1殺人犯と間違われた少年
『拳銃を持った凶悪な殺人犯がこの付近に逃げ込みました。ご注意ください。繰り返します。凶悪な殺人犯がこの付近に逃げ込みました』
パトカーが商店街のアーケード内まで入ってきた。
スピーカーから流れる声に、買い物途中の人たちは心配そうにあたりを見渡しながら道を開けていた。
駅に近い商店街。郊外にショッピングモールが出来たものの、都心まで電車1本なので人口も多く、50軒近い店が軒を連ねた大きな商店街だった。
その中で最も有名なお店といえば、真ん中あたりにある安西甘露堂という和菓子屋さんだろう。
なにしろ女将さんがとびきり美人なのだ。
元ミス日本の和風美人で未亡人とくれば、おっさんたちの鼻の下が伸びるのも仕方がない。
加えて、一人娘がこれまた美少女なのだから、100円の一口饅頭でさえ極上品に格上げされるというものだ。
ショッピングモールが出来た時にいくつかのお店が移転した。
この二人がいるだけで集客が見込めると熱い勧誘があったが、それを断った事も人気を上乗せされる一因だった。
「母さん!母さん!」
甘露堂の店番をしていた安西琴美が大きな声で母親を呼んだ。
「なんですか、大きな声を出して。はしたない」
奥からのんびりした声が返ってくる。
「いいからこっちきて!早く!早く!」
店に入ってきた母は琴美が椅子に座ったままなのを見て眉をひそめた。
「もう大学生なのよ、店番くらいちゃんとやりなさいよね」
「あれ見て!あれ!」
琴美は母親の小言を無視し、必死な形相で横窓を指さした。
「窓がどうしたの?」
釣られるように窓を見るが、その向こうはお隣さんだ。
人が通れるかどうかという空間を開け、今は無人の熱帯魚屋さんがあるだけだった。
だが、よく見れば、小さな窓の中にうっすらと灯りが揺れていた。
誰もいないはずのお店に人がいる。言葉をなくした二人の耳に、再びパトカーの声が聞こえた。
「「きゃーーーー!!」」
母と娘は脱兎のごとく店を飛び出し、パトカーに助けを求めたのだった。
☆☆☆☆☆
熱帯魚店の前にはジュラルミンの盾が並べられ、完全武装の警察官が取り囲んでいた。
その後ろには野次馬とマイクを持った報道陣。裏口のある路地も同様で、空にはヘリまで飛んでいた。
熱帯魚店のシャッターがほんの少ししか開いていないことが、中にいるのが不審者である証だった。
「犯人に告げる。お前はすでに包囲されている。武器を捨てておとなしく出てきなさい。繰り返す。おとなしく出てきなさい」
ハンドマイクが向けられた店の中にはまだ若い青年がいた。
警察の声は聞こえていたが、まさか自分のことだとは思っていない彼は、暗い店内をスマホの明かりだけを頼りに見渡していた。
「こりゃ、ひでーなー。魚はおろか水草まで腐ってドロドロだ。このまま流すと間違いなく詰まるぞ」
外の騒ぎを知らないせいで、実にのんびりしたものだ。
「奥は部屋か。キッチンと、小さいが風呂もある。2階もあるのか。階段が埃まみれだ。こりゃ、掃除が大変だな」
そんなことを言いながらスマホを電話に切り替えた。
「ああ、母ちゃん。今、店の中に入ったとこ。うん。水槽は全滅でひどい匂いだし、奥の部屋も埃が積もって白くなってる。電気も水道も止められているみたいだし、布団を送るのはちょっと待って。うん、うん。分かった。そうする」
電話を終え、裏口から出ようとした時だった。
ドカン、ドカンと表のシャッターが壊される音が響き、それと同時に裏口から警察官がなだれ込んできた。
「な?な?な?」
訳も分からず立ちすくむ青年目がけ、警察官のヘッドランプが一斉に飛び掛かってきた。
「痛い!痛い!痛い!」
床に押し倒され、両腕を背中にねじられて文句を言うゆとりもない。
「被疑者確保!確保!」
刑事ドラマのようなセリフも、痛みにあえぐ青年には聞こえていなかった。
☆☆☆☆☆
「拳銃はまだ見つからんのか?」
「まだです。申し訳ありません」
警察署では取り調べ担当の警察官が上司に叱られていた。
「被疑者の様子は?」
「はっ。親戚の店だとの一点張りですが、肝心の店主の名前が言えないのですから話になりません。すぐに化けの皮を剥いでやりますよ」
「逮捕の様子はマスコミに流れている。早急にな」
「はっ」
担当警察官は必ず自白させてやると意気込んでいたが、事態が急変した。
「被疑者が逮捕されました!」
近くで電話を取っていた警察官がそう告げたのだ。
「「はあ?」」
二人の声がそろった。
「もしもし、詳しい情報を。はい、はい、はい」
電話をしながらペンを走らせ、メモ紙が2枚3枚と増えていくのをただただ見守るしかなかった。
簡単にまとめると、真犯人が盗んだ車で逃走中に事故を起こしたらしい。
別の犯人ではないかとの希望も、車内から拳銃が発見され、問い詰めるとあっさり自供したというので消えた。
二人はそろって大きなため息をついた。
「他所の管内とは、最悪だな」
「……」
警察署には管轄という担当区域がある。
管轄内での逮捕なら多少のごまかしもきくが、それが出来ないのだ。
「覚悟はしておけよ」
「……はい」
機動隊まで動員して未成年者を誤認逮捕。上司はその責任を押し付けるつもりらしい。
その場を辞した担当の警察官はトボトボと取調室に向かうのだった。
「その、何だ。君の無実が証明された。もう帰っていい」
「はあ」
何を言ってもお前が犯人だろうと言われ続けていた少年は疲れ果て、そんな言葉を返しただけだった。
「個人的にはすまないと思うが、警察官としては職務を全うしただけだ。諦めてくれ」
「あ、はい」
抗議する気力もないうえに、田舎から出てきたばかりの青年が警察官にそう言われてはうなずくしかなかったのだ。
彼は昼食に食べたカツ丼が、卵じゃなくソースが良かったな。などと言いながら警察署を出て行った。
☆☆☆☆☆
入れ替わるように警察署に現れたのは安西琴美とその母だった。
「ご足労頂いて恐縮です」
「犯人は彼じゃなかったと、お聞きしましたが?」
取り調べではないので会議室だ。母親が対応していた。
「ええ。しかし、犯人はすでにつかまりましたのでご安心を」
「それは、それは。お疲れ様でございました」
「ありがとうございます」
母親はのんびりとしていたが、琴美はガバッと顔を上げた。
「あ、あの。私たちはその。誰もいないはずのお隣に誰かいるようだと言っただけで」
「おや?琴美さんでしたっけ、嘘はいけませんよ。凶悪犯が隠れているから助けてと。そう言ったと聞いておりますよ」
「す、すみません」
琴美は肩を落してうつむいた。
「気が動転していたのでしょう?分かりますよ。確認を怠ったこちらに落ち度があります。罪には問いませんから安心してください」
「はい」
彼女の不安などお見通しのようだった。
「私は責任を取らされて減給の上、交通課あたりに左遷でしょうかね」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。そこでですね。始末書とまではいきませんが、顛末書の作成に、ご協力いただけないかと思いましてね」
「それはもう、ねえ、母さん」
「ええ、ええ。協力させていただきますとも」
「それはどうも、ありがとうございます」
安西親子はあたりが暗くなるまで警察署を出ることは無かった。
☆☆☆☆☆
「腐っていても仕方ない。久しぶりにブログ更新しておくか。まったく、パソコンが無事でよかったよ」
ビジネスホテルに入った青年はノートPCを取り出した。
皆さんお久しぶりです。ササミこと、笹岡みつるです。
まずは読んでくださる方に感謝申し上げます。
父親の死と大学受験が重なった中、なんとか合格をはたしたことでホッとしています。
人に自慢することではありませんが、よく頑張ったと自分をほめたいと思います。
そして、母と相談の結果、父の遺産のうち、自分の分を使って勝負することになりました。
以前お話していたグッピーのブリーダーです。
しかも、母の遠い親戚に熱帯魚店があるとの事。
1年前に店主がなくなり、処分に困っていたそうで買い取ったのです。
そう、俺の店です。店主になりました。
学業もあるので、ブリーディングルームにして通販で行く予定です。
希望者にはこのホームからも販売しますが、ここでは水槽の立ち上げや飼育方法などを紹介したいと思います。
そうそう、今日は下見に来たのですが、事件がありました。
何と、不法侵入で警察につかまったのです。
笑えないのは殺人容疑までかかった事です。
大勢の警察官に押し倒され、腕がまだ痛いです。
パトカーに乗ったのも初体験でした。
照り調べ室では、何を言っても、お前が殺したのだろうとしか返ってきません。
もう、いやだー!って感じでした。
すぐに真犯人が捕まったからよかったものの、あのままだと自供しそうでした。いや、マジで。
ようやくホテルに帰ってきて、夕食を取って今です。
今日は疲れたのでもう寝ますが、おちついたらまたアップします。
ちなみに、お昼に出たカツ丼は自腹でした。
熱帯魚関係の質問はメッセージにてお願いします。
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可能な限りお答えしますので遠慮なくどうぞ。