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28 二人で視察

 翌日、馬車でまずは工房へ行くと、フィーが出迎えてくれた。

 

 フリードリヒを見て驚いたようで、身を固くしてぎこちない挨拶する。一方フリードリヒは細工品に夢中だ。

「これは素晴らしいな」

「お、お褒めにあずかりありがとうございます」

 フィーは声を震わせ、がちがちに緊張している。


「美しい髪飾りだ」

 フリードリヒがラピスラズリの埋め込まれた髪飾りを手に取り興味を示す。


「ええ、フィーの作るものはみな素晴らしくて」

 フィーの作品を褒めてもらえリデルも嬉しい。


「では、この髪飾りを買おう」

「え?」

 リデルとフィーは驚いて顔を見合わせた。するとフリードリヒはフィーにその場で金を払い、髪飾りを受け取った。


「リデル、君にとても似合う」

 そういいながら、照れ笑いを浮かべ、リデルの手に握らせる。


「ありがとうございます。旦那様」


 思いのほか嬉しかった。フリードリヒが自ら選んでくれたもの。リデルは普段あまり飾りをつけることはなかったが、この髪飾りは大きさも普段使いにちょうどよくデザインもかわいらしい。


「君はフィーと言ったかな? この工房を大きくして後進を育てるつもりはないか?」

「は、はい」

 フィーは震えながらも、しっかりと頷いている。フリードリヒは乗り気だったので、ひとまずリデルはほっとした。



 それから二人は川を利用した温泉に向かう。その間馬車の中でフリードリヒは嬉しそうにリデルに髪飾りをつけてくれた。

「ああ、やはり、君にとてもよく似合う」

 無口から饒舌へ……。極端な彼の変化に、戸惑ったり、思わず引いてしまったりとリデルも忙しい。


 そして、着いた温泉地では、それまでのんびりと湯につかっていた客の間に緊張が走る。

「りょ、領主様!」

 馬車から降り立ったフリードリヒを見て皆がひれ伏す勢いだったので、そこはすぐに辞した。


「まいったな。私は領民に随分と怖がられていたのだね」

 困惑顔のフリードリヒを見て、リデルは初めて微笑ましく思った。


「いえ、普通はそのようなものだと思います」

「だが、君は皆から慕われているようだ」

「そんなことはありません。それで、旦那様、あの温泉を見てどう思われました」

「うん、男性客ばかりだね」

「そうなんです。利用する者は増えたのですが、施設が貧弱なせいか女性が安心して入れないんです」

「なるほど、それで君は設備投資をしたいんだね」


「はい、ぜひ、やらせてくださいませんか?」

 女性にこそ温泉の良さを堪能してほしいと思う。夫の記憶が戻り離縁されたら、この温泉で働かせてもらえないだろうかとちらりと考える。


「もちろん、いいよ。ただ、今までのように私財を使うのはやめてほしい。君の小遣いは小遣いとして、きちんと使ってほしいんだ。息抜きも必要だ」

「はい、承知いたしました」

 こんなふうに承諾をもらえたが、記憶が戻ったら彼は何というのだろうか。いちおう一筆を入れてもらおう、血判はなしでと心にメモをする。


「それから、私はもう従軍はしないと思う」

「え?」

 意外なことを言われ、リデルは目を瞬いた。彼はこの国の守護神とまで言われている軍人だ。


「記憶を失ってからの私は戦場では役には立たないようだ。剣の腕はあっても、以前のように戦場で冷静な判断は下せないだろうと言われた」

「そんなことはないと思います。ですが、旦那様が領地にいてくださるのはありがたいことです」

 本音だった。リデル一人ではとてもこなせない。それに使用人たちも心細いだろう。


「そう、ならよかった」

 フリードリヒがにっこりと笑う。彼のこめかみのあたりにあるうっすらとした刀傷がほんの少し引きつれる。

 記憶を失ってどんなに性格や好みが変わろうと、彼はフリードリヒ本人なのだ。別人なんかではない。


「リデル、私は記憶をなくしてから、いろいろな人の世話になった。これから先、君には苦労をかけると思うが、必ず報いるからずっと一緒にいてほしい」


 今のところリデルは、彼の記憶が戻っても気が変わらないことを祈るしかない。だが、フリードリヒが夫という実感は全くない。冷たい雇い主から優しい雇い主に変わったような感じがしているだけだった。



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