46、お絵描き
そして、その男はけしてバカではないので、私の言葉に覚えた引っかかりをそのままにはしない。
「クレマンティーヌ。サイモンだけではないとはどういうことだ?」
「……どういうこと?」
サイモン自身も興味を持ったようだ。
フフッ、そうなればこっちのもの。
「少々心当たりがあるのだけれど、本当にそうか知りたいから、サイモン、協力してくれるかしら?」
「うん、はい。僕のことだし、こっちからも頼む、お願いします」
「引き受けました」
「あなた、なにか書くものがあると助かるのだけれど」
「お、わかった」
マックスは侍従を呼んで、ありったけの木の薄板と筆記用の木炭を運ばせた。
こういう豪快なところ、好きよ。
「では、サイモン。これはできてもできなくても良いことだから、肩の力を抜いて、気楽にね」
「うん、はい」
まあ、そうはいってもガチガチになるよね。
私はA4サイズの薄板にでかでかと文字を一つ書く。
「これを真似して、そちらの板に書いてみてね。じっくり見比べながらゆっくりでいいわよ」
サイモンは何度も私の書いた手本を見ながら、一生懸命書こうとする。
でも、どうしても同じようにならない。
何か違うことはわかるようなのだが、どうすればいいのかわからなくて本人も大いに戸惑ってるのがわかる。
粘って粘ってがっくりと肩を落とす。
「気にしなくていいのよ、サイモン。これは試験ではなく実験ですもの。できてもできなくても、その過程が大事なの。だから、次はこれね」
私の適当な言葉が響いたのかどうかはわからないけど、サイモンは気を取り直した様子で、いままで以上の集中力で取り組む。
同じことを五度くり返してある程度確信が持てた私は、今度は簡略化した花の絵を描いた。
幼稚園児が書きそうな、ごくごく簡単な線画だ。
「サイモン、これがなんだかわかる?」
「花だろ、いや、でしょう。……クレマンティーヌって絵が描けるんだ」
「まっ、失礼しちゃう。令嬢の素養の一つですもの。描けますよ……いつも上手にかけるとは限りませんけれど」
ちょっとにやっとした少年に、薄板をずいっと押し付けるといとも簡単に同じ絵を描く。
「次はこれね」
「太陽、かな? ふうん、これだけでわかるなんて不思議だ……いや、ですね」
これも軽々クリア。
「あ、馬だ」
「ふむ、上手いものだな」
嬉々として絵を描いている息子の手元をのぞき込んで、顎をなでる父親。
なんか親子して目的を見失っちゃいませんか。




