23、保険
「クレマンティーヌ嬢は、私の商売をずいぶん良いように思っているのかもしれないが、五隻ある船のうち一隻でも沈めばお手上げとなる危ういものなのだ」
「あら、保険はかけておりませんの?」
「保険?」
私は砂糖のまぶされたナッツを空の皿に一つ取る。
「私が保険業を営む者だと思ってくださいな。グリム卿から五隻分の保険料をお預かりします」
皿のナッツは五つになる。
「別の方からは一隻分、また別の方からは三隻分、こちらの方は十隻ですか、豪気ですねぇ……さて、嵐にあってグリム卿の船が五隻沈んでしまいました。卿はその旨を私に書類申請します。私は人をやってそのことに間違いがないか調査し、いつわりなく船が沈没したことが認められましたので、卿に規定の保険金をお支払いします」
皿から一粒だけナッツを取ってぽりぽり食べながら、残りを皿ごと海賊男爵に押し付ける。
「これは私のものか?」
「そうです」
「一粒とったな?」
「こちらも商売ですので」
まあ、実際はくっそ複雑で面倒な取り決めと計算をするわけだけど、大まかな説明はこんなものでいいだろう。
正直めんどい。
「ほかの者には損ではないか?」
「考え方ですわね。事故に遭わなくて幸運だったとするのが心の健康のためにはよいと私は思いますが。そのおかげで卿は再出発できますし、商売を畳むにしても、荷主への補填や乗組員の家族へ手厚い見舞いができるでしょう。また、もしもの時の保証があれば、本来であれば躊躇する大勝負に出られるかもしれませんわ。人命がかかっていることですから、そう簡単に割り切れるものでもないかもしれませんけれど」
「ふむ……」
ぽりぽりナッツを食べだしたグリム卿もそれでエンジンが掛かったのか、私と競うようにあれこれ食べはじめる。
はたから見たら異様な空気感だろうね。それを証拠に誰も近寄ってこない。




