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第2話 合格発表

「あの先輩。今の人って……?」

「あー、山田桃歌だよ。女バスの。」

「山田桃歌……先輩。」

 平常心を装いながら、心の中でガッツポーズした。そして絶対に忘れないようにその名前を連呼していた。

 

 それからの俺は桃歌先輩との唯一の接点を太くするために写真の腕を磨いた。

 風景も人物でも何でも撮影したし、呼ばれていない試合に押しかけて撮影をさせてもらったりもした。そして被写体の背景を知るために色々な本も読んだ。もちろんバスケのことはひと際力を入れて勉強した。

 その甲斐もあって写真の腕前は上がった……と思う。


 ――


 桃歌先輩が3年生になり、最後の大会となったウインターカップ県予選は2度撮影を担当する事ができた。どこの試合を担当するかは個人の事情では決められない。でも幸せなことに先輩の最後の試合をファインダー越しに見届けることができた。


 最期の試合となった準々決勝は得点差がついてしまった。先輩の3年間がこれで終わるんだな、という残りの数分間は本当に切ない時間だった。

 でも集中力が途切れかけているチームの中で、最後まで手を叩き、大声で鼓舞し続けている先輩はとても美しく、格好良かった。あの姿は一生忘れない思う。


 部活を引退した先輩とは接点もほぼ無くなったが、校内ですれ違った時には挨拶をしてくれたし、たまには立ち話もしてくれた。

 ヘタレな俺は先輩の卒業まで連絡先を聞くことはできなかったけど、進学先は会話の流れから知ることができた。それは俺の偏差値よりも10も上の大学だった。


「桃歌先輩もですか?俺もそこ狙ってるんですよ。」

「尚希くんもなの?嬉しいな、大学で待ってるよ。」と笑顔を見せてくれた。しかしそれに応えた俺の笑顔は引きつっていたかもしれない。


 そして向かえた桃歌先輩たちの卒業式の日、写真部としての仕事は無かったが、先生にお願いして先輩たちのカメラやスマホを使って写真を撮る、というボランティア活動をさせてもらった。その証として、学ランの右腕には撮影班と書かれた腕章が巻かれている。

 そして俺は門の前の立て看板の前で桃歌先輩の姿を探していた。

「お前か!ちょっと撮ってくれよ。」と野球部の先輩たちが伸ばし始めた髪の毛をいじりながらスマホを渡してきた。そして立て看板を囲ってそれぞれの決めポーズをとった写真を撮影した。

「いいじゃん!サンキュ!」

 運動部の先輩たちには認知されていたようで、式に集まった卒業生たちから次々と写真を頼まれた。

「頑張ってるね。」

 聞き覚えのある声に振り返りたかったが、晴れ晴れした表情を見せている被写体からは目が離せなかった。

「もう少し立て看板に寄ってください。……はい、そうです。はい、チーズ。」

 撮り終えた後、すぐに桃歌先輩の姿を探したが、多くの卒業生、その保護者たちの姿に見つけることができなかった。

 

 式後も多くの先輩たちに囲まれてしまい、桃歌先輩の写真を撮る機会を作れないどころか、その姿すら見られないまま学校から全ての卒業生の姿が無くなった。

「お疲れ様。お前に頼んで良かったよ。」

 林先生が肩を叩いてきた。そして腕章を受け取ると校舎へ戻って行った。

 桃歌先輩と過ごした、そしてもう一緒に過ごすことはできない校舎や体育館が名残惜しく、校門脇の花壇にしばらく腰掛けていた。


 ――

 

 写真部は運動部の夏の大会に合わせて引退することになる。だから、引退までの短い4か月で新入生に自分の知識を受け継がれていかないといけない。自分たちの時と同じように夏合宿でしっかりと技術を叩き込んだ。そして2年前の俺と同じようにまだぼんやりとしている新入生を連れて運動部の大会を巡り、写真部での活動を終えた。

 

 しかしここから偏差値10の差を埋めるのは簡単な事ではない。そこからは、ただひたすらに勉強した。先輩の「大学で待ってるよ。」という一言を信じて。

 それにしても先輩ってば、頭良過ぎだよ……。

 結局、模試で一番良かった時ですら60%しか合格率がなかったので、最後まで全く自信を持てなかった。


 大学入試が無事に終わり、家に帰ると待ち構えていた母親に「どうだった?」と聞かれた。手ごたえがあったような、無かったような、でも自信は無いというようなことを答えた。

 その後も少しレベルを落とした2つの大学を受験した。そこから合格発表まではとにかく落ち着かない日々を過ごした。


 待ち遠しいような、やっぱり来て欲しくないような、受かっているような、落ちているような、という複雑な気持ちが入り乱れて悶々としていた。その間、気晴らしにと受験が終わった友達と遊びに出かけてみたが、お互いに同じ状況で、心ここにあらずという空っぽな時間を過ごしただけだった。

 

 ――


 合格発表を翌日に控えた日、俺は大学近くのホテルに宿泊した。しかしよく緊張と興奮から寝られないまま合格発表日を迎えた。そしてその運命の日は朝からすっきりとした青空が広がっていたが、俺の心には昨夜からずっと靄がかかったままだ。


 さむっ。


 ホテルを出ると冷たい風に首筋を引っ掻かれ、思わずマフラーに首を埋めた。

 合格発表を見る決心がついていない俺の足取りは重く、歩いたり止まったりを繰り返しながら大学に向かって歩いていた。


「久しぶり。」


 俺はこんなところで人に声をかけられるとは思っていなかったので、そのまま通り過ぎようとした。


「尚希くん!」


 俺!?誰?慌てて声の方を見た。


「桃歌先輩!」


 そこには息を呑むほどに綺麗になった先輩がいた。

 高校時代はほとんど制服かジャージ姿しか見ていなかったが、目の前の先輩はゴールデンブラウンのロングコート、そしてインナーには黒のタートルのニットと茶色のロングスカート。ショートカットだった髪の毛がセミロングになっていて、とても大人っぽい雰囲気を醸し出していた。

「本当に受験したって聞いてね。一人じゃ心細いかなって思ってさ。大丈夫、きっと合格してるよ。」と微笑んだ。

 先輩が話しかけてくれている間、何も考えられずただただ見惚れていた。

「どうした?」という言葉で我に返り、視線を大学の方に向けた。

「そうですね、きっと合格してると……してて欲しいです。」と俺の返事はトーンダウンしてしまった。

 どうしても自信があるというような事は言えなかった。


 そこからは特に会話らしい会話も無く、雑踏の中を他の受験生たちの流れに乗って大学に向かって歩いた。

 周りは1人で来ている人、親と来ている人、友達と来ている人と様々だ。俺たちはどんな風に見えてるんだろう?と隣を歩く先輩を盗み見た。

 大学の門が見えてくると、先輩が手を胸に当てて、白い息を大きく吐き出した。

「はぁ……。私が緊張してきたよ。」

「俺はもう心臓が飛び出そうです。膝も震えてきました。」という俺の声に力は無く、先輩まで届いたかは不明だ。


 大学の敷地に足を踏み入れると、ドクンと心臓が大きく鳴った。そして胃がキュッと締め付けられるような、不安や緊張が押し寄せてきた。

 そして周囲の様子も意識の中に入ってこなくなってきた。掲示板と人だかりのある辺りがぼんやりと見えている。


「……番?ねぇ、尚希くんの受験番号は?」


 俺は緊張のあまり先輩の声まで聞こえなくなっていた。慌てて鞄から受験票を取り出した。


「えっと、20186です。」

「20186番ね。で、どこの学部?」

「理学部です。」

「あれ?私と一緒なんだね。OK。」


 桃歌先輩はバスケ部時代を彷彿させる軽いステップで人を掻き分けながら掲示板に向かって行った。

 俺は桃歌先輩よりも先に結果を知りたかった。桃歌先輩の後を追うように人を掻き分けながら前の方へと移動した。

 桃歌先輩は既に受験番号を探し始めている。俺もそのすぐ近くで受験番号を探し始めた。


 20180

 20183

『20186』

 20187


 あった……


 俺は喜びより安堵の気持ちが強くて、膝から力が抜けた。そしてその番号に間違いがないことを受験票と何度も見比べた。


「きゃーー!!あったよ!ほらほら。」


 先輩は俺の肩を何度も叩いた後、両手を挙げて大喜びをしてから、俺にハイタッチをし求めてきた。


「本当におめでとう!良かったぁ。はぁ、私も力が抜けちゃった。」

 桃歌先輩は興奮して一人で喋ってる。一方で俺は口を開ける力すら湧いてこなくて、ただただ良かったと何度も呟いていた。

「ねぇねぇ、時間ある?ちょっとお茶しようよ。緊張して喉が乾いちゃった。お祝いにご馳走するよ。」

「はい、時間はいくらでもあります。でもちょっと待っててください。」


 まだ合格したという実感は湧いてこないので母親に電話をして、合格したみたいと伝えた。母親は電話越しに他人事みたいに言って、と泣き笑いしながら喜んでくれた。

 俺は桃歌先輩がお祝いしてくれるという方に意識が向いていたので、少しお茶してから帰るからと伝えて、急いで電話を切った。

 

「喜んでた?」

「泣いて喜んでました。」

「尚希くんが頑張ってた姿を見ていたからだよ。本当に良かったね。」


 桃歌先輩が昔と変わらない丸い目を猫のように細めて優しく微笑んでくれた。


 あ、今の表情を写真に収めたかった、と瞬間的に思った。


 ――


 先輩は大学近の喫茶店に連れて行ってくれた。そこへ足を一歩踏み入れると、珈琲のふくよかな香りに包まれた。そして木目調の落ち着いた雰囲気で、ジャズが静かに流れている広々とした店だった。

 店内には大学生と思われる人がちらほらといて、本を読みながら珈琲を飲んでいる。

 ここは食事の量が多くて味もそこそこな上に安いから、大学で知らない人はいない人気店なんだそうだ。

 

 案内されたテーブル席で向かい合うように座った。そして先輩がその場で「コーヒーを2つお願いします。」と注文をした。


「改めておめでとう。尚希くんが本当に大学でも私の後輩になるなんてね。」

「チャレンジ目標だったので、結構頑張りました。」

「そうするとさ、入学後には教科書が必要になるんだけど。……私の教科書を買わない?ノートも付けるよ。」

 ずいっと先輩が身を乗り出してきた。

「教科書……?」

 まだ受かった実感すら湧いていないのに、入学後の話をされても正直ピンとこない。

「洋服買ってると、すぐお金が無くなっちゃってさ。」

「後輩からお金取るんすか?」と話を合わせて渋るふりをしたが、本心では全く渋っていなかった。先輩の教科書とノートなんて頼みこんででも譲って欲しいくらいだし。


 先輩は「うーん」と唸り「スマホ出して。」と指でテーブルをトントンと叩いた。俺は言われるままに上着のポケットから取り出した。

「はい。」

 先輩は自分のスマホにメッセージアプリの招待コードを表示した。

「その気になったら連絡頂戴。」

 あ……、先輩の連絡先。

 高校時代に聞きたいと思っていたけど最後まで勇気を出すことができなかったんだ。断られたらと思うと怖くて。


 合格発表を見るためにホテルを出たところからここまでが急展開過ぎて、自分自身もついていけない。1時間前の俺に今の状況を伝えても、絶対に信じないと思う。


 その後も大学の事を色々教えてもらい、駅まで送ってもらって別れた。


 新幹線の中では先輩にお礼を伝えようと、堅い文章やフランクな文章など色々考えて悩んだ上で、無難に少々硬い形式的なお礼のメッセージを送った。

 とうとう連絡先を手に入れちゃった。

 そう思うと新幹線に乗っている間、口元が緩みっぱなしだった。

 

 家に帰ると、普段は遅くに帰ってくる父親が先に帰ってきていた。そして家族3人なりに、盛大にお祝いをしてもらえた。

 母親はそこでも泣いていた。そして父親もとても機嫌が良く、美味しそうに酒を飲みながら、グラスに向けて何度も「良かったなぁ」「頑張ったなぁ」「美味いなぁ」と目尻に皺を作って呟いていた。


 そんな家族を見ていると、動機は不純だったかもしれないけど、合格できて本当に良かったと思えた。


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