2-30章 不条理な裏切り
俺たちと目の前の「怪物」は距離を見定めるかのように、呼吸を忘れてお互いの一挙手一投足を見逃さぬよう息を詰める。絶大な魔力に押しつぶされ、俺はひるみそうになる心を必死に抑え込む。
「なあ、一つ聞いてもいいか?」
この場にそぐわない緊張感のない声が後ろから聞こえてくる。これは俺に話しかけているのだろうか?あまりの緊張で後ろを振り向く余裕すら俺にはなかった。
「兄弟、俺のことをはめたわけじゃないだろうな?」
「...は?」
創造してたのと違う言葉を聞かれ、俺は困惑する。こんな状況でダンクをはめる?そんなことできるほど俺は器用じゃないし、ダンクの考えが今の俺には全く分からなかった。
「はめるって、どういうことだ?」
思考が頭の中でこんがらがり、オウム返しのような思考停止の質問をしてしまう。あきらかに脳に回る酸素の量がいつもの半分より少なく感じる。
「いやな、俺もいろいろ考えてたわけよ。この試験の性質上、能動的に受験者を蹴落とすためには、協力すると見せかけて、最後にそいつの背中を刺すのが一番手っ取り早いわけよ。この試験に何人まで受かるかの明記はされてないし、裏の採点項目で受験者の殺害がポイントに加算されるかもしれない。魔法師っていうのはそういう世界でもあるからな」
ダンクの話がやはり頭に入ってこない。俺がダンクを蹴落とす?殺害が採点項目になる?ダンクは俺に対して何か誤解があるのかもしれない。
「ま、待ってくれよ。俺もマリンがこんなことになるなんて...」
「知らなかったか知ってたかなんてこの際どうでもいいんだよ。結局バルセルク魔法学校が見るのはリタイアしたかしてないかだけ。結果しか試験の合否には残らない」
圧のあるダンクの言葉に俺は何も言い返せなかった。この状況だけ見れば、明らかに不憫な目にあっているのはダンクとリリーネだ。俺に発言権がないのは明白だった。
「そうすると、裏切り濃厚のリリーネ以外の3人はここで殺すしかなくなるわけだ。嫌なら今ここで魔法石を割れ。兄弟が信用を得るにはそれしかないと俺は思うがね」
ダンクの冷酷無比な言葉が俺の心臓に突き刺さる。あの絶大な魔力。確かに今のマリンの状態は誰の手にも終える状況ではない。そして、その扇動者の疑いがある俺が信用を得るためには、魔法石を割ってマリンとの共謀は嘘であると証明するしか方法がない。今ここで俺がダンクたちに敵意がないことを示すのは難しい。完全に八方ふさがりになっていた。
「おっと」
ダンクは高速で飛んでくる攻撃魔法を地面を隆起させた岩盤で防いだ。しかし、完全に威力を殺しきれず、綺麗に攻撃を受け流し、被害を後ろにそらす。
「サトル、今ここで決断をしろ。自分でこの場を降りるか、俺に殺されるか」
二つに一つ。二者択一。本当にほかに選択肢はないのか。俺は必死に脳の酸素を回す。マリンの暴走状態を待ってる時間はない。説得している時間もない。俺は納得できない選択を選ばなけれないけないのか。その時、
「サトル...君...」
か細い声が俺の隣から聞こえる。そこには熱で苦しんでいたはずのペティーがうっすらと目を開けていた。
俺は何かきっかけが欲しいと思い、藁にも縋る想いでペティーのそばに近づく。そして、ペティーが俺の耳元でささやいた。
「マリンちゃんを...助けて...あげて...」
俺は完全に馬鹿だとこの時気づかされた。俺が信用を得るために魔法石を壊す?ダンクに裏切りの烙印を押されこの場で殺される?俺は自分のことしか考えられなくなっていた自分があほらしくなった。俺は今、暴走状態にある自分の友達のことなど一切考えていなかった。マリンを助けてあげられるのは俺しかいない。俺はもっとマリンに気をかけるべきだったと今更気づいた。
「任せて。俺が必ず、マリンをもとに戻してみせる」
その言葉を聞いて安心したのか、ぺティーは再び目を閉じ、安らかに眠りについた。




