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ちょっとした一口が

 月明かりは雲に遮られて届かない。


 俺は周囲を確認し、誰も見ていないことを確認すると、そっとその2階建ての家の、一階の窓から中へ侵入する。この家は何度か周囲を確認して、人通りも少なく夜に窓を開けて寝ることがあった。多少危険かもしれないが、この近辺の住人は頭のおかしな連中が多い。だから俺がひっそりと侵入してもバレないだろう。


 そーッと、俺はその家に入り込む。靴などは当然持ってきた巾着の中に入れて腰につける。いつでも逃げられるように。そして俺の近くではこの家の住人が欠伸を響かせて気持ちよさそうに寝ている。


(はっ馬鹿め。都会で窓を開けるからこんなことになるんだ)


 俺はその気持ちよさそうに寝ている奴を馬鹿にして部屋の中に入る。この家は3人家族らしく、夫妻と小学生の子供が一人だけだ。夫婦仲は冷え切っているのか家庭内別居状態で、子供と妻はどこか違う部屋にいるのだろう。


 これは俺にとっての初の仕事(泥棒)。色々あって前職は首になってしまったのだ。しかし、おれは生きていかねばならない。豊かなこの住宅街の人々から少しだけ食事を分けてもらいたい。どこかの借りぐらしをしている者とほとんど一緒だろう。


 ほんの少し借りるだけ、俺は自分にそう言い聞かせて部屋の中を横切る。


 キィ


 扉がほんの少し音を立てて開く。俺は心臓が張り裂けそうになりながら後ろを向くが、この家の人間は起きた様子もなくいびきをかいている。


 俺は胸を撫でおろして部屋を出ていく。そして扉はそのままに俺は取りあえず居間を目指す。というよりも人がいない所を探すべきだろう。でないと見つかってしまう可能性がある。ほんの少しの物音で気付かれることもあるのだ。注意して行かなければならないだろう。


(ま、こんな簡単に侵入出来た訳だし、ここの家の人間も大したことなさそうだけどな)


 俺はそう思いつつも暗い廊下を注意深く歩く。


 そうして歩いていると台所に出たようだった。ほんのり見える台所。カーテンは開いているが、外から月明かりはない。なので外からの光は期待できない。それに明かりをつけること等もってのほかだ。そんなことをする奴は泥棒の風上にもおけない。


 俺はそう思いながら違う場所にいこうとして見過ごせないモノを発見する。


(あれは・・・)


 台所、というよりは直ぐ近くのテーブルの上、そこに薄っすらと漆を塗られたような円形のいかにも高級です。というようなものが置いてあった。


 俺はもしや、と思いそれに近づき、そっと蓋を取る。


 そこには綺麗に並べられた寿司があった。


(へへ、ラッキー)


 何の祝いか知らないが、もしや俺に対する初の泥棒成功を祝ってのことを知っておいてくれていたのか?そう思って思わず顔がにやけてしまう。


 俺は手に嵌めていたビニールの手袋を脱ぎ、適当に一つ摘まみひょいと口に入れる。持った感じ高さや重さはすごく大きい。流石高級寿司回る寿司屋の倍くらい重かった。うん。旨い。流石高級店のものだ、大きく重いだけじゃなく味までいいとは。口の中で丁度ホロっと壊れるような硬さに、刺身も鮮度が素晴らしく、多少時間を置いた程度では劣化したようには感じられない。そしてワサビのツンと・・・。俺は咀嚼を止める。


 口の中に違和感が走る。


(ん?何かワサビの量が多いような・・・?)


 そう思う間にもワサビの強烈な辛さが口の中を、更には鼻を襲う。


(んんんんんんん!?!?!?!?!!?)


 俺の頭は混乱していた。ワサビが口の中いっぱいに広がり刺激しまくっている。今すぐに吐き出したい。吐き出したいが、それが出来ないと思う俺もそこにいた。


 もしここで吐いてしまえば大きな音も出るし、残った唾液とかから個人の特定も出来てしまうだろう。だからそれを戻すなんて言うことは出来ない。だから今は何とか耐えるしかない。でも。


(あああああああああ!!!!!!)


 何でこんなに一杯入れてるんだよ!どう考えてもおかしいだろ!普通に考えたらワサビの量はこの器の中の寿司全部に入ってる分くらいある。いや、それ以上と言われても納得してしまいそうだ。


「はっはっはっはっは」


 俺は口を大きく開いてワサビが口の中にというか奥に入らないように、しかし、零れないように必死に堪える。そうやって堪えている間もワサビの刺激は俺に襲い掛かり続ける。少しでも振動を与えて寿司を動かそうものなら、固められたワサビがポロっと落ちてきて新たな爆心地を作る。


 どうしようか。どうしようというかもうどうしようもない状況なんだけど。辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い辛い。


 ちょっと体勢を維持して考えることに集中したらぽろぽろっと零れて口の中を絨毯爆撃して来る。やばい。このままいくと俺はワサビに殺される。しかし、ここで吐けば豚箱行きは確実だろう。どっちも嫌だ。だから何とか飲み込まないように、このまま維持しなければ。


 そうは言ってもここは俺の家じゃない。こうやっていればこの家の住人が入ってきてしまうかもしれない。それにここに来るまで俺は相当入念な下調べをしてきたのだ。1か月にも渡る張り込み、住人の窓の明かりが消える時間や、いびきが消えている時間。そう言った事を一か月もかけて調べ上げた。当然、そんなに頻繁にここに来ていては疑われてしまうから、多少日を開けたりしていたから毎日といった訳では無かったのだが。


 と、そんな風に今日この日にかけてきた俺の想いを考えるとそんなにすぐに諦めていいのか。いや、良くない。もしここで帰ったら泥棒に入られたと気付きこれまでの苦労がパァになってしまう。そんなことは許されない。俺がこんなにも努力して来たんだ。絶対に成功させなければ。


(よし)


 俺はそう考えながらこのまま泥棒をすることを続ける。口は相変わらずあけっぱでちょっと強めの振動を与えれば、ワサビが零れてどうしようもなくなるだろう。だがしかし、これまでの俺の震える小刻みな振動で弱い箇所はほとんど零れ落ちてしまっている。未だに山のように残っている感覚はさっきからちょんちょんと口の裏に当たる感触で分かるが、それでも歩けないほどではない。


 取りあえず金目のモノがありそうな場所に向かって俺は先を急ぐ。だが急ぐ時も細心の注意を払うことを忘れない。俺はこれからプロの泥棒になると決めたのだ。何かに当たって音を立てるといったような事はしない。口を大きく開けている所為で周囲が見にくいし、歩いている衝撃でワサビが口の中に零れてえらいことになることはあるけど、俺は耐えて歩き続ける。


 俺はせめて現金か少しでも金目のもの。ノートパソコンか、そう言った何かを少しでも持って帰らなければ。そう思う俺はやめずにはいられない。


 何とか色んな部屋をゆっくり、ゆっくりとしながら探し回る。トイレ、違う。浴室、違う。さっきの男の部屋、違う。台所やリビングはさっき俺に爆弾を投げて来たという理由で許されない。違うというか行きたくない。


 ということは2階か。こっちの方がきっとあるかもしれない。俺は気を付けながら階段を登るがそれが苦痛の始まりだった。


(ふっ!ふっ!ふっ!)


 俺は階段を一歩また一歩登るたびに腰にぶら下げている巾着が俺に衝撃を与えてくるのだ。それが辛い。当たるだけならいいがそれが口の中のワサビを壊しにかかってくるのだ。家の中を歩いている時にはほとんど慣れて零れるような事は無くなっていた。しかし、この階段を登り始めて半分を過ぎた時、それも家に良くある階段の折り返しを迎えた時により衝撃が顕著になる。


 少しこの動きに慣れていて、ワサビの辛さを忘れていたところにこれだ。俺は悶絶しながらも動けなくなっていた。それでも、ここまで登ったのだからと、諦め切れずに俺は登り出す。


 その際には巾着を手で押さえて、衝撃を来ないようにしながらにするという世紀の発明を考えついて事なきを得た。2階には部屋が3部屋あるようだ。

明日完結します。

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