番外編 女子会
エルフの宮殿の中にある図書館で、転移魔法の手掛かりになりそうな本を発見した。ルナからメモを借りて、しばらく研究を続けている。
研究が遅々として進まない中、ふと思い立って浴場に行くことにした。宮殿は正常に動作する魔道具が多くあり、上下水道も機能している。そのおかげで、大浴場やトイレが使える。
浴場は男女別のため、俺は1人で広い男風呂を占領していた。
湯船に浸かってぼんやりとしていると、隣の女風呂からこもった声が聞こえてきた。女性陣も風呂に来たらしい。
「やはり、広い風呂はいいな。ここに定住したいくらいだよ」
「リリィさん……いつ見ても立派です……」
「ん? 何のことだ?」
「ないものねだりは良くないわよ?」
「無くはないですっ!」
声をかけようとしたのだが、俺には入りにくい話題だった。ここで声を掛けると気まずいので、気配を消して知らないフリをしようと思う。
しかし浴場の反響で、誰の声なのかがよく分からない。口調で推測するしか無いな。
「コーは何をしてるの?」
「コーさんなら、しばらく1人で転移の魔法を研究すると言っていましたよ」
「ふむ。あの訳わからん魔法のことか。研究したところで、何か分かるとは思えないな」
「そんなに難しいの?」
「そうですね……。出てくる単語の意味すらも分かりませんから、すぐに理解できるものではありません」
俺の話題だ。また声を掛けにくいな。このまま気配を消し続ける。
転移の魔法の説明は、小難しい言い回しのせいで暗号のようになっている。わざとわかりにくくしているんじゃないかと邪推するレベルだ。
「ルナとリリィは手伝わないの?」
「いや、私が居たところで、何の役にも立たないだろう」
「そっかぁ。宮廷魔導士だもんねー。魔道具の事しか分からないかぁ」
「リーズ君は少し誤解しているみたいだね。宮廷魔導士だって、少しは魔法の研究をしているぞ」
「そうなの?」
「そうですね。魔道具は、魔法の効果を誰にでも簡単に使うための技術です。
魔道具の効果と同じ魔法が使えないと、エンチャントが難しくなります」
「へー」
「いや、リーズ君も魔道具職人だろう。なぜ知らないんだ?」
「あたしは、教えてもらう前にクビになっちゃったから……」
「……悪かった」
「リーズさんには才能があると思います。落ち込まなくてもいいですよ。
お茶を冷やしておきましたので、皆さんもどうぞ」
「ありがとっ!」
風呂場でお茶かあ。冷えたお茶は良いかもしれない。今度は俺も持ち込もう。お茶が入った水筒を井戸水に浸けて冷やすだけだが、それでもよく冷える。
リリィさんやルナが役に立たないとは思わない。できれば手伝ってほしいけど、無理強いできないから1人でやっている。
ルナもリリィさんも、魔法が使える。でも2人が使う詠唱魔法は俺には理解できないので、どれくらいの腕前なのか分からない。使徒に指導するくらいだから、上手い方なんだと思う。
リーズはどんなゴミでも魔道具にするだけの才能がある。そして、下手だがそのゴミにエンチャントすることもできる。とんでもなく器用だ。才能だけなら俺たちの中で一番上だと思う。
でも如何せん行動がアホだからなあ。設計や細かい調整のような、落ち着きと知識が物を言う作業は難しいだろうな。
「で、研究はどうなの? どれくらい掛かりそう?」
「おそらく、少なくとも十年は掛かると思います。もしかしたら死ぬまでに終わらないかもしれません」
「そう……もしかしたら、王都に帰る時は転移の魔法になるかもしれないわね」
「……話を聞いていました?」
「いや、あり得なくは無いだろう。コー君ならやりかねない」
「もう、リリィさんまで……でも本当にやりそうです」
いや、あり得ないだろ。マジで難しいんだよ。期待に添えなくて残念だが、帰りは徒歩だ。でも、さすがに十年までは掛からないと思う。
「ところでクレア君は結婚しないのかい?」
「何よ! 急に!」
拙い……聞いてはいけない話になってきた。ここから立ち去りたいが、今動いたら絶対に気配を悟られる。
もうのぼせそうだが、もう少し気配を殺しておこう。
「クレア君もそれなりの歳だろう?
そろそろじゃないのか?」
「相手が居ないわよ。アタシはずっとソロだったし、パーティを組んだとしても叔父さんたちとだけよ」
「ふむ。しかし縁談が無かったわけではないだろう?」
「無いわ……」
「……悪かった」
「こんさんじゃダメなの?」
「は?」
「え……?」
「ダメでしょ。ルナが居るんだから」
「ダメではありませんが……ダメです」
「コー君なら優良物件じゃないか。あの歳で騎士相当の身分というのは、なかなか居ないぞ」
「身分のこと、リリィも知っていたのね。でも、全く敬う気が無いわよねぇ?」
「そりゃそうだ。宮廷魔導士の中に貴族を敬うヤツは居ないぞ」
「何で?」
「宮廷魔導士たちは、王族や貴族から無理難題を押し付けられるんだ。
それを聞いていくうちに、敬う気なんか無くなるよ」
「無理難題って、例えばどんな?」
「そうだな……大切なお見合いがあるからと言って、『3日で身長をこぶし2つ分伸ばせ』という依頼が来たな」
「はぁ? どう考えても無理でしょ。魔法薬でも不可能よ」
「確かあの時は、『垂直に髪の毛が伸び続ける魔道具』を作りましたよね?」
「ああ、髪の毛も体の一部だからな。カッチカチの髪の毛が、あっという間にこぶし2つ分伸びるんだ。タケノコのようにニョキニョキと伸びたぞ」
「はい……。そのせいで依頼者のカツラが浮き上がって、大事件になりました」
「しかも、生えてほしい部分からは生えなかったんだよな。お気の毒に……ふっふっふ」
「そんな他人事みたいに言わないでください!
あの後、本当に大変だったんですから……」
エゲツないな。確かに無茶な依頼であることは間違いない。でも、身長を伸ばすということは解決していないうえに、ハゲまで暴露されてしまったのか……。
たぶん依頼者は、その縁談をどうしてもまとめたかったはずだ。そこでカツラが浮き上がって……考えただけでも面白……じゃなくてお気の毒に。
「ねぇ、リリィはどうなのよ。アタシより年上でしょ?
婚約者くらい居るのよね?」
この言葉遣いはクレアだな? 話を戻すんじゃない。せっかく話題が変わったのに、また聞きにくい話になったじゃないか。
「私も居ないよ。
でもそういえば、一度だけ縁談が断れないことがあったな。相手は貴族の三男だ」
「そうなんですか? 初めて聞きましたよ」
「ああ。ルナが宮廷魔導士になる前、今から5年ほど前の事だ」
「今の私と同じくらいの時ですね」
「そうだな。でも相手が40過ぎのおじさんでなぁ」
「うわ……嫌な予感しかしないわね……」
「私も覚悟を決めて向かったんだが、初めて会った瞬間『ババァは帰れ!』と言われてしまったよ」
「え……?」
「どうやら、そいつの中では12歳を超えたらババァなんだそうだ」
「クズね」
「バカだねー」
「どうしようもないですね……」
「でも向こうの都合で破談だったから、私には何の被害も無かったよ。
おかげで縁談を断る口実ができた。それからはすべての縁談を断っている」
うーん、そのおっさん。同じ男としてもどうかと思うな。一生独身で過ごしてくれ。むしろ一生家から出ないでくれ。
「リリィは結婚する気無いの?」
「いや、いずれしたいとは思っているぞ。
でも、来る縁談が貴族かその関係者ばかりでな。正直、私には魅力的に思えないのだ」
「貴族ならいいじゃない。一生お金に困らないでしょ?」
「そうでもないよ。無能な貴族は簡単に没落する。それに、私には貴族の考え方は合わない」
「そう……。結婚相手としては人気なのにね」
「そこまで言うなら、若い貴族を紹介するぞ。有能で金持ちだ」
「え……アタシも遠慮するわ。貴族の側室になんて絶対になりたくないわね」
「ほう、クレア君は多妻制反対派か」
「そんなことは無いわよ。貴族だから嫌なの。次期当主がどうとか、遺産がどうとか、揉めたくないじゃない」
「ははは。クレア君は物語の読みすぎだよ。実際はもっと平和だ。多少は真実だがな」
「アタシのことはいいでしょ?
ルナはどうなのよ」
「私は……コーさんがいらっしゃいますので……」
「ふ~ん?」
「良いじゃないですか!
のぼせてしまいます。もう上がりますよ!」
「こんさーん! 先に上がるねー!」
「居たんですか!?」
「ずっと居たみたいだよー」
気付かれてたー! こんなことならさっさと名乗り出ておけばよかった……。今さら声を掛けるのも、なんだかバツが悪いぞ。どうしよう。
こりゃ後で怒られるな。
「気付いていたんなら教えなさいよ……」
「コーさんも何か言ってくださいよ!」
「ふふっ。まぁいいじゃないか。
コー君も、のぼせる前に上がりたまえ」
「なんか、ごめんね。
俺はもう少し浸かってから上がるよ」
もう熱くてフラフラだが、今出たらホールで鉢合わせになる。かなり気まずいから、我慢してここに留まろう。こんな時こそ耐熱魔法だ。使い方は間違っていないはず……。
しかし、思いがけず貴重な話が聞けたな。俺が居る時よりも遠慮なく、のびのびと話をしていたみたいだ。同性の友人は楽しそうでいいなあ。