5、執事長
家庭教師を見てもわかるように、伯爵夫人である我が母も、伯爵令嬢である姉たちも簡単な足し算引き算しかできない。
当然、専門にその財産を管理してる者がいるはずで、うちの場合は執事かね?
違ったら違ったでそれが誰か聞けばいいだけの話だから、とりあえず呼んでみよう!
ちなみにおとんは王宮でお仕事。
おかんとねえねえは芝居見物に行っとります。
侍女に執事長を呼びに行かせたところ、仕事中で手が離せないんだって。
ハハッ! こうなりゃ根競べだ。間をおかずに侍女に再度呼びに行かせる。
手透きの時になんて気を使ったが最後、一生来ないだろうからね。
まったく同じことが三度くり返される。
なんだ、その不満顔。主家のお嬢様に向かって日頃から態度悪い侍女だな。
おかげでこんな時、躊躇なくこき使うことができるわけだけど。
とうとう口に出して文句を言いだしたので、物差しを持ってパシパシ手の平でいい音立てたら、ぶつぶつ言いながらも再び部屋を出て行く。
やっと登場した執事長はいわゆる慇懃無礼で、侍女をいじめるなときた。
「あなた、自分の立場がわかってないようね。無駄口を叩く前に言うべきことがあるんじゃなくって?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔ってこういうことを言うのかね?
「……不勉強にて、このような時に言う言葉とやらをお教えいだだきたく」
「まあ、仕方のないことね。一度だけ、特別よ? さあ、言ってごらんなさい。お待たせして申し訳ございませんでした、お嬢様」
「……お待たせして申し訳ございませんでした、お嬢様。して、どのような御用でしょう」
まあ、伊達に伯爵家の執事長をしてるわけではないから、立ち直りの早いこと早いこと。
これくらい屁でもねぇぜって? でも、いつまで余裕ぶっこいてられるかねぇ。




