28、許可証
しかし、これでほいと嫁に行けないのが貴族の面倒なところ。
グリム男爵が王に対して……といってもその下部の役所にだけど、私との婚約を申請してそれが通ると晴れて婚約者となる。
それから最短でも一年の婚約期間をへて、今度は結婚の申請をしてそれが通ってやっと夫婦になるわけだ。
まあ嫁ぐ準備をするにも、それを受け入れる準備をするにも、さらに結婚披露パーティーの招待状はどんなに遅くとも半年前に出さなければならないし、何かと準備に時間がかかるものだし。
それはともかく婚約期間は、堂々とデートができる!
それをけっこう楽しみにしてたのにさ。
グリム卿が役所のカウンターで婚約の申請手続きをしたら、なぜか奥の部屋に通されて、小刻みに震える文官から結婚証書を手渡されたそうだ。
「こちらになります」
「は?」
さすがに素で聞き返したらしいグリム卿。
「お、恐れ多くも国王陛下直筆の結婚許可証でありますので、取り扱いと保管にはくれぐれもご注意を」
確かに建前では王が許可することになってるけど、いちいち王が全部決めてるはずもない。
下の者が申請・承認・決裁をくり返し、最後に王がサイン。国璽が押されて正式な文書となる。
「というわけで、私たちは夫婦になった」
「うれしいです」
ちょっと予想外の早さだったけど、こういうことはもたもたしてるとどこからか邪魔が入って壊れることが多いから、なるはやは願ったりかなったり。
少しばかり婚約者気分を味わえなくて残念かなとも思ったけど、よく考えたら私たちじゃどうやっても甘酸っぱい雰囲気になんてならないし。
デートくらいこれからいくらでもできるさ。
「うむ、私もうれしいが。しかし、これはいったいどういうことなんだ」
狐につままれたような顔をする夫に、新妻はにっこり。
「たぶん、第一王子殿下がお祝いしてくださっているのですわ」
国王陛下には社交界デビュー時に、その他大勢の一人として流れ作業でご挨拶しただけだ。
王太子選考のごたごたを未然に防いだってことで、多少は感謝されてるのかなぁとは思うけど。
「確かに、許可証には殿下の添え書きもあった。……私は我が妻の価値をまだまだわかっていなかったようだ」
「そう思っていただけるのはうれしいですけれど、この場合、王国があなたを手放したくないのですわ。海軍でもつくるつもりなのかしらね?」
思い付きを付け加えると、さしもの海賊男爵もぎょっととした様子。
たんなる当てずっぽうだけど、いい線行ってる気がしてきた。
海外と取引してる以上、絶対に攻め込まれないって保証はないし、軍艦を持ってるだけでも抑止力なるはずだし。
「まずは海賊の取り締まりと、国内貴族の統制ということになるでしょうけど……女の私にはよくわかりませんから、難しいことは殿方にお任せしますわ」
「よく言う。他に気付いたことはあるか?」
男だから、年上だからって威張らないでこうやって素直に聞いてくれるところも気に入ってる。
「そうですね。あなたがどう思おうとも、今回のことであなたは第一王子派ひいては王党派となりました。どのような場合も、彼らの不利になるような言動はなさらないように気を付けてください。それは結局、自分の首を絞めることになりかねませんから」
「相わかった。私の奥方は大変優秀で、私は鼻が高い」
「私こそ、あなたのような懐の深い旦那様を持てて幸せですわ」
なにせ本来は夫の財産に組み込まれるはずの持参金を、私が好きに使っていいって言うんだもの。
いやぁ、ほんとこれからいろいろあるには違いないけど、もう半分は勝ったも同然だね!




