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職人

「こんにちはー」

 入ってきたのは、スーツ姿のお兄さんだ。手には大きなバックを持っていた。

「お待ちしてたわ。早速紹介するわね。こちらが隣に越してくる笹岡みつる君。お店も再開よ」

「初めまして。地元信用金庫の新田三郎です」

 お母さんの紹介を受け、新田は名刺をだした。

「どうも、笹岡みつるです」

 思わず受け取ったが、なんで銀行さんが来たのかが分からない。

 ササミは女将さんに視線を向けることで聞いた。

「水道代も電気代もそうだけど、請求書が来てから毎月振り込むのは面倒でしょう?口座は必要なのよ」

「ああ。なるほど」

 そこまで考えていなかった。

「それに、お店の公共料金の引き落としを任せるならメインバンクになる。銀行マンにとっては営業成績になるから色々助けてくれるのよ」

「分かりました。なにも分からないので、よろしくお願いします」

 これが1番いい方法なのだろう。お任せした以上従うのみだ。

「こちらこそ、よろしくお願いします。早速ですが、お店の名前は決まっていますか?」

「え?」

 話が飛ぶ。東京の人はみなそうなのだろうか。

「ここの商店街は少し特殊で、個人事業主ではなく、お店とそこで働く社長という風に分かれているんです。当然、電気も水道のメーターも2つあるわけで、会社名が必要なんです」

 説明はしてくれるようだ。

「は、はい。えっと、では、シルクホワイト、で」

「シルクホワイト、ですね。分かりました。判子と身分証はお持ちですか?保険証でもいいですが」

 次から次と目が回りそうだ。

「えっと、判子はあります。免許証でもいいですか?」

「なおいいです。ではまいりましょうか?」

「は、はい」

 福井では車が無いとどこにも行けない。絶対ではないが、そんな感じなので、就職組はもちろん、進学組でも免許を取る者が多いのだ。

 出来る銀行マンは行動が早く、さっそく店を出ようとするが、ササミが待ったをかけた。


「お2人の写真を1枚、撮らせてもらってもいいでしょうか?」

「へんなことに使わないならいいけど」

 女将さんが釘を刺してきた。

「ブログをやっているんですけど、昨日の話題は暗かったので。それで、お隣にこんな美人母娘がいるぞって、自慢したいかな、と。だめですかね?」

「そうね。美人姉妹ならいいわ」

「は、はい。了解です」

「かあさん」

 ササミが敬礼をし、琴美はガックリとこうべを垂れた。

「ちょっと待ってね」

 苦虫をかみつぶしたような琴美をよそに、お母さんは手鏡を出して髪型のチェックだ。

「ほら、琴美、笑顔よ、笑顔」

「はいはい」

 ササミとしては大歓迎だが、1枚の予定が、ノリノリの母親に引きずられ、ポーズを変えたりしながら何枚も写メを取った。

「どれどれ?」

 最後に写真のチェック。だめなものは消去という厳しさだが、抵抗するだけ無駄だろう。

 ササミは素直に従い、ようやくOKが出た。

「うんうん。これでいいわ。新田君おまたせ」

「いいえ。では行きましょう」

「はい」

 内心はどうであれ、出来る銀行マンは笑顔だ。

「いってらっしゃーい」

「行ってきます」

 琴美は何も言わなかったが、2人に見送られて店を出て行った。


☆☆☆☆☆


「いい子ね。あんな息子が欲しかったな」

「美人姉妹、だもんね」

「迷惑をかけたお詫びよ」

「はいはい」

 二人を知らないお客からはお姉さんですか?と聞かれたこともある。

 母親が若いというのはいい事だが、逆に自分がふけて見えるとも取れ、琴美としては複雑なのだ。

「それより、かあさん?」

「なあに?」

「うちも店と社長なの?」

「あら、知らなかったの?」

 不思議そうな顔をするが、教わってないのだから当然だ。

「初めて聞いたわよ。でもさ。かあさんが社長なら、私は専務とか?」

「何でたまにしか手伝わないあなたが専務になれるのよ。それこそ不正経理よ。あなたはただのアルバイトよ」

 みつるに出したお茶を片付け、奥に向かいながら言葉を返した。

「うーん。まあいいや。でさ、アルバイトなら給料は?貰ってないよ」

「あなたに渡したら全部使っちゃうじゃない。結婚資金に貯金してあります」

「横暴だ。私のお金なのに」

 母の背に思いっきり文句を言った。

「子供が家の手伝いをするのは当たり前です。でも、そうね。売り上げがうんと上がったら、みんなにボーナスを出してもいいわ」

「やったー!」

 琴美はすでにもらった気でいるが、どれだけ売り上げたらいいのか、どうすればいいのかさえ考えていなかった。


「作業場に行ってくる。作戦会議」

「邪魔しちゃだめよ」

「分かってるって」

 琴美は裏手に向かった。

 作業場には5人の職人たちがいて、和菓子を作っていた。

「タクさん、相談があるんだけど、今、いいかな?」

 職人頭の新見卓三は手を止めて琴美を見た。

「構いませんが、お嬢さんの相談相手が務まるかどうか心配ですね」

「そんなことないって。あのね、かあさんがね、うんと儲かったらみんなにボーナスを出すって。だから、何かいい知恵がないかなって思ったの」

「なるほど。それは嬉しいお話ですね」

 本当にうれしいのではなく、琴美の話に合わせたような感じだ。

「でしょう?どうかな?なんかない?」

「その前に」

 卓三は首だけを回して職人たちを見ると、彼らは止まっていた手を慌てて動かした。

「これは和菓子全般に言える事ですが、客層が年配者に偏っています」

「うちは若い人も来るよ?」

 不思議そうに問い返した。

「それは奥様やお嬢様の魅力でしょう」

「そんなことないと思うけど」

「すぎた謙遜やうぬぼれは判断を誤りますよ」

「ごめんなさい」

 琴美は上目使いをしながら頭を下げた。

「若者向けの和菓子は全ての和菓子職人が考えている事です」

「そうなんだ」

 美少女の上目使いという必殺技は卓三には効かないようだ。

「うちには若いものが多くおります。いい機会ですし、春の新作菓子は従来通り私が作りますが、夏の新作を任せてみるのはいいかもしれません」

「いいの?」

 両手を合わせて満面の笑顔のも、卓三はの表情は変わらない。

「はい。若い者が好む見た目や触感、味に対する感性は私よりも上でしょう。作る方は彼らに任せ、お嬢様はそれをどう販売するかをお考え下さい」

「分かった」

「ただし、売れすぎてはいけません」

「え?たくさん売れたほうが儲かるよ?」

 琴美は小首をかしげた

「うちは手作りの和菓子屋です。原料となる大豆や砂糖を吟味するのは無論のこと、作業工程1つ1つに手を抜くことはありません。新作が売れすぎると本業に影響が出て、味が落ち、お店がつぶれます」

「わ、分かった」

 これは重要なことを聞いたと、しっかりと頷いた。

「仕事に戻ってもよろしいですか?」

「ごめんなさい。ありがとう。そうだ。タクさんのことさあ。お父さんと呼んでもいいよ」

「はい?」

 初めて卓三の表情が変わった。

「お母さんのこと好きなんでしょう?母さんもまんざらじゃないみたいだし、あとは娘の私しだい。OKだから頑張ってね」

「年寄りをからかっちゃいけませんよ」

「いいから、いいから。じゃね」

「……」


 スカートのすそを翻して走り去る琴美を見送り、やれやれとつぶやきながら再び振り返った。唖然としている職人たちをひと睨みして仕事を再開させたのだ。

「さてと、どうしたものか」

 彼らは真剣に作業をしているように見える。だが、心ここにあらずだ。卓三は腕を組み、しばし悩んだが、やがて大きく息を吐いた。

「ちょっと手を止めろ」

 職人たちが一斉に手を止めた。

「お前たちの給料はよそに比べれば5割は高い。うちの店が儲かっているからだが、それは奥さまやお嬢様に魅力があるからだ」

 そう言って言葉を切った。

 ここまではみな分かっていることだ。

「店に並んでいる和菓子はよそと同じ。つまり、お前たちは実力もないくせに給料だけが高いんだ」

 皆がうつむいた。その通りだったからだ。

「夏の新作和菓子。お嬢様を笑顔に出来ないような奴は給料泥棒として叩き出す。そのつもりで取り組め。いいな」

「「「「はい!」」」」

 新作を任されることは憧れであり、名誉ですらある。

 全員の目がキラキラと輝いた。

「作業開始」

「「「「はい」」」」

 作業場は活気に満ちた。


☆☆☆☆☆


「ふいーっ、疲れたー」

 ササミはビジネスホテルに戻っていた。

 新田三郎さんにあちこち引きずり回されたのだ。

 最初に行ったのは工務店だ。

 シャッターを何とかしないと泥棒に入られる。早急にお願いする必要があったのだが、言われるまで気が付かなかった。

 ご近所付き合いもあるだろうと店の改装もお願いしたら、入り口はコンパネで応急処置となった。

 ブリーディングルームにはこだわりがあるので、これで親父の遺産も消えるかもしれない。

 見積りしだいだが、分割払いにしてもらうか、母に仕送りを頼むかになる。

 それだけは回避したいと思っているのに、次に行ったのは服屋だ。

 安物でもスーツ姿になることで、若くても信用できると思ってもらえるらしい。

 商店街の会長さんに挨拶をしてから信用金庫。支店長さんに挨拶だ。

 そして商業登記。

 新しい店を作ってもいいが、負債がないらしいので社名変更で引き継ぐことにした。

 というか、店は長く続いている方が信用があると言われてそうしただけだ。

 業務内容も確認した。

 予想通り、魚類だけでなく爬虫類も登記されていた。

 驚いたのは輸入販売の項目があった事だ。

 今のところ、海外から輸入するものなど見当もつかないが、せっかくなのでそのままだ。

 追加したのは卸売。

 飼育方法を教わった先生が熱帯魚店のチェーン店をしていて、繁殖させたグッピーをそこに卸していたからだ。

 その後ライフラインを復帰させて終わりかと思ったら、今度は都内の問屋さん周りだ。

 お客とはいえ、最初は足を運ぶのが礼儀らしい。

 そして、夕食を御馳走になってようやく解放されたというわけだ。

 信用金庫の新田三郎さんはやはりできる銀行マンだった。


☆☆☆☆☆


「さてと、店売りでどこまで稼げるかが勝負だな」


 えっと、昨日ぶりです。

 使わない水槽や商品が山ほどあるので、次の日曜日に在庫の一斉処分セールを行います。

 中古水槽は無料で、新品の商品は約半額です。

 なお、入り口のシャッターは警察に壊されたので、べニア張りで、マジックで社名を入れてあります。


写真添付

 この写真はお隣の安西甘露堂の母と娘さんです。

 第一印象はお人形さんでした。

 女神と天使。陳腐な言い回しですが、そうとしか言いようがありません。

 一見の価値あり。いや、和菓子をお買い求めください。会話できます。

 母親の方から、姉妹と紹介しなさいと、悪戯っぽく言われました。

 娘さんの方は、そんなことないと唇を尖らせそっぽを向かれました。

 何杯でもご飯が食べられそうですが、独り占めはしません。

 お隣のお店ともども、ご来店をお待ちしております。


『シルクホワイト』

 開店前セールの準備中です。


 後、初心者と雑学目的に熱帯魚飼育講座です。


 1回目は水槽です。

 最低限であれば、金魚が飼える水槽にヒーターを入れればOKです。

 独断と偏見でおすすめするのは、約1万円の60センチのスタンダード水槽セット(60×30×36)です。

 水槽が小さいと水替えが増え、大きいと水替えが大変です。

 セットなので、水温計から塩素除去剤、バクテリアも入っています。

 おしゃれ重視なら、30センチのガラス水槽があります。

 机に置け、外掛け式フィルターにLEDライトは神秘的な水景を演出してくれます。


 その他として、砂利と水槽台があります。

 砂利は安い大磯砂です。

 注意するのは大きさで、荒いとゴミが入り込み、砂状だと水替え時に舞うので大変です。

 少し値段は張りますが、白い砂や黒い砂はかっこよく、苔が付きにくいものや、水草用などもあります。


 水槽台は下駄箱でもいいですが、70キロほどになるので扉は開きにくくなります。

 自作の場合は、口型ではなくⅡ型にして、裏に白べニアをくぎ打ちし、表はTの止め金具を付けると安心です。

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