30、シャール・ミン
ひとまず用意された部屋で一休み。
専属の侍女が三人用意されていて、初対面だからぎくしゃくしてもおかしくはないんだけど、そんなことは微塵も感じさせない質の高さだ。
快適!
夫がお茶でもと言ってるそうなので着替えて、眺めと風通しのよいサロンへ。
「あなたが言う通り亡き妻の部屋はそのままにしてあるが……あなたは本当に客間でよいのか?」
「いろいろお気遣いありがとうございます。十分すてきなお部屋ですよ」
「それらならばよいのだが……」
どこか腑に落ちないといった様子の夫だけど、バブル期の残照を味わった新品好きの日本人としては、先妻の部屋を使うのは微妙だわ。
その人がどれだけいい人だったとしてもね。
まあ、いずれは改装して家具も全部入れ替えて使うことになるかもしれないけど。
「サイモン君の許可が出たら考えますわ」
「この家の主は私だが」
「私の家でもありますわ。もちろんサイモン君の家でもあります。もう家族なのですから、変な遠慮はなるべくしない方がお互い心地よく暮らせると私は思うのですけれど、旦那様はどうお考えですか?」
「うむ」
熟考する時、無意識に飲み食いするのは癖なのかね?
「それに、夜の営みも四年ほどは待っていただかなければなりませんので、ちょうどよいと思いませんこと?」
ぶっ!っと思い切り茶を吹き、咳き込む旦那サマ。
「あら、まさか……」
いかにもわざとらしく両手で自分の肩を抱いておびえたふりをして見せると、海賊が吠える。
「見損なうな! 当然、待つつもりでいた」
「ならば、安心ですわぁ」
「まったく、うちの奥方は」
「そういえば旦那様、愛人は……」
「そんなものはいない!」
「ですが、男盛りですのに」
「そういうのは適当にするから、あなたは気にするな」
「しょ」「娼館でもない!」
「では、時々は一緒に寝てくださいます?」
「……もちろんだ」
「私のお部屋にも遠慮なく、来たい時にいらしてくださいね」
「相、わかった」
がくりと疲れたようにテーブルに肘をついて頭を抱える夫。お行儀わるいですよー!
「とても敵いませぬな、旦那様」
気付くと初老の男が音もなく立っていた。おーっ、忍者~……まあ、服装は執事だけど。
「はなから敵うとは思っていない……ああ、我が妻よ、これは我が家の執事長だ。あなたに挨拶したいと、先程からずっと控えていたのだが、とうとう待ちきれなくなったようだ。よいか?」
「もちろんです」
「行儀が悪く、申し開きのしようもございません。私はこの家の執事長を務めております、シャール・ミンと申します。第一茶会の乙女たちの筆頭であり、我が主を栄光に導いてくださる才媛をこの家にお迎えできる栄誉に酔いしれております。ご無礼の段は平にご容赦を」
「この者がこんなに浮かれることは本当にめずらしいのだ」
「まあ、こちらこそそのように言ってもらえて光栄だわ。あなたが旦那様の知恵袋なのね。これからは私のことも助けてくれるとうれしいわ」
「光栄です!どうぞ存分にお使いください」
シャールはそれ以上、私たちの邪魔をしないようにと退出したけど。
その熱気のようなものがまだ残っている。
嘘はないと感じたし、あれだけ大歓迎されてわるい気はしないけど、どんな理由であそこまで心酔してるのかは謎だ。
「彼は高位貴族の出身なのかしら」
「ああ、あなたにはわかるのだな。どうやらそうらしい。見ての通り外国の血を引いているので、生家でのあつかいはあなたの方が的確に想像がつくだろう。まあ、あの年齢だ。それまでに山も谷もあったのだろうが、行き倒れているところを少々面倒をみたらうちに居ついたのだ」
そんな犬猫を拾うみたいに……でも、そこがこの人のいいところか。
全然やってやったって、恩着せがましいところがないんだよな。
ちなみにシャールは、前世で言うアジア人っぽい容姿をしていて、本来だったら私的には落ち着くはずなんだけど。
やけに黒目がちな目と白髪があいまって、一度見ると吸い込まれそうになる不思議な雰囲気を持った人だ。




