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片想いの先輩への1文字違いのメッセージ。『も』と『でも』の分かれ道。  作者: みりほい


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第3話(最終話) 『も』と『でも』の分かれ道

 俺は改札から流れてくる人をぼんやりと眺めながら、懐かしい桃歌先輩との思い出に浸っていた。それにしても思い返しても高校時代からほとんど進展がない。こんなことで先輩後輩の関係から抜け出せるわけがない。

 勇気を持てない情けない自分に向けて、今日何度目かの白いため息をついた。

 

 俺の就職は夏前には決まっていたし、先輩からもその頃からお祝いしてくれると言われていた。でも仕事が忙しいらしく、ずるずると開催が延期されてきた。

 それでも絶対に年内にはお祝いしたいと頑張ってくれての12月開催だ。

 こんなことだと次はいつ会えるのか、それとももう会えなくなるのか。チクチクとした想いが心を侵食してくる。

 そんな気持ちを払拭するために、俺は雑踏の中から先輩を探そうとあちこちに目を向けた。

 すると雑踏の中から突然ふわりと先輩が現れた。


「お待たせ!待った?仕事切り上げてきたんだけど、少し遅れちゃった。」


 俺はスーツ姿で現れた大人の色気が漂う先輩に見惚れてしまった。

 そのために準備しておいた「俺も今来たところです。」と答えるタイミングを逸してしまった。


「おーい、待ち過ぎて凍っちゃった?」


 先輩がいたずらっぽく笑う。先輩は笑うとクリッとしている目が細くなる。高校時代から変わらないものを見つけて少し安心した。


「ふふふ。からかうのはこのくらいにして、お店に行きましょうか。それにしても今日も寒いね。」と肩を縮こまらせるようにして言った。

 

 いつもこうやって先輩にリードしてもらっている。正直、こんな自分が恰好悪いと思っているし、こんな俺が先輩の横に並ぶなんて、到底できっこないとも思ってしまう。そんな劣等感でぐちゃぐちゃになりそうな気持ちを必死に抑える。

「何から何まですみません。」と、何とか一言だけ絞り出すことができた。

「いいのよ、今日は私が誘ったお祝いなんだし。洒落たお店は社会人になってから探したらいいのよ。」


 2人の間に流れる沈黙を、通り沿いの店から漏れてくるクリスマスソングが埋める。

 俺は何か喋らないと、と焦れば焦るほど頭の中が白くなって何の話題も思いつかなくなっていった。


「私はね、仕事で連れて行ってもらったり、飲み会で知ったりかな。自分で開拓するほど時間に余裕がなくてね。でも時間が取れるようになったら開拓に付き合ってよ。」

「はい!是非。」

 そんな俺に先輩は優しく包むように微笑んでくれた。

「あ、あそこだよ。見える?」

 先輩が目線を揃えるようにして、指で示してくれる。先輩の小さな顔が近い。そして桃のような甘い香水の匂いが鼻腔を心地よく刺激してくる。その間、俺は目線を指で差されている方に向けているが、意識の全ては先輩の方に向けていた。


 お店は洒落たイタリアンレストランだった。しかし大きな窓や柱という佇まいに圧倒されてしまい、店に入る前から怖気づいてしまった。そんな俺の心など知る由もない先輩は「オシャレよねぇ。」と言いながらお店に入って行く。俺も遅れないように先輩の後ろをついていく。


「いらっしゃいませ。」

 感じの良い白髪混じりの男性店員が笑顔で声を掛けてきた。

「6時から予約していた山田です。」

「山田様。お待ちしておりました。」

 予約者の情報は頭にインプットされているのだろう、澱みなく案内された。

 俺たちが通されたのは、程良くライトアップされた庭が見える眺めの良い席だった。

「素敵ね。」

 窓の外に顔を向けながら呟いた。そんな先輩の横顔をチラッと盗み見てから「本当ですね。」と答えた。

「コースにしたから、飲み物だけ選んで。」

 先輩はメニューを広げて飲み物のページを俺に向けてくれた。

「すみません、何から何まで。」

「何言ってるのよ。今日は尚希くんのお祝いなんだから。私にエスコートさせて。」

 先輩は本当に優しい。全部分かっていて、こういう言い方をしてくれる。

「俺はスパーリングワインで。」

 意外と思ったのか、先輩が俺を見て意味ありげに笑った。

「じゃあ、私も同じにしよっと。」と手を挙げた。


「お決まりでしょうか?」

「スパーリングワインを2つお願いします。」

「かしこまりました。」

 男性店員は慣れた手付きで丁寧にメニューを揃えると、優雅に持ち上げて下がった。

「スパークリングワインで来たか。ちょっと尚希くんのイメージと違った。」

「俺もTPOをわきまえてますからね。」

 普段の俺はビールしか飲まず、最初から最後までひたすらビールを飲み続けるのだ。

「へぇ、尚希くんがTPOなんて言葉を使うようになったか。」と茶化すように笑った。


 しばらくするとスパークリングワインが運ばれてきた。先輩の前、そして俺の前へと静かに置かれた。

 長細いシャンパングラスの中に淡い琥珀色の液体が注がれていて、小さな泡が生まれては浮き上がりを繰り返している。

「いつまで見てるの?飲みましょ。」

 先輩の声で視線を戻すと、先輩はピンクにネイルされた細長い指でシャンパングラスを軽く掴んで、こちらに向けていた。俺も慌ててシャンパングラスを持ち、先輩の方に傾ける。


「乾杯。」

「尚希くん、就職おめでとう。」

 

 先輩はシャンパンをひと口飲み、グラスの口をつけた辺りを指で拭った。そんな先輩の一連の動作にも見惚れてしまう。

 それを誤魔化すように俺は「ありがとうございます。」と礼を言うと一口飲んだ。

 美味しい。葡萄の爽やかな酸味と甘味に、ほどよい炭酸が喉を優しく刺激してくる。……これはいくらでも飲めちゃうな。

 しかし飲めるからと言って、遠慮なしには飲まない。今日は先輩の奢りだからだ。俺は先輩のペースに合わせながら飲んだ。

 

 そして食後のデザートを食べているときに、もうすぐ来るクリスマスの話になった。

「俺の彼女はカメラですよ。クリスマスもカメラと過ごします。」

 心にもないことを言ってしまったと後悔した。本当は先輩の予定を聞きたかった。一緒に過ごしてもらえるように誘いたかったのに。

「私と一緒だね。私の彼氏は仕事なの。私もクリスマスは彼氏と一緒に過ごすんだよ。」と先輩は少し寂しそうに笑っていた。

「さて、そろそろ帰りましょうか。」と、先輩が店内の隅の方に控えている男性店員に合図をした。


「お会計をお願いします。」

「承知致しました。」

 楽しい時間があっという間に過ぎ去ってしまった。

 次はいつ会えるんだろう?半年後?一年後?それとも……もう会えない?そんなのは嫌だ。

「あ、あのっ……桃歌先輩はこの後ってまだ時間ありますか?」

「ごめん、明日も早いんだ。」と申し訳なさそうに顔の前で両手を合わされた。


 さらりと跳ね返されてしまった。あまりに自然な断られ方に、これ以上追撃するほどの勇気は湧いてこなかった。

 そして断られたショックで、どうやって駅まで戻って、どんな挨拶をして先輩と別れたのかもよく覚えていなかった。


『今日はお忙しい中、ありがとうございました!とても美味しいお店でした。』


 俺は家から気力を振り絞って、当たり障りのない短いメッセージを送った。でも返信どころか既読にもならなかった。

 月曜日に既読にはなったけど、やっぱり返信は無かった。

 お互い社会人になってしまえば、今以上にもっとすれ違ってしまうのかと思うと、心底怖くなった。

 しかし心を掻きむしられるほどの焦燥を感じながらも、断られる怖さから何の行動も起こすことができなかった。

 

 ついにはクリスマス・イブ・イブの12月23日になった。

 ここまで何度も先輩を誘うためのメッセージを書いては消す、という事を繰り返していた。

 この日もメッセージを送ることができないままに日付が変わり、クリスマスイブとなった。

 そして何も行動を起こせないままクリスマスが過ぎてしまった。


「はぁ……、へたれめ。」


 俺は一人の部屋で自嘲気味に呟いた。


 ――


 クリスマスも過ぎた年の瀬に、桃歌先輩からメッセージが届いた。

『クリスマスは彼女のカメラと仲良く過ごせましたか?ところで尚希くんはお正月に帰省しますか?』

 久しぶりの先輩からのメッセージで舞い上がったが、返信に迷った。帰省するかしないかは決めていなかった。できれば先輩に合わせたいと思っていたからだ。それを先輩に質問返しで聞くのも躊躇(ためら)われたので、スマホを持つ手が止まってしまった。

 俺が迷っている間にまたメッセージが届いた。


『私は帰省しないよ。』


 俺はすぐに返事をした。


『俺も帰省しないです。』

『それなら大晦日か初詣で会える?』


 勿論ですよ、桃歌先輩。数日後、また先輩に会えると思うと、それだけで喜びが爆発しそうだ。


『大晦日でも初詣でも良いです。』

『おお、ずいぶんと積極的だね。いいよ一緒に年越ししようか。』


 どういうことだろう?

 俺は自分が書いたメッセージを読み直した。


 『大晦日も初詣でも良いです。』と書いてあった。


 『で』が抜けていただけだが意味が違った。俺は大晦日も初詣も会いたいと伝えていたのだ。そして先輩はそれにOKしてくれたんだ!


 俺は近所迷惑にならないように枕に顔を埋めて、ありったけの力で雄たけびを上げた。


 ――


 ……という昔話を桃歌と御節を食べている時に思い出した。

「ん?私の顔になにか付いてる?」

 桃歌は自分の口の回りをティッシュでポンポンと叩いた。

「あ、違うんだ。付き合うきっかけになった、あの正月を思い出してたんだ。」

「あははは。あれから3年ね。尚希が間違いメッセージしてなかったら、どうなってたんだろうね。」

 そして顔を覗き込んできて「付き合ってなかったかもよ?」と挑発的にいたずらっぽく笑う。

「そんな事ないと思うな。俺たちは赤い糸で結ばれてるんだから、やっぱり付き合ってたと思うよ。」


 俺と桃歌は顔を見合わせて笑った。


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