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行け行け!クレマンティーヌ  作者: 御重スミヲ
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29、グリム男爵領


 我が夫は大変なお金持ちで、いくらでも私にかけてくれる気があるようだけど、それは無駄遣いする理由にはならない。

 我ながらみみっちいとは思うけど前世からの習性で、輸送費とか収納スペースとか、細かいことが気になるんだわ。


 こちらの世界でも、いつか娘に着せるためにと思い出の衣装をとっておく人がいるそうだけど。

 あれって当時は高級で本人が捨てがたいってだけの話で、娘としては趣味でもない妙に古臭い服を押し付けられて困った記憶がある。

 まあ、物のない時代を生きた人からすれば贅沢な話ではあるんだろうけど。


 今世の母親との関係は冷え切ってたからそんなことも当然なくて、その点だけはよかったのかね。

 実家にある私物でもう使わないものを売り払ったら、チェスト三つ分の荷物しか残らなかった。我ながらエコだ。


 私たち夫婦は相談して、王都で結婚披露パーティーをするのはやめた。

 現段階では下位貴族たちでさえグリム男爵を完全に(あなど)っていて、そんな状態でうわべだけ交流してもなんの益もない。


 そのうち放っておいても向こうから擦り寄ってくる。

 そうなったところでこっちが必要と思った時に、適当に理由をつけてパーティーを開けば十分だろう。


 それより我らが本拠地で、領民を巻き込んでお祭りでもしたいと言うと、新郎は珍しく喜色をあらわにして話に乗ってきた。

 そんなわけで一路、グリム男爵領に向かって馬車を走らせている。


 グリム男爵の本拠地は、海辺の街一つ。

 まあ、騎士だったら村一つ、男爵だったらこれがふつうだ。


 しかし、うちの海賊みたいな風貌の旦那様は、子爵領や下手をすればうちの実家に迫る収入があると私はにらんでる。

 王家とすればさっさと爵位を上げて、いっぱい税金を納めさせたいだろう。

 もしくは何か金のかかることを押し付けるとかね。


 あくまで港街だから、傾斜が急な上にそう広くはない。

 ただ港は、街の半分を占めるんじゃないかってくらい大規模で堅牢。

 それだけ長く複雑に、海に向かって埠頭(ふとう)が伸びてるわけなんだけど。


 基礎は石。その上に丸太を組んで、遠目にはちょっと変わったビル群のようにも見える。

 なにせ外洋に出られる船を何十隻とつけて、荷の積み下ろしをするわけだからそうなるよね。


 また赤レンガ倉庫とはいかず色はくすんだ茶色だけど、倉庫の大きさも数もなかなかのものだ。

 当然のように街中には外国人も行き来してるし、狭いスペースを有効利用するために上に伸びた宿屋や商館、別の娼館なんかも見るからに繁盛してる。


 例によってトイレは汲み取り式だから、あの独特の臭気はいかんともしがたいけど、多くは潮風が押し流してくれるし。

 夜も明けきらぬうちにちょこまかと汲み取り業者と、清掃業者が長い階段を行き来するそうで、この街に限ってはこの世界の限界と思われるところまで清潔さが保たれてる。


 高台にあるグリム男爵邸は、海をのぞむ瀟洒(しょうしゃ)な建物で、この時代のものとしてはふんだんにガラスが使用されてる。

 当然、デザインにこだわってはいるものの頑丈そうな鎧戸もついていて、でなけりゃ嵐の時なんかどうするのって話だ。

 そして、なんと風見鶏が帆船の形をしている!


 この街では贅沢すぎる広さの庭を抜け、車回しの小砂利の上で、馬車がずりずり音を立てて止まる。

 夫に手をとられ、馬車を降りてはじめに目に入ったのは、ふてくされたように扉の脇に立つ少年だ。


 似てはいるけど、海賊男爵よりもう少し優し気な風貌をしてる。当然、母親にも似たんだろう。

 夫の眼力のせいで蛇ににらまれた蛙のようになってるので、私は無駄に頑丈そうな背中をかなりの力で小突く。

 もちろん、使用人たちには見えないようにね。

 ほら、私たち仲がいいですよとばかりに寄り添ってるから、そんなことも可能なのだ。


 微笑をたたえて見守ってると、右足に体重をかけ次いで左足に体重をかけた少年が、ぶんと頭を一振り。

「ようこそ!」

 怒鳴るような声に負けじと、私も声を張り上げる。もちろん明るい笑顔は忘れてないよ。

「お出迎えありがとう。どうぞよろしくね!」

 もう一回ぶんと頭を振った彼は、どこかに駆けて行ってしまった。


「まったく、あいつは」

「何をおっしゃるの。ちゃんと私を迎えてくれましたわ。年頃の男の子が恥ずかしかったでしょうに、上出来です」

 私はあえて居並ぶ使用人たちにも聞こえるように言う。


「私はこの街のことも海での作法もまだよくわかっていませんから、そちらのことに口出しはしませんが。私にかんすることであの子に何か強要したり、あげつらったりなさらないようお願いいたしますわ」

「……あなたにはあなたの意図があるのだろう。(あい)わかった」


 この人が威張りんぼじゃなくて、ほんとよかった。

 こっちの大半の男たちのように妻になったとたん女なんて付属品って言動をされたら、前世の記憶がある私はたまったものじゃなかったろう。

 まあ、そしたら持参金持って、後先考えずにおん出てやったけどさ。



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