気になるあの子のセカイ:エピローグ
「記憶の郵便屋」がある街の隙間にひっそりとたたずんでいた。そこで働くヒトメは記憶を無くした青年。青年は精神の世界である「夢世界」を通して依頼者の記億を配達している。その夢のなかでの配達の途中で彼は自分の過去を思い出すが、起きたときにはいつも忘れてしまっていて……。
エピローグ
ヒトメが起きると、夕方に寝たはずなのに、すでに朝日が休憩室に差し込んでいた。差し出し人も眠っている状態でないと配達できないので長く眠る必要があるのだ。しかし、夢の世界では時間の進み方が異なるため、夢の世界での時間の感覚は、今回の場合一時間ほどだったとヒトメは感じた。
「ヒトメくん、おはようとお疲れ様。どうだった?」
「ん? ああ、配達・・・・・・終わったみたいっすね。」ヒトメは握っていた水晶にサインが書かれているのを見つけた。しかしその文字は崩れていて読むことができない。さらにヒトメは自分がどのように配達をしたのか、わからない。夢の世界から帰ってくると、決まって多くを忘れてしまうのである。
「何か思い出したことはあったかい?」
「なんか思い出したような気もするような、そうでもないような・・・・・・。」
「いつも通り忘れてしまっているね。」
「あ、でもそのカフェの場所わかったような気がするっすね。大通りのとこっす、店から近いっすよたぶん。」ただし、いつも自分とは関係の無い何か一つだけは夢の世界でのことを覚えているのだった。
そのあとヒトメは家に帰ってゆっくりしたあと、なんとなく気になって例のカフェに行ってみることにした。ヒトメにとってはいつも店に行く途中で見ていた場所だったのに、彼は初めてそこにカフェがあることに気がついた。
店内に入ると水晶のなかに広がる景色があった。彼は奥の席に座ると、なんとなく夢でその席の横が崩れてその中に入って行ったのをうっすらと覚えていた。しかしその先のことは一切わからない。ヒトメはそれからコーヒーとチョコケーキを注文して代金を払った。
その頃一方、そのカフェの入り口あたりの席にヒバリは座っていた。コーヒーを飲みながらぼんやりとしていると、髪を下ろしドレスに身を包んだ女の子が彼の目の前に現れた。最近ヒバリは彼女を気にしていたのだか、話かける機会がなかった。その彼女がいきなりヒバリの目の前に現れたので、彼はうまく声を出すことができなかった。
「あ、あの・・・・・・。」
「は、はじめまして……。」その彼女の声はその姿からは想像のできない低い声であったが、ヒバリはそれに対して驚くことはなかった。すると彼女がヒバリに聞いた。
「・・・・・・君、名前は何て言うの?」
「ヒバリ・・・・・シドウ・ヒバリ。君は?」
「僕はウルシバラ・ヒデヨシ。なんだか男っぽい名前だろう? こんな格好しているのに。」
「素敵な名前だね。」ヒデヨシはそのまっすぐな意見に少しきょとんとして、笑う。そしてヒバリもつられて笑った。それからヒデヨシもコーヒーを頼み、二人は話し始めた。
「僕さ、本当は君に話しかけたいとずっと思ってたんだけど、なかなか言い出せなくてさ。」ヒバリが言った。
「どうして?」
「だって、君は声を出したくなかったんだろ? それに僕も君が男の子だって確証がなかったんだ。」
「確かにね。」
「どうして君は僕に話しかけてきてくれたの?」
「なんかさ、夢を見たんだよね。ここのカフェで座っている君の夢を。」
「夢?」
「そう、夢。それで気になって来てみたら君がいたから、勇気を出して話しかけてみた。」
「すごい勇気だね。」二人はまた笑った。
「あ、そうだ。聞きたいことがあるんだけど……。」その会話の途中でヒバリは鞄のなかから洋服の袖の一部を取り出した。
「ここのフリルなんだけどさ、どうやって作ればいいと思う?」
「君も……もしかして?」
「うん、女の子の格好するの、好きなんだ。でも、人前でするのはできなくて……。」
「そうなんだ……。わかるよ、僕も最初そうだった。なんといってもさ、いま話してたみたいにやっぱり声でバレるから人前で話せなくて。トイレにも行きづらいし。」
「そうだよね。僕もたまたま君とすれ違う時に君の声を聞いて気づいたんだ。男の子じゃないのかなって。」
「そんなときがあったのか……。でも君が気づいてくれて良かったよ。……あ、それでこのフリルなんだけど、たぶんここをね……。」そうやって二人は出会ったのであった。
彼らがそんな話をしているとミヤコがポケットに両手を突っ込み、少し睨みっ面でカフェに入ってきた。すると入り口付近で楽しそうに話している二人を見かけた。その中の一人は昨日の依頼人だとわかった。ミヤコはふっと笑みをこぼす。彼女が奥の席に行くと、そこでヒトメがチョコレートケーキを頬張っているのを見つけた。
「…… あんたなんでここにいるのよ。」ミヤコはそう言ったあと、ヒトメが夢でここを知ったことを理解した。
「なんだよ金髪女、オレがここにいちゃいけないってのかよ。」
「だめね。ここはあたしのお気に入りの店だから。」
「ふーん、でもオレには関係ないね。あ、ところでさ・・・・・・。」ヒトメは食べていたケーキのチョコが少しついたフォークの先をミヤコに向けて彼女の目を見ながら言った。
「お前ってホントは男だったりする?」
「は?」そうやってミヤコはヒトメをにらみつけた。
「なんかそんな話を夢でしたような気がするんだよな。お前のことかもって思ったけど、違うか。」彼はヒヒッと笑った。
「あっそ、どうでもいい話ね。ま、お疲れさま。あんたの仕事、多分うまくいったわよ。」
「?」そのあとヒトメはミヤコの後ろをちらっと見た。するとガラス越しにピンクの太ったドレス姿の男性が大通りで小刻みにステップをしているのが見えた。
「おおー! 面白そうなおっさん!」ヒトメはそうして店から飛び出てピンクの妖精を追いかけに行ったのであった。