2-43章 利害の一致
簡単にはいかないとはある程度覚悟をしていたことだったがまさかこれほどまでに歯が立たないとは全く思わなかった。弱者の小細工は、圧倒的強者の前にはただの悪あがきでしかないのかもしれない。蟻がいくら龍に抗っても蟻は龍の一歩でその生涯を終えてしまうかもしれない。そう、今の俺のように。
「どうしよどうしよどうしよ」
俺は頭と手を同時に動かしながら、この絶望的状況を打破するための最善最強の一手を頭の中で模索し続けていた。時には頭の髪がチリチリになりそうな炎のブレスを。時には人間の体をたやすく切り裂くであろう魔物の爪を、一生懸命、精一杯、避けて、守って、躱し続ける。
「はあ、はあ...」
俺の体力はすでに限界をとうに超えていたのかもしれない。実際、人間は無意識に体にリミッターがかかっていると言われているから、人生で本当の限界が来ることはないのかもしれないけど、その手前くらいの限界に俺は到達していた。俺はあちこち負傷した腕や足をかばいながら、目的もなくただ逃げ続けていた。俺は現世で昔、家出をして真冬の夜の中の街をあてもなくさまよい続けていたことを思い出す。あの時はいかに補導されないか、警察の巡回の目をかいくぐるのに必死だった。
「って、走馬灯じみたものを見ている場合じゃねえ。マジでどうにかしないと」
不幸中の幸いというべきか、俺を追っている魔物は弱者を蹂躙するのが趣味なのか、すぐに俺を殺そうとはせずいたぶるようにゆっくりと俺を追い込んでいる。このままだとマジで魔法石を使う羽目になるのかもしれない。俺は念のために懐に魔法石を忍び込ませておく。でも、これは本当の本当に死にそうになった時だけだ。まだ死ぬようなほどじゃない。
「かといって打開策があるわけじゃない」
あっちの魔物の体力がどれほど残っているのか知らないが、俺の魔力も体力もじきに底をつくだろう。現状、第三者の介入しか何かに頼るすべがない。とどのつまり、俺が今からやることは、
「俺が最もこの世で嫌いな神頼みだ」
研究者として名をはせていた前世で、俺は神という理論もへったくりもない存在が大嫌いだった。この世で起きる現象は未解明なものも含め、すべて科学で解決できる。解明できていないのは我々人類がバカなだけに過ぎない。そういう思想を俺は持っていた。しかし、それは神頼みするような状況に俺が追い込まれたことがなかったからだろう。今は神頼みをする人の気持ちが痛いほどわかった。
「ガルゥゥゥ...」
魔物が息をひそめて隠れている俺の存在に気づいた。死へのカウントダウンが地響きと共に伝わってくる。俺は覚悟を決めて懐に忍び込ませた魔法石を握りこむ。その時だった。
「ガウ?」
俺は誰かに抱きかかえられ魔物の死角へと移動させられる。目の前で獲物がいなくなったとさ隠している魔物は困惑したようにあたりを見回している。
「大丈夫か、サトル」
「ルーk...」
「しっ、静かにしろ」
神として俺の前に現れたルークは歓喜の声をあげる俺の口元を抑える。このさい、なぜルークがこのタイミングで偶然現れたのか、俺は聞く余裕もなかった。とりあえず、話が分かるやつが隣にいてくれることが何より心強かった。
「利害の一致だ。とりあえずこのままこの場を離れる。説明は後回しでいいな」
俺は首を縦に振ると、ルークはその自慢の速さで魔物から遠ざかっていく。魔物から受けた傷が痛むが、あとで応急処置すればどうにかなるだろう。すると、さっきの魔物の耳をつんざく咆哮が俺達まで届いてくる。俺達を追ってくるかとも思ったが、咆哮の後に魔物が俺たちに近づいてくる気配は感じられなかった。




