異世界ふしぎ発見
一度川を確認した後、俺たちは川から離れた場所を移動している。川に転落したりしないためだ。水流が早そうな川ではなかったが、とにかく大きかった。
向こう岸が霞んで見えるほどの川幅があり、深さもありそうだった。茶色がかった大量の水が、ゆったりと流れていた。
もう一度川を目指して歩こうにも、結界のせいで川に辿り着けない。そのため、リーズの勘に頼って引き返すだけだ。
蔦を切りながら、慎重に進むと、リーズが突然立ち止まった。
「あ。ウロボロス。こんさん、ウロボロスが居るよー!」
気配を察知したらしい。一度見たことがあるので、気配だけで判別が付くようだ。
「邪魔だな。ちょっと焼いてくる」
「そんな『ちょっとポーション買ってくる』みたいに言わないでよ……」
ウロボロスは放置すると危険だが、暴れていなければ大した脅威にはならない。見た目はヤバそうなんだけど、大火力で焼けば消滅する。
植物が密集しているので、火の取り扱いには要注意だ。幸い湿度が高くて水が豊富だから、上手く焼けば火事にはならないだろう。ミステリーサークルができてしまうが、それは諦める。
まだ結界の中なので、全員でウロボロスのもとに向かう。もしはぐれたら二度と会えない可能性があるからな。スマホで位置確認ができるけど、結界の中で動作するか分からない。
目視できる位置まで近付いて、一度立ち止まった。先に確認して、場合によっては離脱する。結界の中で逃げるのは厄介だが、こちらが攻撃できない場所なら逃げるしか無いからな。
「居ますね……」
「居るわね」
「ああ、居るな。3匹」
どういうわけか、木の隙間を縫って3匹が顔を合わせている。お互いを睨みつけるように鎮座していた。
1匹じゃないのかよ。面倒だな。
「何なんだ……あれは?
なんであんなモノが居るんだ……逃げよう! 早く!」
リリィさんが取り乱している。なかなか新鮮な反応をするが、そういえば初見だったな。
「心配するな。大した相手ではないし、対処法もわかっている」
「いえ、とても危険な相手ですよ? 3匹居るとは思いませんでした。逃げましょう」
ルナが顔を青くして言う。クレアも顔が青い。でもせっかく一箇所に集まってくれているんだ。動く様子もないから、意外と簡単に焼けると思う。
「じゃあサクッと焼いてくるよ」
「そんな、クッキーを焼くみたいに言わないでください!」
あ、クッキー食べたいな。材料は小麦粉とバターと砂糖と牛乳だったかな。バターと牛乳が腐るから、キャンプでクッキーを焼くのは難しい。街に戻ったらルナに焼いてもらおう。
みんなの視界から外れないように気を付けながら、攻撃しやすい苔むした岩の上に立った。ウロボロスもこちらの気配には気が付いているはずなのだが、依然として睨み合いを続けている。
気にせず耐熱の魔法を展開した。今回はかなり厚めだ。3匹分なので広範囲に展開しなければならない。魔力がごっそり持っていかれた。結構キツイな。
ウロボロスたちは絶対に異変に気が付いているはずなのだが、やはり移動しようとしない。遠慮なく火を付ける。特大の火柱だ。目が痛いほどの光を出して、炎が天に上る。
一度大きく膨らんだウロボロスは、徐々に形を崩していく。やがてボロボロと体の一部を散らしながら消滅した。その瞬間……。
『パキィィィ!』
なんとも言えない甲高い音が、周囲に響いた。ウロボロスの音ではない。前回はこんな音は鳴らなかった。
辺りの景色が大きく歪み、その歪みが波のように森の奥へと広がっていった。
「今のは何だ!」
「何があったのですか?」
心配そうにこちらを見ていた4人が駆け寄ってきた。
「いや、俺にも分からない。ウロボロスは破壊できたはずなんだが」
「ねー、結界が消えてるよ?」
え? リーズが何か言った。結界が、消えた?
「あ……もしかして……」
ウロボロスは魔力を吸収して活動している。この森で一番魔力が多い所。それはたぶん結界の解除装置だ。もしかしてウロボロスは充電中だったのか?
「……壊しましたね?」
やっちゃったな。稼働中の遺跡を破壊してしまった。観光客として一番やってはいけないことだ。
「……済んだことは仕方がない。気を取り直してエルフの国を探そう」
これは事故だ。避けられない事故だったんだ。そういうことにしておこう。
「いや、ちょっと待ってくれ。あの光はなんだったのだ?」
え? そっち? そういえばリリィさんは炎の魔法も初見だったか。
「ただの炎だよ」
「どこが『ただの』よ。あんな危ない炎はあんたしか出せないからね?」
クレアからのクレームは無視しておこう。
耐熱魔法とセットで使うから危険ではない。それに、この魔法は訓練次第で誰にでも使えるはずだ。
「ふむ。土が大変なことになっているようだが……」
リリィさんはグツグツと煮えたぎる地面が気になる様子だ。アレンシアの王都付近には火山が無いようだったから、溶岩を見たことが無いのだろう。
耐熱の魔法はまだ展開してある。温度が高ければ火がついていなくても燃える。余熱でも十分危険だ。温度が適度に下がるまではこのまま待機する。
「ああ、気にするな。土や石は温度が高いと溶けるんだ」
「な……? そんなことは初めて聞くぞ……」
リリィさんが困った顔で首をひねった。おかしいな。鉄を溶かすよりも低い温度で溶けるはずなのに、知られていないのか。
さて、温度が下がるまで暇だ。かなりの高温だから、冷えるまで時間が掛かる。
どうせ暇だし、温度を下げる魔法を考えてみよう。冷蔵庫の原理……は無理だ。冷媒が無い。水で冷やすというのも、高温すぎて危険だな。
熱はエネルギーだ。熱を移動させればいい。……いや、炎の魔法と同じように、低温という現象を発現させればいいか。その方がシンプルで分かりやすい。
水が氷る温度を0℃と仮定して、ー273℃を目指す。耐熱魔法の内側の温度を下げると、内側の空気がキラキラと光った。たぶんダイヤモンドダストだな。
地面が急激に冷却され、沸騰した形のまま固まってヒビが入った。真っ黒でボロボロな大地が広がる、不気味な地面が残った。
無事冷却することができたので、冷却魔法は成功だ。ただし、魔力が枯渇してフラフラする。高温を出す時以上に疲れた。燃費が悪すぎるから、これを魔道具にするのは不可能だろう。
クソまずいポーションを飲んでリフレッシュする。でも気分は全くリフレッシュされない。レーズンを頬張って口直しを図るが、気休めにしかならないな。
「……今、何かしましたよね?」
「周辺の温度を下げただけだ。特別なことはしていないぞ」
不審がるルナに言い訳をして、再出発の準備をする。歪みの波が進んだ方角が、結界の中心だろう。そこに遺跡があるはずだ。
結界が消えてマップの動作が正常になった。結界の中心をマップに書き込んで、そこに向かう。
絡まる蔦が邪魔だが、概ね順調だ。切った蔦がもとに戻るようなことも無い。結界の影響かウロボロスの影響か分からないが、大型の魔物が極端に少ないので警戒レベルを下げて一気に進む。
犬サイズのクソでかいネズミみたいな魔物がたまに出る。いびつな鳥みたいな魔物も見かける。他にも小さいのが何種類か居るみたいだ。それなりに危険だと思うのだが、積極的に襲ってこないので無視する。
さらに進むと、人工的な石が目立つようになってきた。おそらく遺跡の中に立ち入ったのだろう。案の定、森に飲まれてしまって原型を留めていない。戦争で崩壊した部分もあるはずだ。
しかし、俺たちの目的は復元や発掘ではない。位置と現状の調査だ。場合によっては魔道具を持ち帰るが、それ以上のことをするつもりはない。
「もうエルフの国の都市に入ったはずだ。みんなも注意して歩いてくれ」
遺跡というよりも、痕跡が残っているだけだ。それでも心躍るものがあるのだが、期待していたほどではない。
「ここが……エルフの国なんですね……」
ルナが感慨深く呟いた。ルナは以前からエルフの国に行きたがっていた。それは俺も同じなのだが、俺と同じ思いで求めていたわけではないだろう。もっと強い気持ちで探していたはずだ。
エルフの末裔だということは関係無いだろうが、何か強い思いが入れがあるようだ。
周囲を眺めながら歩くが、元の都市を想像することもできないくらい見事に崩壊していた。
今俺たちは、道のようになった場所を進んでいる。一直線に延びたそこだけ妙に植物が少ない。落ちている瓦礫の量も少ないようだ。歩きやすくて助かるのだが、少々不自然に感じる。
左右には崩れた建物らしき石が積み上がり、苔むしている。
「石の建物って、ここまで崩れるものなの? なんだか怖いわね」
クレアが悍ましげに言う。
アレンシアの主要な建造物は、ここにある崩れた石材と同じような石で造られている。建材の石を作るにも魔道具が使われ、その魔道具はエルフの技術が元になっている。そのため、アレンシアの建築様式はエルフに近いみたいだ。
クレアはアレンシアもここと同じように崩れるのではないか、と心配しているようだ。
「ハン帝国に壊された部分もあるだろうが、ここは1000年も放置されていたんだ。それだけの年月があれば崩れてもおかしくない」
アレンシアの管理された石造りの建物が、そう簡単に崩れるとは思えない。ここの建物が崩れすぎていることは気になるが……。
ボロボロに崩れた建物らしき残骸が広がる中、周囲を観察しながら歩き続けると、一際目立つ崩れかけの建物が目に入った。
円形の塔のような建物が、半分だけ原型を残して崩れている。残骸から察するに、塔はえぐられるように壊れ、その後上部が崩壊したようだ。
「ねぇ、この壊れ方、おかしくない?」
クレアの指摘の通り、明らかに不自然だった。これは……嫌な気分だな。
戦争の爪痕だと思うが、問題はそこじゃない。破壊された理由と方法だ。
俺はエルフの結界を破壊せずに破る方法を2つ思い付いている。
1つ目は、空を飛ぶことだ。森が結界なのだから、木が無い上空を進めば結界が意味を為さない。
もう1つは、大火力で一気に森を焼くこと。俺の最終手段だったが、本当のギリギリまで使うつもりは無かった。
俺は人が住んでいないと分かっていたから選択肢に含めたのだが、帝国軍は人が住む都市に向けてこの方法を使ったらしい。
「何をしたか知らないが、相当な兵器で砲撃したんだろう」
さっきの崩れすぎた建物も、たぶんその時の砲撃で崩れたんだ。不自然な道は砲撃が走った跡だろうな。
気分は良くないが、移動と観察でずいぶん時間を使ってしまった。もうすぐ日が暮れる。
この辺りは木が少ないが、地面に大きな石が転がっているので、テントを設営するには向かない。いちいち石をどかすのも面倒なので、今日もハンモックだ。明日は本格的に探索をするぞ。