異世界転生…だよね?なんか違うんですが気にしたら負けな気がする
春うららかな、昼下がり。
「―――は?」
突如頭に浮かんだ風景は、人生初の衝撃を自分に与えるに十分だった。
……つーか、無いわーうん。
「俺、何で?」
一番新しい記憶は、目の前に迫りくる壁。操作を誤ったバイクが歩道にいた大学帰りの俺に迫ってくる場面。
「……や、何つーか」
手を目の前に翳す。華奢な細い指、あかぎれ一つない白いそれに。
半身を上等なシーツの上に起こし考えた。
「如月直人、俺…の名前だよな」
うん、これは覚えている。そして。
「エリザベート・ウェンズデー」
それもまた俺の名前。ベットから降り大きな姿見の前に立つと映った姿に頭を抱えた。
「うわあ、嘘だろ」
ひーふーみー、と。自分の年を数える。
勿論今の人生の、だ。
「15才、と」
今までの記憶も勿論ある。で、いわゆる前世とか言う如月直人の記憶も。
「一体どこのラノベだよっ!!!」
いや、姉がやっていた乙女ゲームか?
長くサラサラした金髪、金が混じった翡翠の眼。
それを縁取る長いまつ毛、ぷっくりとした桜色の唇。
そして、うら若き乙女の身体。
「異世界転生者、いや転性か?」
誰が上手い事言えと。
エリザベート公爵令嬢。
それが、今の俺の存在だった。
◇◇◇
「髪形を変えられたのですね、お似合いです。セラフィナ様」
「あら、気付いてくださったの?嬉しいわ、昨日前髪を整えましたの…それよりどうぞフィナと」
少し頬を上気させ、嬉しそうに笑う西の公爵令嬢。
「ごきげんよう、今日は少し風が強いですね」
「コーデリア様、髪に木の葉が」
少々失礼、と。手を伸ばしそれを取り払うとボンと音がするのではないかと顔が赤くなる南の伯爵令嬢。
「ミレイユ様、そのドレスの色は貴女の紫の瞳に良く似合っておられますね。一段とお美しいです」
「……本当お上手ですね、ミレイで良いとあれ程申し上げましたのにっもう」
ほぅ、と小さくため息を吐き胸の前で手を合わせる東の公爵令嬢。
正門を通り過ぎた広場にて、俺の…いや私の周囲に少女達が集まってくる。
毎朝の恒例行事。ここは貴族だけではなく平民にも門を開いている王都にある学園。ゆえに家柄抜きで最低限のマナーさえ守れば気軽に誰とでも話が出来る場所でもあった。
私、エリザベートはここの生徒である。
うん。
どうしてこうなった?いや理由は分かる。
直人だった頃、世間で言う所の『陽キャ』である『俺』の口からは相手への賛辞の言葉が、自然とスラスラと出てくる。
その上、自分で言うのも何だが空気を読むのが上手かった。場を盛り上げる天才かと自画自賛してしまう程に。
「本当、エリザベート様は罪作りなお人ですわ」
「ええ、その通りです」
「以前とは変わられて…良い意味で」
うん、自分でもそう思う。
前世を思い出すまでは我儘で癇癪持ち、王太子婚約者と言う立場を利用しやりたい放題。思い出すだけで今までの人生両手でぐしゃぐしゃにして更に木の皮でくるんで紐でぐるぐる巻きにして川に放り投げたい。(違法投棄ダメ、絶対ダメ)
本気で頭が痛い。これに尽きる。
二重の意味で。
「僕のリザ、今日も美しく可愛く愛らしく愛おしい」
「アルディア王太子殿下、淑女の集まりにご乱入など無粋ですわ」
「同じ事繰り返さないでくださいって何度ご注意したらご理解なさって下さるのかしら、あとエリザベート様と距離が近い離れて」
美少女達を物ともせず。突然現れた王太子。
私の手を取り、顔を近づけ甲に口づけようとしてくる彼に思わず鳥肌が立つ。
「王太子殿下、手離して下さいっ」
もう、もみくちゃ。これが毎朝の行事一連であり、何とか王太子の顔を遠避けようと片手で頭を押す。(不敬)
「ああ、僕のリザが今日もつれないそこも好きっ」
「激しくどうでもいいし…いやいや、お願いですから離れて下さい」
「今日も発生しましたねっ害虫っ、エリザベート様避けてっ!」
「―――エステリテさん?」
たたた、とピンク巻き毛の少女がドレスをたくし上げながら駆け込んできて。慌てて横にステップを踏むと同時にシュー、と噴射音。
「目がっ、目があああぁぁぁ」
足元に王太子が顔を両手で覆い転がった。
見れば、エステリテが「害虫駆除完了」と宣言し。ふん、とこの国(ここ重要)の王太子を見下ろしている。
――――いいのかそれで。
「よく、やりましたわエステリテさん」
「ええ心から称賛致しましてよ」
「惜しみない拍手を貴女に」
「エステリテさん、流石は我らが隊長ですわ」
何の隊長?疑問符を浮かべながら、手にした霧吹きを天に掲げた美少女エステリテを、美少女軍団がやんややんやと絶賛し始める姿を眺めた。
マジ助かりましたが…いいのかそれで?(本日二度目)
そこに転がっているのは、この国の次代王なんだが。そして、ほんとっうに不本意ながら私の…婚約者でもある。いや、あったと言わせて欲しい。
前世の記憶が戻り、それまであった筈の彼への恋慕は当然チリと消えた。
ええ、いい思い出です。いや、黒歴史として葬り去りたい、だって身体は女、心は男。何が悲しゅうて男とちちく…いや愛を囁き一生共にせにゃならんのか、と。
改めて誠に残念な王太子にチラリと一度だけ視線を送り
「エステリテさん、その液体は?」
と、問うと。エステリテはえへんと胸を張り
「害虫駆除用の薬液を昨晩完成させました」そう、弾んだ答えが返る。
「……一応聞いておきますが、臨床実験などは?」
「うちの兄で試しました。刺激は強いですが視力には問題ないかと…寧ろコレなら潰れても問題ないかと」
ああ、エステリテのお兄様お可哀想に…でも最後の不穏なセリフは敢えて聞き流しておこう。(不敬)
エステリテはこの学園に特待生として入学できる程の才女である。人体に害するものは作らないだろうが。
目の前に転がる男を靴先でつつくその様は…うん。
前世の姉がハマっていた乙女ゲームとか転生小説とかで、やたらとこう言うのに詳しくなっていたのだが。
多分キミ、ヒロインだよね?おおむねヒロインってのはピンク髪してる筈…平民出ってのも多いし。
つーか、王太子とくっ付かないの?未来の王妃の座に興味無いの?あ、コレ相手なら無いか。うん、納得。
「まぁ…助かりました」
気にしない事にしよう。「エリザベート様の微笑みっ尊いっ」とか呟いてエステリテが蹲ってるのも気にしないったら気にしない。…つーか気にしたら負けな気がする。
いや、自分でも今の容姿はいいと思うよ?中身以外は、完璧。いや、ある意味中身も完璧、男性に生まれていてもね。うん、違う。中身が男性である私でなければ、ね。
「り、りざー」
「うわっこわ」
死に体な王太子の手が私のドレスの裾を掴む。
おい、こら一応私令嬢ぞ。軽々しく触るな婚約者。
「リザ…ッ!ひぃ!!!!」
途端ガツガツと音が響く、言わんずがな複数の靴音である。
それらが、未来の王の背中に食い込んでいるのだ。
流石にぐりぐりと全体重かけて踏み込むのは止めて差し上げてエステリテさん笑顔怖い怖い。
悶絶する哀れ王太子、キミの事は忘れない。多分?と思った傍から、がばっと顔を上げ復活してきた。
やはりキミはGの虫か、害虫駆除業者さんこちらです。
「…僕とリザの間にある真実の愛は負けないっ!」
「うわぁ、この害虫しぶといですわ」
「やはり騎士団で討伐しないと」
「…一応騎士団は王族専用なんですよ、皆様」
うん、しぶといのは認める。流石は王族、と言うべきか。その位生命力無いと務まらないのかもしれんけど。
でも愛なんか無いよ?と、眉をしかめて距離を取る。
でないとこの人隙あらばと抱きしめてくるのだ、いや勘弁。
外見だけは無駄に良いアルディア王太子15才。友情や忠誠ならいくらでも捧げる。だってこの国の公爵令嬢だし私。
しかし愛は無理。つーか吐く。今更女の子に興味あるとは言わんけど、男相手に無理。
前世を思い出した後、先触れを出し両陛下と王太子殿下へと謁見を申し出てちゃんと告げたのだ、自分エリザベートは中身が男だと。信じてもらえないかもしれないけどさ。
だが「でも今のリザは女性だよね何も問題無し」と微笑む王太子に皆一同に残念な物を見るような視線を向けた。国王陛下も王妃様も、である。
宰相までも巻き込み阿鼻叫喚な時間を経ても尚、王太子の意志を曲げる事は誰にも成し遂げる事が出来なかった。(無念)
聞けば以前からエリザベートにベタ惚れで、王太子の方から婚約の話を持ちかけられたと聞く。見た目だけはいいもんな、私。でもいいのか、あの性格で?と尋ねれば「それ位受け入れてこその王(まだ候補)ぞ?」との返答に気を失いかけた。思い出のアルバムにそっとしまい込んで辺境にある崖から投げ捨てたいマジで。
更に空気読める君へと変化した私に「惚れ直した」とばかりに増すアプローチ。
だから中身男、漢と書いて男とまではいかないけど、男ですよ私?
せめてお友達として、と落とし所を求め。
逃げるように実家に逃げ込んだのだが、ああ何と言う事でしょう通う学園が一緒。週が明ければ顔を合わせる事になる。
そして、あれこれ経てこうなった。何故なった。
我儘な性格ゆえ、それまで険悪だった女子とはうって変わって仲良くなったのはいい。寧ろ距離も近い近い。
それを見て王太子も距離を詰めてこようとするし、駆除しようとするお年頃の女子達。
遠い目で私を護る様に前に立つエステリテのたくましい背中を眺めて。
違う、何か違う。
予鈴の鐘が鳴るまで、この恒例行事は続いた。
◇◇◇
もう、アレから逃げるにはどうしようと考えた考えに考え抜いた。教師には悪いが授業の内容を聞いてない位に。そして、決意する。確か15才でもなれた筈、と思いながら。
「私、こうなったら冒険者になって国を出ようと思いますの」
「「「「良いですね」」」」
「へ?」
セラフィナ、コーデリア、ミレイユとエステリテ
それぞれが教科書から顔を上げ此方に微笑みを浮かべてくる。
「弓ならお任せ下さいませ」とセラフィナ。
「私これでも剣の嗜みがありましてよ」とコーデリア。
「あ、私には魔導士の素質が」とミレイユ。
「薬の調合ならお任せあれ」とエステリテ。
皆一様に良い笑顔で、ある。
いいのか、この国の重鎮貴族ご令嬢達+才女。
だが、彼女らの決意は固かった。
「アレの眼を欺くには…いや、善は急げですわ」
放課後あれよあれよと言う間にドナドナされギルド登録。晴れて冒険者一行様の出来上がりである。
「あの…皆様ご家族には何と?」
「我が家は影の者から伝えておきますわ」
「うちも」
「私は学園に居る兄に」
「私も影の者に、ああエリザベート様の御屋敷にもちゃんとお伝えしますので」
はぁ、と言い出しっぺの筈の私。背中を押してくる、何故か積極的な彼女と共に出立しようと、街外れまで馬を走らせるが
「待ったよ、いつも可愛いね僕のリザ」
「わああぁぁぁぁ」
王太子何故居るし、その出で立ちは何ですか?平民の服に、腰に帯剣。それじゃまるで……。
「「「「せいっ」」」」
皆まで言わせない内に、王太子の膝の裏にローキック、頬には拳、腹には膝蹴り。更にエステリテによる巴投げ(ここ異世界ぞ?やはりキミ異世界転生ヒロインだろ)
淑女…いや今は冒険者達の見事な一連の動作。(いいのか?)
カンカンカンカン
沈んだ王太子の姿に、終了のお知らせの鐘が鳴り響いた。
しかし、一体どこから嗅ぎつけてきたのやら。半目を向けていると
「「「「行きますわよ、エリザベート様」」」」
と、頼もしき仲間達の姿が。
「はい!」
私達の冒険は始まったばかりである。
「必ずキミを追いかけるよ!待っててリザッ!!!」
―――――後ろから聞こえるストーカーの声を敢えて無視しながら。
これにて閉幕。(なお続きは無い)
思いつくまま書きました。王太子が不憫。
名前とか統一性が無いかもしれません(その内修正します)