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ヒトメノセカイ  作者: ヒトメ
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プロローグ 夢の世界の記憶配達人

「いらっしゃいませ、わたしの世界へ。」その表札が掲げられた扉は、街の隠れた一角にひっそりとたたずんでいた。



 ここはあらゆる文化が高度に混ざり合った国際都市メルティング・フォート、通称「メル」。昔のどこかの言葉で「溶ける要塞」を意味するこの街の中心地は五角形の形をした川に囲まれており、そこには一本の大通りが街を横切っている。その大通りから道が木の枝のように無数に分かれていて、その中の決められたただ一つの道筋を行くと、偶然・・・・・・いや、もしくは必然的にできたであろう街の隙間にその店はあった。


 小窓の一つもないため、外からではその店の内装はわからない。しかし客は無意識にその重たい扉に手を伸ばす。するとカランコロンとドアベルが鳴った。その店内は無数の照明にぼんやりと照らされ、数え切れないほどの物々で埋め尽くされていた。


「いらっしゃいませ。」ドアベルの音で客に気づいた和服の男性店員が客に声をかける。奇妙なことに男は目元をマスクで隠していた。素顔はわからないが年齢はおそらく30代といったところで、くしゃくしゃの髪は少し緑がかった銀色をしている。客がなぜかその店に入ってきてしまったことを伝えると、男は店についての説明を始めた。


話を聞くと、そこは彼の営む個人郵便屋だという。しかし配達するのは普通の手紙や荷物ではない。驚いたことに、その郵便屋が配達するのは人の「記憶」。そしてその記憶を届けるために配達人は、受取人の精神空間である「夢」の世界に入るという。客はにわかにその話を信じることができない。しかし店内の異様な雰囲気が、店主の言葉に不思議と信憑性を持たせる。


さらに店主の話をまとめると次のようになる。まず、客は記憶の配達を依頼するために店が定める高額な送料を支払う必要がある。ただし、届ける記憶の一部を店にも提供することでその送料は値引きされていく。


客が店主に「なぜそのような生業をしているのか」を聞くと、金銭を受け取ることが目的なのと同時に、客から報酬として貰う記憶のなかで「ある情報」を探していると店主は答えた。そしてさらに客は「なぜそのようなことができるのか」を聞くと、店主は次のように言った。


「夢というのはですね、実は他人と繋がっているんですよ。みんな起きたときにそれを忘れているだけでね。私達はほんの少し、その夢の世界に意識的に干渉できるというわけなんです。」さらに店主は客に、いまどうしても何かを伝えたいような相手がいるかを尋ねる。


 客は店主の回答に疑問を持ちつつも、確かに記憶を届けたい相手というのに思い当たる節があるのにふと気づく。そして客はさらなる記憶配達についての説明を受ける。


記憶配達を依頼すると、依頼人は店に関する一切の記憶を失う。支払った送料についての記憶は都合の良いように他のものの支払いとして記憶が書き換えられるらしい。ただ、もし配達がなんらかの形で失敗した場合には、支払った送料の全額と補償金が店から郵送され、店に関する記憶も取り戻すことができる。しかしながらどんな客も一度店に訪れたあとは二度と店にやってくることができない。


そう説明をしながら店主は目盛りがついているバネ式の秤を客の前に出した。その上に台座が付いた水晶をひとつ置き、それを両手で包むよう客に指示をする。客がその指示に従って手を添えると、その中にぼんやりとした何かが浮かび上がり、その下の秤の目盛りが動いた。不思議なことに、その水晶のなかに広がる景色は、客がまさに受取人に伝えたいと思っていた記憶の光景そのものであった。


「いまお客様が見ているはずの記憶の情景、それは私には見えていません。私に見せてもよい記憶の量が増えていくことに従って、秤が示す金額が下がっていきます。あなたが思うように調節してみてください。」すると確かに目盛りが思った通りに動き出した。水晶のなかの記憶が明確になっていくにつれて目盛りは小さくなって、金額が下がっていく。そうして客は配達をする記憶の設定を終えることとなる。 

 客はもう一度それらの説明を十分に聞き終えたあと、契約書に署名をしようとする。なぜ自分は怪しい契約書にサインをしようとしているのだろう、と客は思った。しかし実際に水晶のなかに自分の記憶が浮かび上がったことと、それをなんとしてでも受取人に伝えたいという強い気持ちが客の正常な思考を狂わせた。こうして配達の準備は終わり、客は店を出る。


 客が帰ると店主はその水晶を持って奥の部屋に入る。するとそこにはキャスケット帽をアイマスク代わりにしながらソファーの上で眠る青年がいた。

「仕事だよ、ヒトメくん。」そうしてヒトメと呼ばれたその青年は、帽子の隙間から重たそうな目を覗かせたのであった。







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