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会合の準備

 みつるは掃除に追われていた。

 送られてきた布団は1階の和室に敷きっぱなし。着替えはおんぼろ洗濯機で回して部屋干しだ。

 小さい風呂には入るが、2階はそのまま。上がる時間さえ惜しかった。


「何ここ?くっさいなー」

「うん?」

 安西琴美が店に入ってきた。

「店の真ん中に水槽積み上げて何してんのよ?」

「なにって、掃除だよ。その水槽は中古だからタダであげるんだ。日曜のセールには外に出すよ」

「ふーん」

 いきなりなのでため口になってしまったが、同級生だしいいだろう。

 琴美は興味なさそうに返事をしながら、店内をキョロキョロと見渡していた。

「まだ値段が付いていないのがいっぱいあるじゃない。大丈夫なの?」

「そっちもタダだ。時間もないし、高額商品以外タダでいいかなって」

「ふーん。ろくなのないね」

 相変わらずの琴美だが、相手は人形だ。怒るだけ無駄というものだろう。

「水槽関連の物ばかりだからな。で?何か用か?」

「そうそう。最近さ、ご新規さんが増えたんだけど。聞いたらあんたに紹介されたって」

「そうか。よかったな」

「よくないから来てんじゃない」

 お客が増えたというのに、天使様はお怒りのようだ。

「そ、そうか?」

「天使とか、女神とか、気持ち悪いったらないわよ。あんたの友達でしょう。何とかしなさいよ」

「あ、ああ。注意しとく。あの、女将さんも怒ってるかな?」

 そっちの方が心配だ。

「かあさんはノリノリで喜んでいるから困ってんの」

「わ、分かった。ちゃんと言っとく」

 両手を腰に当てて仁王立ちだが、なんとも可愛い。

「私は今忙しいんだから、変なことで邪魔しないで。いいわね」

「ああ。で?何が忙しいの?」

「夏の新作和菓子に決まっているでしょう」

「そ、そうなんだ」

「ふん」

 琴美が出て行った。

「友達、ではないんだけどな」

 そんな言い訳が通用する相手ではなさそうだ。


☆☆☆☆☆


「ただいまー」

「お帰り。今夜の会合に行けるって言ってた?」

 返ってきた琴美はまっすぐ奥に向かった。

「あちゃーっ。あんまり臭いからすっかり忘れてた」

「次の会合からでもいいけど、3か月後だし、行った方がいいと思うのよね」

「早めの時間にいくように。だね」

 奥から返事をする。

「今回の商店街会長、そのあたり面倒なのよ」

「分かった。もう一回行ってくる」

 再び店を出る琴美の手には消臭剤が握られていた。



 再び、琴美がやって来た。

「うん」

「はい?」

 押し付けられたものを見ると消臭剤だ。

「全部使っていいから」

「あ、ありがとう」

「それと。今日の夕方8時に商店街の会合があるから。あんたは新参者なんだから7時ころに行って手伝いなさい。いいわね」

「は、はい」

 それだけ言うと、琴美は出て行った。

「いい方はあれだけど、親切だよな」

 口は悪いがそれだけで、ネチネチしたところがないのはいい。思ったことをすぐ口にするタイプなのだろう。

 まあ、かわいいは正義という欲目はあるが。

 彼女を見送ったササミは消臭剤を裏返し、成分表示を見た。

「見たことのない成分ばっかりだな。こんなのを水槽に入れたくないし。かといって使わないわけにはいかないか」

 ササミはポリポリと頭を掻きながらため息をついた。

「よし。消臭剤のかかった商品は全部売り飛ばして、内装も1からやり直そう。お金と時間はかかるけど、水つくりに1か月はかかるし、丁度いいだろう」

 ササミは掃除を再開したのだった。


☆☆☆☆☆


「あいつ馬鹿そうな顔してたけど、いきなり会合なんて大丈夫なの?」

 店に戻った琴美が切り出した。

「何言ってんの。かるたA級ってあなたより頭いいんじゃないの?」

「それは、そうだけど。イケメンじゃないのよね」

「イケメンなんてろくなもんじゃないわよ。それにね、男は女で変わるから面白いんじゃない。ほどほどをいい男にするのは快感よ」

「はいはい」

 美少女と呼ばれて生きてきた母の恋愛観は普通ではないようだ。


☆☆☆☆☆


 ササミは1番近い食堂に通っていた。

 買い物も夜食用のカップ麺くらいで、とにかく時間が惜しかったのだ。

「こんにちは」

「いらっしゃい安西みつる君」

 恰幅のいいおばちゃんがウエイトレスだ。

「名前を覚えてもらって嬉しいです」

「商店街仲間なんだから当然よ。でも、毎日外食で大丈夫なの?自炊とかは?」

 世話好きな人は都会にもいるようだ。

「それが、なかなか時間がなくって。あの?この近くに精米機ありますか?」

「精米機?うーん。たぶん、無いと思うけど」

「ですよね。お米も送って来たんですけど玄米のままなんですよ」

「福井だっけ。精米機なんて近くにあるの?」

「大抵どこにでもあるんですけど、さすがに東京にはないみたいで」

「じゃ、昔の方法でやってみる?」

「どういうのですか?」

「お酒の空瓶に玄米を半分ほど入れて、木の棒で突くのよ」

「ははは。無理かも」

「そうよね。ああ、いつものでいいかい?」

「はい。おねがいします」

 なんとなくだが、夕食はライスに餃子と、肉と野菜の炒め物。

 朝は味噌汁が付いた朝食セットがあり、昼はラーメンになっていた。

 変わり映えのしない食事だが、美味しいは正義だ。ササミは満足していた。


「ごちそうさまでした。そうだ。会合ってどこであるんですか?」

「早速参加するなんて偉いわね。公民館よ。裏の路地を行くと看板が見えるわ」

「分かりました。行ってみます」

 偉くはないと思うけど、誰も行きたがらないのかもしれない。


☆☆☆☆☆


 公民館に来てみると、数人が準備に追われていた。

 商会長さん発見。信用金庫の新田さんに改めて感謝だ。

「こんばんは」

「おお、笹岡君じゃないか。もしかして、会合に出てくれるのか?」

「はい。準備もお手伝いします」

「いやいや。初めは勝手も分からんだろう。ゆっくりしていなさい」

「ありがとうございます」

 いい人そうでよかったと思いながら見ていると、ただ、テーブルと椅子を並べているだけだった。

 働いている横でスマホゲームも気まずいし、中に入って机を移動しだした。

 それを見て、何も言わないが視線を向けてくる人もいる。

「あれ?違いました?」

「ううん、ありがとう」

「いえ」

 会話のない作業というのも新鮮だ。

 各人が状況を見ながら行動していて、なんか大人の仲間入りをした気分になれる。

 テーブルと椅子がセットされると座席札が置かれ、湯飲み茶わんが配置される。

 お湯を沸かす人も、お茶っ葉を用意する人もいた。

 ササミの行動を見て商会長がニヤリとしたが、早々とやってくる人もいて会議室がざわつきだした。


☆☆☆☆☆


「今のうちに入れておくか」

 ササミはスマホを取り出した。

 緊急情報です。

 安西甘露堂の娘さん、琴美さんは天使と呼ばれるのが嫌なのだそうです。

 言いたい気持ちはわかりますが、嫌われたくなければ心の中に封印をお勧めします。

 女神さまの方も、本人は喜ばれるようですが、天使様は嫌そうです。

 天使様狙いの方はご注意を。


☆☆☆☆☆


 電話が入ったのは、情報をアップした直後だった。

「おう慎二か、どうした?」

「兄ちゃんが天使とか女神とか言うなんて、珍しいなって」

「まあな。でも、一見の価値はあるぞ。春休みなんだし、見に来いよ」

「お金、無い」

「封筒に入れて渡したろ?」

「ない」

「……そっか。まあいい。そうだな。封筒で送ると母ちゃんにばれるし。頑張って銀行か郵便局へ行って口座を作れ。振り込んでやる」

「わかった」

 慎二は中2、今度3年になる。

 父親とは何度も衝突していたが、その父親が亡くなって、1番泣いたのは慎二だった。

 唯一の味方だった兄も東京へ行ってしまい、寂しくなったのだろう。

「2人をこっちに呼ぶ手もあるけど、母ちゃんは来ないだろうし、慎二だけかな。でも、そうなると母ちゃんを1人にしてしまうし。うーん」

 みつるはそっとスマホをしまうのだった。

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