62、来訪者
私はすぐに羽ペンを手に取った。
内容は貴族的装飾をとっぱらえばこんなかんじ。
バングル用の動力石の追加購入を希望する。
それとは別に、動力石を並列でセットできるバングルを特別に作って欲しい。そのために必要な費用は払う。
また、装着者に向けて魔法に必要な動力を放出するのとは逆に、動力石にその動力を吸収させることが可能かどうか検証して欲しい。
さらに、それが人以外のものを対象としても可能かどうか。
可能であれば人を介在させずに、たとえば水車のように半永久的に動力源から力を取り込み続け、放出し続ける機構をつくって欲しい。
またそこに魔法のスクロールに応用されている、魔法を顕現させる機能を融合させて、人の介在なしに魔法を放出できる機構をつくる研究をしてほしい。
私には、その研究・開発費用を提供する用意がある。
送られてきた手紙は、いつもの丁寧なお返事ではなく、こちらを訪問する旨を伝える先ぶれで、次いでやって来たのは前カーペンター子爵を名乗るかくしゃくとした老人だった。
先ぶれの宛名はあくまで私だったので、一人でお出迎え。
主人にはあらかじめ、カーペンター子爵家にこんな注文をするつもりだと話してある。
上手く行かなかったらごめんねとも。
マックスは「そのようなことが可能であれば」と夢をふくらませていたようだけど。
くれぐれも無理はしないようにと、後ろ髪を引かれる様子で普段通り仕事に行った。
私が一人の方が都合がいいと言った時点で、だいたい何をするつもりか見当がついたんだろう。
きっと、グリムの旦那もこのテクを駆使した覚えがあるに違いないからさ。
実際、失敗したらごめんじゃ済まない事態になるのは確実なのに、笑ってゴーサインを出すなんて、さすがは海賊の親玉。胆が据わってる。
「前カーペンター子爵、ブレイク・セオ・カーペンターである」
「遠路はるばるお越しくださり誠にありがとう存じます。お初にお目にかかります、グリム男爵夫人、クレマンティーヌ・ジェシー・グリムでございます。かの名高きカーペンター子爵家前当主であらせられる閣下をお迎えできますこと、光栄のいたりです」
「ハハッ、そう大袈裟にしないでもらいたい。たかだが商売子爵の隠居した爺ゆえ」
格上としての品位は保ちながらも、急に訪ねたことを詫び、日頃から私が魔法のスクロールを購入をしていることへの礼を述るカーペンター前子爵。
だけど、彼の言動が丁寧だったのはそこまでだ。
どうやら商業担当ではなく、研究畑の人らしい。
あんなに魔法のスクロールを購入して、それをどうしているのか。
どんな発想から、あのような依頼をするにいたったのか。
また、その機構が完成した暁にはどのように使うつもりなのか等、矢継ぎ早に質問してくる。
私が販売されてる全種類の魔法のスクロールを使用したことを聞くと大興奮。
さらに、一日の使用回数を融通して他の魔法が使えたことを報告すると、わざわざ立ち上がって私に近付き、手をとってぶんぶんと上下に振る。
「我が一族にもそこまでする者は少ない」
「……光栄です」
逆に私からも、自分のもともと有していた水魔法と、魔法のスクロールの注水が同じ理由を問うと、こともなげに説明してくれた。
もともとある魔法をスクロールに写し取っているのだから、同じで当然……って、簡単に言うけど、それ、あなたたちにしかできないから。
ちなみに何でもかんでもスクロールにしても意味がないので、より生活に役立ちそうなものに限定しているのだとか。
話を聞く限り、先々代当主が魔法がまるで役立てられてないことを心から嘆いたのも、同時にこれって商売になるんじゃね?と思ったのも事実のようだ。




