22、健啖家
「失礼した、レディ」
よろしいと私は鷹揚にうなずく。
「……それで、あなたは私が望むものをすべて兼ね備えていると?」
「はい。卿がいくつのパーティーやサロンを渡り歩かれたかは存じませんが、すでにわかっていらっしゃるのではありませんか? 貞淑という点では問題ない方の方が多いと思いたいですし、子をなすという貴族の義務も心得てはいるでしょう。しかし、貴婦人は本来、自ら子育てはしません。自分の子の面倒も見ないのに、すでに自我が芽生えて生意気な盛りの男の子と心を通わせようという奇特な方はまずいらっしゃらないでしょうね。それから、たいていのご令嬢は、簡単な足し算引き算しかできません。自分に与えられた予算内で買い物をすませられるだけで御の字であって、卿の仕事を理解し、まして手助けするなんて夢のまた夢ということですわ」
海賊が黙り込んでしまったので、私は目の前のチーズや菓子に手をつける。
天然の炭酸水、しょっぱいもの、甘いもの。やばい、無限のループに……
「クレマンティーヌ嬢はなかなかの健啖家なようだ」
お、復活したか。
「ハンドバーグ夫人主催のパーティーでは美味しいものが食べられると評判ですから」
もちろん前世とは比べるべくもないけど、限られた材料ながら創意工夫がなされていて、どうぞ召し上がれって気持ちごと素直においしい。
「この衣装もそのために用意したのですよ」
「……素敵な装いで」
うん、やっと褒めたね。リップサービスすらないなんて、はなから女として見られてなかったって気付こうぜ、私。
でも、まだまだこれからだ。幸い向こうも話を続ける気はあるようだし。
これまでしなを作る女性陣が撃沈してるんだから、別路線でいいんだきっと。
「私はあまりドレスにはくわしくないが、あなたの格好は他の誰とも違うようだ。海向こうで信仰されている神々がそのような装いをしていたように思う」
「まあ、卿は博識でいらっしゃいますのね」
今日の衣装はギリシャっぽい縦ひだいっぱい、胸の下でしぼってあとはすとーん。
つまりおなかをしめつけない。
「しかし、それがたくさん食べるためとは……では、その髪型は? なかなか挑戦的に感じるが」
「あら、卿。なかなかの感性でいらっしゃるわ。これは、はじめは夜会巻きにしようとしたのですけれど、今夜のハンドバーグ夫人の美食に想いをはせていたら、ふつふつと挑戦的な気分になってきたので山を模してみたのですわ」
「……挑戦的な気分だと山?」
「頂上を目指し山を制覇する気分ですわ。卿であれば、難しい海域を渡りきるようなと表現した方が共感していただけるかもしれませんね」
「ああ、それならば」
あきれた風情ながら、おかわりをどんどん運ばせる。やさしいじゃないの。




