12、カトレア
遅れてやってきた……とはいっても遅刻ではないあとの二人も交えて、まずは無難に互いの装いの褒め合いだ。
皆それそれに趣向をこらして、当然家族や使用人の意向もあるには違いないけど、さすがは女の子。
何が自分に似合うかよくわかってる。
そんな中でも、私の格好はやっぱり目立っちゃったね。
「その、斬新ですわ」
「でもそれがよく似合ってらして……」
「可愛らしいと思います」
多分にお追従も入ってるんだろうけど、まあ素直に受け止めておこう。
「ありがとうございます。皆様もとても素敵ですわ」
それなりに和気あいあいと、でも、まだそれはうわべだけのことだ。
そこへ、カトレアがぼそり。
「涼しそうでうらやましいわ」
プッ。
「フフフフフッ、それはあなた、いくら似合っていて綺麗でも、そんな格好をしていたら暑いに決まってますわ」
「だぁって、うちはお母様が厳格で、あなたはこれくらいの格好をしないとみっともないって言うんですもの」
暑すぎてもう取りつくろう気もなくなったのか、妙に子供っぽい口調でこぼすカトレアに、皆の緊張や警戒といった牙城がくずれ去る。
「しかたないですわ、カトレア様は大人っぽいですもの。すごくうらやましいです」
小動物のような風情のリリス嬢がいかにもな本音を口すれば、となりの快活なサンドラ嬢がハキハキした口調でカトレアを慰める。
「女っぽいってことなんだから、いいじゃないか」
いや、自分の愚痴か?
「カトレア様、せめて髪だけでもお上げになる?」
「ぜひそうしたいところですけど、ここには侍女も連れてこられませんでしたし、ちょっとのつもりで退出して殿下をお待たせでもしたら失礼極まりないですものね」
「では、ここでちゃちゃっとやってしまいましょうか」
「え、クレマンティーヌ様が?」
「ええ。腕は信用していただくしかありませんけれど、なかなかのものだと自負していますのよ。何と言っても皆様が褒めてくださったこの装いも、すべていかに暑くないかを私自ら考えたものですし」
「いやだ、やめてクレマンティーヌ様、これ以上笑わせないで」
笑い上戸らしいエメル嬢が、何がツボに入ったのかおなかを抱えて身をよじらせる。
「では、失礼しまーす」
「……お願いします」
観念したように姿勢を正すカトレアの後ろに回る。
「まあ、美しい髪だこと」
「……侍女が毎晩、頑張ってますから」
ゆったりウェーブの掛かった長い黒髪。
もちろん絡みなんてどこにもないから手櫛で十分だ。
私は鼻歌まじりに編み込みをはじめる。
前世、若い頃は美容師になんて思ったこともあったなぁ。
「まあ、クレマンティーヌ様、器用」
フフフッ。鏡がないから周りの反応を見るしかないカトレアは、必至で身動きしないように自制している様子。
で、長く編み編みした部分をぐるっとカチューシャのようにね。
「まあ、素敵だわ。大人っぽいのに可愛らしいってどういうことなのかしら」
感心したり、不思議そうに首を捻ったりする少女たち。
まあ、こっちでもそうめずらしい髪形でもないだろうから、カトレア本人の魅力だろうね。
「あら、しまったわ。どなたか私のハンドバックにいくつかヘアピンが入っているの、取ってくださらない?」
「……では、失礼して」
いちばん用心深そうなマリアン嬢が、きちんと私に見える形でバックの蓋を開けてヘアピンを一つ、また一つを手渡してくれる。
「はい、できました。やっつけ仕事でごめんなさいね」
「いえ、ありがとうございます。皆様の反応で、素敵に仕上がっていることが十分わかりますわ。それに、とても涼しくなりましたし」
またまたエメル嬢が笑いはじめる。
でも、ちっとも嫌な感じじゃない。皆を巻き込む明るい笑い声だ。
「いえ、もう本当にね。連日暑いことは事実ですわ。皆様はどうやって涼をとってらっしゃいるの?」
水を向けると、それぞれの工夫が聞こえてくる。
緑のカーテンはもれなく家の庭師がやっていて、あとは侍女に扇がせる。井戸で冷やした飲み物を飲む。この辺が順当。
「そういうクレマンティーヌ様は?」
なんかすごい期待されてるみたいだけど。
どんな反応が返ってくるにしても、カトレアには正直に教えたくなるわ。
だって、少しはマシになったとはいえ、まだまだ本当に暑そうなんだもの。
「もう、内緒にしてくださいね……なるべく冷たい水を入れた桶に足を浸してます。もちろん誰にも見られないところでですよ」
ああ、エメル嬢が椅子から落ちそうだ。
「それ、本当ですの?」
「皆様も一度やってみればよろしいんですわ。絶対にやめられなくなりますから」
「……私、やるわ」
いや、カトレア。そんな決意してやるようなことでもないから。
もう私、この子のこと好きだわ。