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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第六章 異世界観光旅行
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飽雨前線

 エルフの国を拠点にしてから十数日が経ち、食料の限界を迎えようとしていた。

 数日前にアレンシア王都へ帰還する予定だったのだが、外は雨が降り続けている。

 この世界で初めての雨に、降りはじめた時はテンションが上った。しかし、毎日止むこと無くしとしとと振り続ける雨に、今は少しうんざりしている。


「今日も止みませんね」


「ああ。いつ止むんだよ……」


 日本の雨と違い、降りそうな空気という感覚が掴めない。常に湿った空気が流れ、空の機嫌も読みにくい。

 天気予報などというシステムはもちろん存在しないので、雨は突然降っていきなり止む。


 食料の都合を考えると、そろそろ王都に帰りたい。外で食料を探すくらいなら、濡れながら帰った方がマシな気がする。1日走れば乾燥地帯なんだ。そこに辿り着けばすぐに乾く。


「予想もできないな。

 アレンシアの降り方ではないからな。こんなに雨が続くことは無い」


 リリィさんが雨が吹き込む窓辺に立ち、空を見上げてながら言った。

 外は小粒の雨が絶えず降り続けている。日本の梅雨に似た降り方なのだが、もしかしたら雨季に入ったのかもしれない。


 不思議なのが、雨が部屋の中にどんどん入ってきているのに、床には雨による劣化が見られなかった。数百年間雨が吹き込んでいたはずなのに、苔1つ生えていない。

 状態保存の魔法は、かなり強力らしいことが(うかが)える。



「ねぇ、転移の魔法で王都に帰って、食料を買ってきてよ」


 クレアが無茶なことを言い出した。

 この宮殿の図書室で、転移について書かれた何冊かの本を見つけたのだが、結果は(かんば)しくない。

 相変わらず意味不明な小難しい言葉が並んでいるだけで、理解に至っていない。


「まだ無理だよ。そう簡単に使える魔法じゃない」


「そうなの? あんたなら簡単だと思ったんだけどね」


 クレアはだるそうにテーブルに突っ伏している。降り続ける雨のせいでやる気が出ないらしい。

 今はだらけているが、ここを拠点にしてから数日間、クレアはずいぶんと働いてくれた。拠点の部屋の掃除から始まり、この宮殿全体をきれいに掃除してくれたのだ。

 今はアレンシアの王城のようにキレイになっている。食料の問題さえ解決できれば定住できそうだ。


 宮殿内の探索も終わった。拠点にしているような小部屋が一階に12部屋、二階に10部屋あった。二階には、大きな倉庫のような部屋と、豪華な大部屋がある。

 クレアはこのすべての部屋を1人で掃除したのだ。大変な重労働だったと思う。


 俺とルナは図書室で本を読み、リーズとリリィさんは宮殿の仕組みについて調べていた。暇になったクレアは、掃除をすることで時間を潰していたのだ。

 そのおかげで風呂やトイレは早々に使える状態になり、とても快適に過ごすことができた。王都に帰ったら、何かお礼が必要だな。



「濡れてもいいから外行きたーい!」


 リーズは屋内に居ることに飽きてしまったみたいだ。

 正直、俺も少し飽きている。濡れてもいいから外に出たい。薄暗い図書室に籠もっていると、気が滅入ってしまう。たぶんリーズも同じ思いなのだろう。

 リーズたちが調査している宮殿の仕組みも、まだ全容が解明できていない。かなり根気がいる作業のようだ。気分転換が必要だな。


 しかし、この世界では風邪を引いたら面倒だ。不用意に濡れたくない。


「もう、そんなことをしたら風邪を引きますよ!

 リリィさんも、そんな所に居たら濡れてしまいます!」


 ルナがリリィさんを窓際から引き剥がし、椅子に座らせた。

 この世界では、怪我はすぐに治っても病気になるとコロッと死ぬ。病院のシステムが確立していないからだ。


 でもポーションのような魔法薬があるから、薬に関しては発達しているかもしれない。


「なあ、風邪を治す薬はあるのか?」


「もしそんな薬が作れるなら、王都に大豪邸が建つわね」


 無いらしい。どうやらノーベル賞クラスの発明みたいだ。地球でも風邪を根治する薬は開発できていないみたいだし、仕方がないだろうな。


 他愛もない話を続けていると、突然マジックバッグの中が騒々しい音を立てた。スマホが暴れているようだ。心当たりはエルフの長老しか居ない。

 バッグからスマホを取り出して画面を確認すると、やはりエルフの長老だった。


「もしもし」


 この世界には『通話』という概念がない。そのため、通話時のお約束が定着していないのだ。絶対に日本の『もしもし』を流行らせてやる。


『お……? ん……? これで話せるのか?

 なんじゃ? んん?』


 長老はスマホの向こうで酷く戸惑っている。爺さんにとっては初めてのスマホだ。使い方は説明したが、通話をするのはこれが最初だ。


「聞こえているぞ。どうした?」


『むっ! んん? これか!』


――ブツッ!


 切れた。

 操作を間違えて通話終了してしまったらしい。こちらから呼び出すと、長老はすぐに応答した。


『むっ! 聞こえておるか? おーい! おーい!』


 爺さんの大声で耳が痛い。まるで川の向こうにいる人に声を掛けるような大きさで喋っている。


「そんな大声を出さなくても聞こえている。用件はなんだ?」


『むっ……。そうか。これでどうじゃ? 聞こえておるか?』


「ああ、問題ない。何の用だ?

 村で何かあったのか?」


『そうじゃない。エルフの国の調査はどうなっておる?

 お主から何の音沙汰も無いからのう。儂から連絡をしたんじゃ』


 この爺さんは、思っていたよりもせっかちな人だな。どうせすぐに直接会うというのに、待ち切れず聞いてきたらしい。


「そう急がなくても教えるよ。今俺たちはエルフの国の宮殿に居るんだ」


『何っ? 見つかったのか? どこにあったのじゃ?』


 爺さんが矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。ちょっと鬱陶しいな。スマホでは煩わしいから、直接会った方がいいだろう。

 王都に直行しようと思っていたが、エルフの村に寄ってから王都に帰ろう。


「詳しくは後日だ。帰りに村に寄るよ」


『……ふむ。承知した。では待っておる』


 爺さんは不承不承に通話を切った。かなり気になっているようなので、できるだけ急ごう。

 しかしエルフの村に滞在することを考えると、食料がかなり厳しい。途中で狩りをする必要があるな。



「帰りにエルフの村に寄ることになった。雨が弱まったらすぐに出よう」


「はーい!」


 リーズが笑顔で元気良く返事をしたが、これは外に出たいだけだな。


「食料、大丈夫ですかね……?」


 ルナが心配そうに呟いた。

 俺達の食糧事情は全員が把握している。危機感を覚えていないのはリーズだけだ。リーズは悪い意味で野生児だから、食料が無くなったらその辺の植物を適当に食べそうだ。注意して見ていよう。


「あまり良くないな。どこかで狩りをしてから村に行こうと思っている」


 この辺りで食べられそうな物があればいいのだが、植物も魔物も、全く見たことが無いものばかり。アレンシアには資料すら無いようで、全員が見たことが無い物だった。

 食べられそうな雰囲気だが、すべて食毒不明。地球に居た頃から不明なものは口にしないという原則で行動しているので、この周辺の物には手を出さない。


 雨さえ降っていなければ、食毒の確認をするのになあ。地球と同じ法則なら、3日でおおよその判断ができる。次回はしっかりと確認しよう。


「アレンシアの領土に入るまでは狩りも無理ね。

 ミルジアで食べられている魔物は、ほとんどが西側で獲れる魔物なのよ」


 東側は荒野だ。生えているのは薬草ばかりで食料になりそうな物が何もない。水すらも無く、かなり厳しい環境だった。

 薬草なら食べられそうだが、ちゃんと加工しないと微妙に毒があるらしい。水が少ない土地で下痢にでもなれば命に関わるので、やはり食べられない。


 アレンシアなら、いくらでもうさぎが居る。そこまでは我慢しよう。


「あまり濡れたくないが、雨が弱まったら出発しよう。全員、外套を出して準備をしておいてくれ」


 マジックバッグから外套を取り出し、椅子に掛けた。早くから出しているのは、不備がないかをチェックするためだ。ハンガーが欲しいな。今度作ろう。

 外套は防水布でできていて、軽くて丈夫だ。まだ使ったことがないのだが、魔物素材の防水布なら長時間雨に晒されても問題無いだろう。


 俺が普段着ているロングコートでも雨をしのぐことができるのだが、雨具としての外套も買ってある。ベタな西洋のマントのような形だ。

 ルナたちの外套は、薄いオレンジ色のストールみたいな物だ。肩に回してピンで留め、ポンチョのようにして着る。


 もし何らかの理由でテントやシュラフをロストしてもいいように、どちらも緊急時の寝具としても使えるような形状を選んだのだ。



「みんな同じ色にしてしまったのは失敗ですね……」


「そうね。これじゃどれが誰のか分からないわ」


「え? 匂いでわかるよ?」


「は?」


「……嗅がないでくださいね?」


 使い回しが利くようにと思って同じ色にしたのだが、逆効果だったみたいだ。王都に帰ったら色違いで買い直そう。

 でも、戦隊ヒーローみたいにならない? それはそれでいいか。



 身の回りを整頓して、いつでも出発できるように準備をした。


 と言っても道具や食器などは、使わない時は常にマジックバッグに仕舞ってある。そのため、俺たちの周囲は常に片付いている。ただしリーズは除く。

 リーズの近くにクレアがいれば問題なく片付いているのだが、クレアが離れた次の瞬間にはもう散らかっている。


 クレアがトイレに行き、戻った時にはすでにリーズの周りが魔窟になっている。そのあまりの速さにクレアが唖然としていた。

 この2人は近くにしておかないと危険だな。


 リーズは一つのことに集中し始めると、周囲が一切見えなくなる。その集中力は驚嘆に値するが、その分他のことには全く目が行かない。

 出した道具は片付けない、出したゴミも片付けない、そして次から次と道具や材料を出し、結果的に魔窟が形成される。


 リーズはクレアの母マリーさんと同じタイプだ。

 逆にルナとリリィさんは意外とキレイ好きで、作業中でも周りがあまり散らかっていない。たぶん天才型と努力型の差だろうな。



 急な出発に備えたところで、今日の活動を終える。すべての部屋をきれいに掃除したのだが、使っているのはこの部屋だけだ。なぜかなんとなく使わなかった。

 どこか旅行気分だったのだと思う。旅行に来て個室というのは寂しいからなのか、全員が自然とこの部屋に集まっていた。


 次回は遠慮なく全部屋を使おうと思う。現状、俺たちしか来ない場所だ。不要な荷物もここに置いていけば楽だな。鍵や結界を復活させて、別荘にしようかなあ。

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― 新着の感想 ―
[一言] もう結界が無いのだから、いろんな人が来るんじゃないかな。
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