31、枕
上の意向は自然と下に染みてくもので、グリム男爵邸の使用人たちは皆、私に好意的だから大変居心地がいい。
なにより私が結婚したマックスという男は金払いがよく、自然、有能な人材が集まってくる。
自分の仕事が評価されてると実感すればやる気がでるし、そんな職場で長く働きたいと思えば手は抜けない。
そんなわけで彼らは、新妻が毎晩枕を抱えて夫の寝室に行くのをあたたかく見守ってくれている。
いやぁ~、気楽な一人寝も捨てがたいから、週に二、三回のつもりだったんだけど。
マックスさんたら硬すぎず柔らかすぎずとても良い筋肉をお持ちで、あの腕枕は癖になる。
じゃあ、なんで枕を持ってくのかって?
さすがにずっとは海の男もつらいみたいで、いつの間にか枕に変わってる……不思議だな。
まあ、あんな小さな猫だってずっと膝に乗せてれば足がしびれたものだ。
そんなわけで朝は一緒に起きるので、当然朝食も一緒にとる。
「寝ていてよいのだぞ?」
夫は貴族の女は寝坊をするものと思い込んでる。まあ実際、偏見でもなんでもないんだけど。
「たりなければお昼寝をしますから大丈夫ですよ。それに夫婦が一日に一度くらい、ともに食事をしてもばちはあたりませんでしょう」
「……すまんな」
「いいえ。お忙しいのは理解しておりますから、お気になさらず」
普段の仕事に加えて、保険業をはじめる下準備をしたり、ライバル組織の長と交渉したり、新型船の設計を検討したり、株式の構想を練ったり、私の夫は何かと忙しい。
一方の私はといえば、今日は港湾長、造船所長、商業ギルド長を招いて小会議だ。
私が入室すると一人はさっと立ち上がったけど、あとの二人はぽか~んと口を開けて固まってる。
幼な妻とは聞いてても、ここまでとは思わなかった?
「皆さん、お忙しいところ集まってくださり感謝します。はじめまして。この度、グリム男爵家に嫁いできましたクレマンティーヌ・ジェシー・グリムです。右も左もわからない若輩者ですが、どうぞよろしく」
優雅にカーテシーを決めると、残り二人の男も椅子をガタガタ鳴らしながら立ち上がり、順に自己紹介をはじめる。
「港の管理を任されてる、いや、されとります、グレンと申しやす」
「船づくりなら得意じゃが、行儀はどうも……すまんの。バトリーじゃ」
「商業ギルドを取り仕切っております、アーノルドと申します。かの名高き乙女に、我々の住まうこのグリム男爵領に輿入れいただけるとは光栄の至りです」
「まあ、そう持ち上げられては恥ずかしいですわ。グレンさん、バトリーさんいつも通り話してくださってかまいません。アーノルドさんもこれから何かとお願いすることになるでしょうけれど、その際はどうぞお手柔らかに」
「承知いたしました。それで、本日はどのようなご用件でしたでしょう」
「私事で申し訳ないのだけれど、領内の皆さんへ挨拶も兼ねてお祭りをしようと思います。こんな花嫁が来ましたよというお披露目ですね」
「はぁ」
「へぇ」
まあ本来、貴婦人は庶民にかかわろうとしないし、さらに祭りなんて言われてもぴんと来ないよね。




