54、油
結局、お祭りを催したり王都へ行ったりちょっとバタバタしてたから、いまになったわけだけど。
私がここに馴染む時間、まわりが私を受け入れる時間、どちらも必要だったから、なんだかんだちょうどよかったのかもね。
一つ問題があるとすれば、私が厨房に入れないこと。
これは身分による住み分けが建前としてあるけど、もともとは毒殺防止だったんじゃないかと私は思ってる。
実際、他の使用人もそうだけど、特に料理人を雇う時の身辺調査は厳しくて、その腕よりも師弟関係や家族構成を見るなんてことも少なくない。
同じ理由で、部外者を厨房に入れないように徹底したんじゃないかな。
雇い主の一族だからって油断できないくらい、ドロドロしてた時代もあったらしいし。
おかげさまで我が男爵邸では、そんな殺伐とした空気は微塵もないけど。
別の理由で、私は厨房に突撃することをやめた。
なんと言っても、ジャムの信条と行動があっぱれなんだ。
彼は起きぬけに必ず排便をすませて、真冬だろうが水浴びをし、洗濯済みの服を着る。
徹底的に水で洗い流した手に、さらにクリーンの魔法をかけて、それから調理にとりかかるのだ。
給仕が立ち入るスペースも制限していて、私たち家族のためにお茶を用意しにいく侍女やメイドはさらに手前までしか入れないらしい。
それでも中の様子は見えるから、彼女たちの話を聞く限り、布巾や調理器具の煮沸なんかも行っているようだ。
あとになって、首を縦に振るか横に振るかしかしないジャムに、根気強く質問をくり返してわかったことは……
理屈はわからないけど、食材はよく洗い流したり、火入れをした方が傷みにくい。
じゃあ、自分の手や体、道具もそうした方がいいんじゃないかって考えたらしい。
実際そうするようになってから、忙しくて食べ損ねた賄いで腹痛をおこすことがなくなったって……人体実験か。すごいな、ええ、おい。
私が、それがどれほど素晴らしい気付きか力説し、褒めたたえてもぴんときてない様子だったけど。
ぜひ続けてほしいと言うと、深くうなずいてた。
いやぁ~、そこまで徹底してくれてるところにばい菌だらけの我々が入って、唾を飛ばしながらしゃべったり、そのへんをべたべた触るなんて申し訳なくてとてもできない。
結果、大変申し訳ないが、それは短い休憩時間に彼を呼び出して、口頭でレシピを伝えることになる。
でっかい体を縮めてひたすらうなずいてるだけなんだけど、目は真剣。
この街では、他国のスパイスや調味料が比較的、簡単に手に入る。
ジャムはそれらを積極的に取り入れ、食材の切り方一つとっても自分なりの工夫をしていて、その完成品が大変美味なことは私の舌が保証する。
でも、時代的なものなんだろうか。
調理法が煮るか、焼くかしかなくて、この街に限っては生魚が食べられてきただけバリエーションが豊富ってレベル。
だからまず、提案。
あれだけオイル漬けに使ってるのだから、その油を熱して揚げてみようぜ!
熊の目が限界まで見開かれて、それから激しくヘッドバンキング。
夕食までに仕上げてきたのはさすがだね。
マックスもサイモンも、もちろん私も、せっかく覚えたマナーをしばし忘れるくらいガツガツ食べたよ。




