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05 結婚のとんでもない理由

「爵位を継いでしまったから、一生を独身で通すわけにはいかない。大臣たちが自分の娘をあてがおうとうるさい。そういう政略的なものに巻き込まれたくないのだ。それから、私の親戚が少々図々しい。前に遠征で留守にしたときに領地で好き放題にされた。私は軍人だから戦争が始まれば戦地に向かう。だから留守の間領地を君に頼みたい」


(留守の間、領地を頼みたい?) 


 ショックから一転して、意外なことを言われて目を瞬いた。


「それは、私を信用してくださってのことですか?」


「いや、身上調査はしたが君の内面まではわからない。だが身分から言ってそれほど大それた汚職をするとは思えない。もちろん君が私の領で罪を犯せば、相応の罰を与える。領地において私は裁判権を持っている。ちなみに自領で悪事を働いた場合、最高刑は絞首刑だ」


 といって威嚇するかのように目をすがめる。


 ぞわり寒気がした。この人は数多(あまた)の戦場を駆け抜けた軍人なのだ。本当に人を殺す人なのだと本能的に理解した。


「それに貴族出の妻がいれば、親戚も私の領地で好き放題はできないからね。その代わり君の実家の借金を肩代わりし、自由になる小遣いを渡す。宝飾品やドレスを買うには十分な金額だ。生活には不自由させない。社交シーズンには同伴のものもあるから、一緒について来てくれ。後は自由に買い物でも茶会でも好きにすればいい。領地での仕事さえきちんとしてくれれば、後は王都で遊んでくれてかまわない。これは契約であり取引だ」


 つまり、高位の貴族の娘より、どうにでも出来そうな男爵家の娘を選んだということだ。思わず手に持った扇子をぎりぎりと握りしめる。


「つまり私が結婚相手に都合がよかったということですか?」

 不躾だとは思ったが、黙っていられなかった。


「そうだ」

 彼は眉根一つ動かさない。声に抑揚すらない。どこかで心を落としてしまったのだろうか。


「ところで、私には領地経営の経験がないのですが、どういたしましょう」

 リデルはなんとか感情を排してさっそく事務的な話に移った。


「そうかな? この領地を切り回していたのは君でたいへんな働き者だと聞いたが。まあいい、これから学んでもらうし、うちには信頼できる家令がいるから大丈夫だ」


「それなら、信頼できる家令に任せればいいのではないですか?」

「彼らは平民でね。貴族である私の親族たちの横暴を止められない。先の戦争で私が留守をしている間に親戚が、勝手に使用人を首にして、多額の金をごまかしたことがある。しかし、貴族の妻がいるとなれば話は別だ」

 リデルは驚きに目を見張る。とんでもない親戚だ。


「私にそれを止めろと?」

 それほど業突く張りな親戚たちを止められるだろうか? 男爵家の小娘とあなどられるのではないのだろうか? 先行き不安しかない。


「君が妻となれば、親戚を領地に入れない。もとより彼らは王都が好きだ。金が欲しくなければ、あのような辺鄙な極寒の領地にはやってこない。君に渡す小遣いは報酬と思ってくれ、きちんと役目を務めてくれれば、それ相応の礼はするし、賞与を与えてもいい」

 

 つまりこれは結婚という名をかりた雇用契約。彼は夫と言う名の雇用主。

 一生独身でこの家で邪魔にされ、そのうち修道院に送られるくらいなら、

彼の条件を割り切って飲んだ方がよいのかもしれない。感情を排し、結婚ではなく就職すると考えればかなり割がいい。


「もしも、私が親戚にとりこまれてしまったら、どうするのです?」

 すると彼が口の端に薄く笑みを浮かべた。ああ、この人も笑うことがあるのだなと思った。その表情は、結構不気味で凄味が増す……。


「うちの親戚はそのようなまどろっこしい真似はしない。君を取り込もうとするより、排除しようと動くはずだ。このことはこの結婚をうけるにしても蹴るにしても他言無用でねがいたい。身内の恥なのでね」


 目の前の侯爵から圧力を感じた。あたりの気温が5度ほど下がった気がする。そんなことをされなくても十分にわかっている。命は惜しいので他言などしない。


 ギルバートとはずいぶんタイプが違う。ギルバートは優男だが、侯爵は体も大きく美丈夫といったところだ。秀麗な面立ちであるにもかかわらず、美しさより、冷たさと恐ろしさが先に立つ。黙っていても笑みを浮かべても怖い。


「絶対にお話ししません。それに話したとして誰が信じるというのです。私が不当に侯爵家を貶めていると思われかねません」


 彼は戦闘狂と噂され女性になびかず愛想がないので氷の侯爵様と呼ばれているが、一方では戦いの功績から高く評価され、王侯貴族から信を得ている。周りが誰の言うことを信用するかは自明の理だ。男爵家の娘など木っ端も同然。


「理解が早くて助かる」

 そういって彼は口を引き結んだ。その顔はりりしくもあり、いかにも情が薄そうだ。


 侯爵家と言えば広大な領地を所有している。正直荷が勝ちすぎて断りたいが、当主である伯父が乗り気で不可能だ。


 五つ年上の従兄がいたなら味方になってくれたかもしれない。だが今は頼る者が誰もいなかった。


 侯爵は話が済むと、リデルへの結婚の贈り物を置いてさっと帰ってしまった。まるで突然襲ってきたブリザードのような人だった。




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