより早くマリンは俺に追い付いてきた。もしかして見つかったのか?と俺は思ったが、
「あれはたぶん気づいてないな...」
あたりをきょろきょろ見渡している感じ、まだこちらには気づいていないようだった。俺はこちらからギリギリマリンが見える位置に移動する。俺はズボンのポケットに隠し持っていた石ころを一つ取り出すと、自分の左側の草むらに思い切り投げ込む。
「そこよl!」
マリンの大声が聞こえたのちに石が投げ込まれた方向に炎が放たれる。マリンが炎の放たれた場所に移動している間に、俺もなるべく音を立てずに四つん這いになりながらマリンとは逆方向に移動する。
「やっぱり木や草が焼き払われたりしないのか...」
さっき受けたのと同じように炎はすぐに拡散してそのまま消え去った。マリンの言ったことは嘘ではないとここで確認できる。そして、マリンの背後に移動してからたっぷり一分待ってからもう一度適当な方向に石を投げ込む。今度はマリンはその方向に振り向くだけで魔法は放たなかった。
「いや別にそれでいい。魔法での消耗は単なる副産物だからな」
俺は先程より慎重にポイントを移動する。マリンはやたら神経質に周りを警戒しているように見える。俺の作戦は見るからに成功しているようだった。
その後も何度か適当な位置に石を投げ込んでは移動するを繰り返してはマリンの様子を観察していた。俺のこの一連の動きは一見何をしているか意味が分からないように思うが、ちゃんと理由がある。
人間は極度の集中状態が何分、何時間と続くと交感神経と副交感神経の切り替わりがうまくいかなることで「過緊張」と呼ばれる状態になる。これは過度のストレスや心配からくると一般的には言われている。今でいう石を投げ込まれて俺がいつ出てくるかわからないという状態がマリンのストレスの原因になっている。
一番まずかったのがさっきみたいな開けた場所に戻られることだったが、もうそんなことを考えられないほどマリンは疲弊しきっているだろう。やがてマリンは肩で息をしだして、石を投げ込んでも反応をしなくなった。
「よし...」
それを確認すると、俺は大胆にもマリンの正面まで移動してきて、自分の中にあるなけなしの魔法を練りだす。イメージしたのは水のカーテン。長方形四方の水の塊を作り、設置する。意識すれば見えないわけではないそれにマリンは全く気付いていなかった。俺は急いでマリンのサイドに移動して、水のカーテンをマリンの方向に移動させる。
「クッ!!」
マリンは突然のことに驚いたのか面食らったように大きく目を見開いている。俺はそれを確認すると一気にマリンの方に向かって飛び出していった。




