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08 夜会1

 イボンヌはドリモア家に借財があるにも関わらず最新流行のドレスを着ている。リデルは悔しさにぎゅっと己のドレスをつかんだ。リデルはそのために侯爵家に売られたのだから。


 しかし、そこでふと我に返り疑問に思う。おなかに子がいるというのにコルセットで体を締め付けて大丈夫なのだろうか。

「気の毒ね。夜会で置き去りされるなんて、フリードリヒ様とは結婚したばかりなのにうまくいっていないの? 私、心配で」


 そういうイボンヌの顔は優越感に歪んでいる。彼女は貴族だという理由で侯爵家に嫁ぐリデルをやっかんでいた。

「イボンヌ、ケーキを持ってきたよ」

 そこへギルバートがやってきた。

「ありがとう。ギル」

 しかし、ギルバートはイボンヌの前にリデルがすわっているのを見て顔をこわばらせる。イボンヌはわざとこのタイミングを狙ったのだろう。彼女らしい。


「あなたの旦那様は、あなたに食べ物すらとってきてくれないの?」

 いかにも心配そうに聞いてくる。

「旦那様は、お仕事がお忙しいようですよ」

 リデルが澄まして答えると、従姉はカチンときた様子で顔を引きつらせる。


「あら、ギルが暇だとでも言いたいの?」

 今までリデルを田舎者と馬鹿にするばかりでそれほど関心もなかったくせに、侯爵と結婚が決まった途端執拗に絡んでくるようになった。


「そんなこと言っていません」

 出来るだけ落ち着いた口調で答える。

 

 何が彼女の逆鱗に触れるかわからない。こんなところで騒ぎを起こされたら、恥の上塗りだ。ただでさえ、周りの好奇の視線が集まっているのに大事にしたくない。


「言ったわよ。今言ったじゃない。ねえ、ギル、あなたも聞いたわよね」

 従姉が注目を集めるように大げさに騒ぎ立てる。こんな性格でよくいままで社交界でやってこれたなと逆に感心してしまう。


「お姉さま、このような場でやめてください」

 静かに、だがきっぱりと言った。騒ぎをおこして、新婚早々夫に迷惑をかけるわけにはいかない。


「自分がギルに愛されなかったからって、私に嫉妬して嫌がらせをしているんでしょう」


 どうしたら、ここまで図々しい発想が出来るのだろう。彼女のように人のものを奪って優越感を満たすような人間には絶対になりたくない。


「嫉妬なんかしていないわ」

 新妻なのだから、ここはきっぱりと否定しなくてはならない。苛立つ気持ちを抑え、できうる限り穏やかに言う。


 すると今度はギルバートがイボンヌの前に出る。

「リデル、君の気持ちはわかるが、悪いのは僕だ。だから、イボンヌを刺激しないでくれ。いまは大事な時期なんだ」


(私の何がわかるというの?)


 彼がイボンヌをかばう言葉と眼差しは思いやりに満ちていて、リデルの心に突き刺さる。

 ほんの少し前まではギルバートだけがリデルの味方だった。しかし、ここで心を乱しては、イボンヌの思うつぼである。何とか気持ちを立て直そうとした。


「それもこれも君が彼女を女優の娘だと馬鹿にするからだろう?」


 身に覚えのないギルバートの言いがかりにリデルは大きく目を見開いた。確かにイボンヌの母は昔売れない女優をしていたと聞いたことがあるが、さして興味もなかった。そんな理由で彼はリデルからはなれていったのか。


 従姉を脅威と思いこそすれ馬鹿にしたことなど一度もない。ギルバートはリデルに確認もせずそんなイボンヌの嘘を真に受けたのだ。彼は都会的であか抜けている彼女に一瞬で心を奪われてしまったのだろう。


 ギルバートとは付き合いが長いはずなのにわずかな信頼関係すらも築けていなかったのかと思うとむなしい。自分の何が至らなかったのだろう……。


 しかし、今はそんなことよりも、この場をどう収めるかだ。リデルはもうウェラー侯爵家の人間だ。家名に恥じない言動をとらなければならない。心は痛み悲鳴を上げるがどうにか飲み下し、俯きそうになる顔を上げ、しっかりと二人を見た。しかし、なぜか彼らは別の方向を見ていて。


「なんの騒ぎだ」

 フリードリヒの冷え切った声が聞こえた。気づいたときには彼がリデルの後ろに立っていた。


「ああ、フリードリヒ様、リデルはいまだに私の婚約者であるギルに思いが残っていて、私をねたみ困っております。いったいどうしたらよいのでしょう」

 イボンヌの発言に肝が冷えた。


 彼女はドリモア家を借金苦から救ったフリードリヒに恥をかかせるつもりなのだろか。



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