78、十六歳
グリム男爵領は海岸に沿って南北に広がる、小々変わった形の領地だ。
本来、国の守りである辺境伯領の外にあることもその特殊さを示してる。
寄り親であるマッケンジー辺境伯や、塩の生産で有名なカダナット辺境伯は、国からいろいろな特権を与えられてるにもかかわらず、代々ろくに軍人を養成してこなかった。
何しろ海の向こうから他国の軍が攻めてくるなんて考えもしなかったし、海の魔物は海に出なければ怖くもなんともない。
北や南の他国に面する側は陸続きとはいえ、人は容易に越えられない深い森や広すぎる大河がある。
なんか海沿いに細々と住んでるやつらもいるみたいだけど、しょせんは平民のこと。
知るか、好きにしろって態度だったわけだ。
で、長い時間をかけて好きにした結果、予想を超える強力な船団ができあがったので、王都ではなかなかの騒ぎになったらしい。
私たちの感覚では、え、今頃?ってくらいの反応速度だったけどね。
まだ王太子も決まってないし、大丈夫なんかいな……
それはともかく、寄り親であるマッケンジー辺境伯が認めたのならと、後追いで王家もグリム男爵領の新しい領境を認めた。
当然、海賊時代から活用してるいくつかの無人島も込みだ。
ちなみに、カダナット辺境伯領に海賊の村ができなかったのは、単純に海岸線がすべて断崖絶壁だから。
忙しい中、王都に呼び出されたグリム男爵は、じつにバカバカしい復仇免許状なるものを与えられた。
まあ、うちの旦那様のことだからとりあえず受け取って、でも、襲うのは確実に海賊行為を行ってる船と魔物だけだ。
戦争をしてるわけでもないのに、ただ外国籍ってだけで商船を襲ってたらこっちの経済活動も打撃を受けるし、結局、自分の首をしめることになるんだからさ。
まったく、舐められたもんだよ。
つまりは、どれだけ力を持とうとしょせんは田舎の海賊上がり、これくらいの旨味を与えておけば大丈夫だろうってことでしょ?
それを抜きにしても、こんなことを国としての方針とするなら、貴族派のマドンナ、ジャクリーンの手招きが魅力的に見えて困るなぁ。
まあ、そもそものことを言えば、彼女たちがそのようにうながしてるわけなんだけど。
……強力な船団ごと、できる女に好かれてしまった件。
それをはねのけたり利用できない時点で、王家の魅力は半減だ。
でっかい荷物を背負って障害物競走してる、第一王子の苦労はお察しするけどね。
やはり可愛いのは我が身と家族、そしてグリム男爵領。
こうなってくると中央に対しては、とばっちりを受けないように注意するだけにして、自領を富ませることに邁進するのが吉か。
旦那様とは、海外にも拠点をつくって、もしもの時は行方不明になるのもいいねなんて話してる。
領民たちだって少なからずグリム男爵領に愛着を感じてるだろうけど、もとをたどれば一年の大半を船の上で暮らしてきた海賊の子孫だ。
陸地への執着が薄いのはもちろんのこと、愛国心なんて皆無なんだよね。
それでも、グリム男爵領としてはけっこう貢献してきたつもりなんだけど。
王家が押さえきれない貴族たちから、以前にもまして商業貴族とか海賊男爵とか言われてる。
まあ、それくらい痛くもかゆくもないけど、ほんと割に合わないなぁ。
言っておくけど、いまさら海賊なんてしなくても十分もうかってるんだぞ!
海運業に加えて、対象を馬車や商会・商品にまで広げた保険業、新たに子会社として設立した株式会社も順調だし。
そのために事務仕事のできる人をたくさん雇うことにはなったけど。
貴族の次男、三男で、いい具合にプライドを捨てられる人は案外少なくなかったと言っておこう。お給料もいいしね。
あとは二年前だったかな。
ひっそりと和紙を思わせる紙が売り出された。
どうやらパーベナル伯爵の嫡男が開発したものらしい。
あ、パーベナル伯爵は、第一王子の誕生記念パーティーで植物図鑑をプレゼントしてた人。
好印象だったこともあって、定期的に動向を調べていてよかったよ。
いわゆる草木紙の誕生で、すごい画期的なことなんだけど。
はっきり言って茶色いわ、ごわごわしてるわ、ひどくインクがにじむわ……それでいて羊皮紙と同等のお値段がするので、誰も見向きもしなかった。
そう、私以外は。
存在を知った直後にあるだけ買ったさ!
ついでに、できた分からどんどん買うって、ある程度の金をつっ込んで予約もしたさ。
もちろん自分の資産でね。
それを包装紙として使う私に、夫は微妙な顔をしてたけど。
当時はさすがに書き物に使えるレベルじゃなかったし、あくまで未来への投資のつもりだったから。
パーベナル伯爵親子は、ちゃんとそれに応えてくれた。
パーベナル紙と呼ばれるその紙は、幾度もの改良をへて、いまでは値段も当初の十分の一ほど。
王侯貴族や商人たちがこぞって買い求めてるらしいけど、どの商会でも品切れ続出。
そんな中、我らがグリム男爵領はいつでも欲しいだけ買うことができる。
事務仕事がはかどるのは当然だね。
そして、余談だけど、パーベナル伯爵家の有する魔法は土魔法だ。
周囲の貴族たちに嘲笑されてたことは想像にかたくないけど。
そんなどうでもいいことではくさらず、こうやって人に求められるものをつくれば立場は逆転。
もちろん、うちの領だって負けてないよ。
先の家業はもちろん、ブランド化した干物や燻製、オイル漬けなどは他領で取り合いになってるって話。
牡蠣の貝殻を利用した肥料も、いまは原料の収集が追い付かないくらい。
ほかにはない美味しい料理や、遠目に眺めるだけでもワクワクする巨大な埠頭、ドックの威容もなかなかに人気がある。
港の様子など見慣れてるはずの海外の船乗りや商人が、仕事を終えたにもかかわらず、あえて滞在期間を延ばしたり、マッケンジー辺境伯領から農民の一団が、徒歩で物見遊山に来たり。
それを当て込んだちょっとしたカフェやレストラン、宿屋は手頃なものから高級志向のものまで、ずいぶんと数が増えた。
男爵邸のまわりは言うにおよばず、さらに上の高台にまで建設を許したグリム男爵の英断だね。
特に、グリムの花祭りと呼ばれるようになった、グリム男爵領あげてのお祭りは年々グレードアップして、観光客を集めるのにも一役買ってる。
うんうん、祭りはいいねぇ。私も大好き。
クレマンティーヌ祭って名付けられそうになったのを全力で阻止した四年前の私、グッジョブ!
そのかわり、中央広場で行う競技会をクレマンティーヌ杯にすると言って譲らない、商業ギルド長には参った。
確かに、もともとは私を知ってもらうためのものだったけどさ。
それはそれとして、あいかわらず賞品は魔法のスクロールなのに、なんで杯なんだ?
海外にそんなようなのがあって、なんかカッコイイからって理由にがっくりしつつ、折れたのは私。
クミン、コリアンダー、カルダモン、オールスパイス、チリペッパー、ターメリックといったスパイスを集めさせることで手を打った。
カレーのためならこれしきのこと!
実際、この魅力にさからえる人はいないんじゃないかってくらい影響力があった。
いろいろな派生料理が生まれたし、人の動きも、物の動きもさらに加速。
もちろんこれらだけが理由じゃなくて、グリム家は次代も安泰だ。
義理の息子サイモンはぐんぐん背が伸びて、内面もとても素敵な青年になった。
貴族然とした態度が武器になることをすでに理解してるし、それでいて現場で働く人たちを見下すことなく、むしろリスペクトしている。
貴族の令息として物理的な距離はあっても、そんな視線を向けられれば誰だってうれしくなるよね。
私って存在についても自分の中で折り合いをつけたらしく、いつからか母上って呼んでくれるようになった。じ~ん。
その上、自ら使用人を指揮して実母の部屋から家具を運び出し……さすがに売り払ったりはしないで、大事に倉庫にしまわせてたけど。
「あとは母上のお好きなように整えてください」
礼儀正しく真面目な顔をしてたのに、最後にからかうようにウィンクしていくんだよ?
なんだよ、イケメンかよ!
まあまあ、この部屋には夫婦の寝室につながる扉があるわけだからねぇ。
遠慮なく好きに壁紙を張り替えて、好みの家具を入れて……
私の十六歳の誕生日には、街の住民まで浮かれててさ。
うん、なんていうか皆、気に食わなければ殴るし、好きならハグするし、性にかんすることも隠さないあけすけな気風なんだ。
あちこちから集まってくる贈り物も、もちろん旦那様やサイモンからのそれも、前年までと違って妙にしっとりしてるっていうか大人びてるっていうか。
かく言う私自身、挑戦的なネグリジェを作っちゃったもんね。
うっひゃい! 旦那様の目付きがヤバイぞ。
いや、そのために用意したわけだし、なんの反応もない方が悲しいし。
前世の記憶もあって、なおかつ夫婦として毎晩いっしょに寝てるんだから、いまさら照れるのもどうかと思うけどさ。
当たり前かもしれないけどマックスは手慣れてて、ちょっとムカッ!
心のおもむくままに腕に噛みついたら、さすがにびっくりしてたけど。
私たちが前よりずっとずっと仲良くなったのは確かだ。
〈おしまい〉
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