15、麦
「なんというか君たちといると、いい意味で深刻にならないな。よいよ。何が訊きたいんだい?」
「まず、私は水魔法の家系ですが、父とも姉たちともできることが違います。同様に、一口に植物魔法といっても人それぞれできることが違うはずです。殿下の場合はどんなことがおできになるのですか? 差し支えない範囲でお教え願いたいのですが」
「うん。私もまだきちんと検証しきれたわけではないが、植物の成長を促すことができる」
「ブッラ~ボォ~!」
突然立ち上がって空に向かって叫んだ私に、テーブルを囲んでいた皆がびくりとする。
「し、失礼しました。興奮のあまり、つい」
何事もなかったかのように、倒れた椅子を直してくれる給仕がプロフェッショナル。
その間に、体勢を整える私たち。
「……ああ、よいよ。えーと、そんなに素晴らしいことだと思ってもらえてうれしい」
「素晴らしいなどという言葉では言い表せないものすごさですわ」
「どういうことですの?」
おおっ、カトレア、心の友よ。よい合いの手だ。
「植物、つまり私たちの血肉となり健やかに生きるために必要不可欠な穀物や野菜はもちろん、家屋や家具、薪となる木々、これらずべて国の根幹ですわよね?」
「言われてみれば! 衣服もまたそうですわ。絹を着る貴族など数としてはほんの一部ですし……いえ、それにもまた特別な木の葉が必要なのでしたわね。また、それ以上に綿や麻がとれなくなってしまったら、民たちはどれほど困ることでしょう」
「殿下の成長促進は、どれくらいまで植物を育てられますの?」
「む、まだ、麦でしか試したことがないのだが……見せた方が早いか」
殿下が侍従に合図して麦の穂を持ってこさせる。
そのうちの一粒を芝生の上に置き、手をかざすとあっという間に芽吹き、葉が伸び茎が伸び、麦が実って成長は止まった。
「「「「「「「「ブラ~ボォ~ッ!」」」」」」」」
八人の令嬢のスタンディングオベーションに椅子ごと後ずさる殿下。
「お、おぅ、ありがとう」
「殿下、殿下、これは一日に何度できますの?」
「何粒も同時に成長させられるのでしょうか?」
「種が広範囲に散らばっている場合は?」
「枯れるところまでは育てられませんの?」
私だけでなく、他の令嬢たちもぐいぐい質問をはじめる。
私以外すべて下級貴族の令嬢で、家は領地持ち。
実際に領内の畑を見る機会があったり、タウンハウスでもガーデニングをしたりしてるんじゃないかな。
少しでも植物のたくましさにふれたことがあるなら、殿下の魔法のすごさが身に染みる。
植物を育てるって本当に難しい。そのくせ雑草は容赦なくはびこるんだ、くっ!
彼女たちの目力に圧されて、目の前で検証をくり返すことになった殿下。
でも結構、楽しそうだ。
「うむ。いっぺんに育てられるのは十一粒までだな」
「では、次はその十一粒を広範囲にひろげてみましょう」
「うむ、頼む」
さすがに令嬢たち自ら動こうとするのを丁寧に阻んで、侍従たちが動き出す。
「すごい、遠くても関係なんですね」
「まあ、狭い庭のことだ。どこかに限界はあるだろう」
「う~ん。枯らすことはできないな」
「そうですか、残念です。これで雑草取りが楽になると思ったのですが」
おいおい、第一王子に雑草取りをさせる気だったんか?
意外に物怖じしない小動物系リリス嬢。やはりガーデニングをたしなんでいるそうだ。