65、鮨
前カーペンター子爵は連日、造船所を訪れて船の構造について学んでいる。
でも、必ず食事時になるとグリム男爵邸に帰ってくるんだよね。
目下、閣下のいちばんのお気に入りは鮨で、三日に一度はリクエストしてる。
酢漬けや昆布締めを上手に作ってたジャムだから、いけるとは思ってたけど。
これが思いのほか奥の深い世界でさ。彼が軽くノイローゼになるまでダメ出ししてしまった。
いや、ごめん。米に対する情熱も相まってつい……
米は前々から、商業ギルド長のアーノルドに探させてたんだ。
いわゆるインディカ米とジャポニカ米の特徴を持つものがそれぞれ見つかって、前者はパエリアに。
後者は、うふふ~……レシピとよだれがあふれて止まらないぜぃ。
生魚は初めてという前子爵だったけど、前日のカルパッチョで味をしめて抵抗は皆無に。
箸はなかなかハードルが高いから、フィンガーボールと、特注の小さなトングを用意して好きな方を選ばせた。
熊のごとく筋骨隆々の巨体、それに見合う野太い指から繰り出される繊細な技。
前子爵は上機嫌で握られる端から、手づかみでひょいぱくである。
その効果があってかは知らないが、グリム男爵との打ち合わせも順調なようだ。
まず、外航船の半分にも満たない、いわゆる巡視船に件の機構を取り付けてみようという話になってる。
それというのも、半年後にこの界隈の海賊……ゲフンゲフン、海運業者が同規模の帆船で速さを競う大会がある。
我が領では船大工たちが工夫をこらし、船乗りたちも操舵の技術を磨いて、毎年、辛勝してきたらしいんだけど。
そうか、今年はチートでいくか。
見た目は同じような帆船。しかし、こっそり魔法的機構を使って圧倒的に引き離せば、臣従する者もでてくるだろうという目論見。
しかし、新機構の開発には年単位で時間がかかってもおかしくないと私は思っていた。
半年後って……船への取り付け作業もあるし、試験運用も必要だろうに。
「なに、すでに構想はまとまっている。あとは領に帰ってつくるだけだ」
前カーペンター子爵はこともなげに言って、それはそれは名残惜しそうに帰っていた。
「また、来るぞ」
「はい、ぜひ。心よりお待ち申し上げております」
魔法機構を搭載した船の走りを実際に見たいってこともあるだろうけど、あれ絶対うちのご飯目当てだよね。




