タイムアタック
今日から本格的に森を探索する。マップを確認しながらゆっくり進むことになるだろう。
森と言っても木が少ない。立っているのか枯れているのかよく分からない背が低い木と、枯れ草のような茂みがあるだけだ。地面は乾燥していて、土というより砂だ。
トラブルを避けるため、人間との接触は極力避けるつもりだ。この周辺には冒険者も居るが、兵士も巡回している。冒険者に出会うことは問題無いと思うが、兵士は面倒だ。出会う度に越境許可証を見せなければならない。
森の中は犯罪者の隠れ家にされやすいので、兵士の巡回はアレンシアでもやっている。どちらの国でも身分証の提示をしなければならないのだが、会う度に疑われるので気分は良くない。
どんどんと奥に進んでいく。森の中に居る魔物はスライムばかりだ。マナーとして踏み潰す。マップ上では、たまに未登録の群れの反応があるのだが、たぶん狼の類なのですべて無視する。
「ねー、あっちに大きいのが居るよー。どうする?」
リーズが何かを感じ取ったようだ。少し近付いてマップを確認する。マップ上では未登録なのだが、俺には心当たりがある。オーガの気配に近い。俺が冒険者になって、初めて狩ったでっかいおっさんだ。
人の形に近い魔物だが、討伐の抵抗感があまり無い。たぶん大きすぎるからだな。動いているけど、石像を破壊するのと大差無い。ついでに言うと、魔物は拒絶感が強いんだ。確実に仕留めなければヤバイと、本能が感じる気がする。
あれから俺も成長した。今なら200m先の距離からヘッドショット1発で倒せる自信がある。試したいな。
「この気配は知っている。オーガだな。タイムアタックに挑戦したいから、ちょっと行ってくるよ」
「……たいむあたっく?」
みんなが首をかしげている。
タイムアタックが通じなかった。似たようなことをやっている人は多いから、概念は通じるはずだ。
気配察知の範囲に入っているなら射程内なのだが、近付かないと当たらない。木が邪魔をするし、そもそも命中率が低い。開けた場所で200m。これが今の俺の限界だ。
俺が近付くと、オーガも俺の気配に気が付いてこっちに寄ってきた。大きな足跡を残しながら、のっしのっしと歩いてくる。
ギリギリ目視できる距離まで来た。前回は薄い青色だったが、今回は濃い青緑色だ。そして少しメタボ気味。こいつも色違いか。この世界の魔物はカラーバリエーションが豊かだな。
アンチマテリアルライフルの弾丸を出して構える。絶対に1発で仕留めるという決意で、出した弾丸は1発だけだ。
『パァン!』
乾いた音が響く。その音が鳴ると同時に、オーガの頭が消し飛んだ。弾丸の速度は音速を超えているので、目で追うことなどできない。
この弾丸を避けられるのは、『少し先が見える』俺と、『周囲の動きがゆっくりに見える』ルナ、そして『いち早く気配を察知できる』リーズくらいだろう。
もしかしたらリリィさんやグラッド教官も避けるかもしれない。モーションから危険度と軌道を分析して避けるくらいのことはやりそうだ。あれ? 結構多いな。
でも当たって無事な奴はそう居ない。物理無効のウロボロスやゴースト系の魔物を除けば、貫通できない相手は居ないだろう。
……クレアの身体強化なら、いずれ効かなくなるような気がする。今はまだ未熟だが、強化の度合いが俺よりも強いんだ。
アンチマテリアルライフルって、思ったよりも弱点多いな。効かない時の対処も考えておこう。
考え事をしながらオーガの足を掴んで引き摺り、みんなが待つ場所に戻った。
「ただいま。結構早かったよね?」
「おかえ……え?」
クレアの目が点になった。ぽかーんと口を開けてオーガを見ている。
「この魔物でしたか。オーガに似ていますが、少し違いますよ?」
「ん? そうなのか?
色が違うとは思ったんだ」
ルナの指摘で少し納得した。微妙に種類が違うらしい。ブロッコリーとカリフラワーみたいな感じかな。シルエットにしたら見分けがつかない。
「そうじゃなくて! サイクロプスじゃない!
こんな危険な奴に1人で向かって行かないでよ!」
サイクロプス? 1つ目の大鬼だったっけ。目を見ないと分からないよ。残念ながら確認する前に頭が無くなったから、俺には判別することができない。
「あの……以前コーさんは、大型のオーガをあっさりと討伐しています。ですので、今回も危険は無いと判断しました」
「あっさりではないぞ。前回は一撃ではなかったんだ」
「今回は一撃だったのね……」
前回は命中率が低すぎたせいで、数発の弾丸を要した。そしてオーガはボロボロになった。買取金額が半額になったんだよなあ。
今回は頭が無い以外はとてもきれいだ。それなりに高額で買い取ってもらえるだろう。
「ねー。こんなに大きいの、持っていくの?」
リーズが言う。でも大丈夫、マジックバッグはこのサイズを想定して作った。余裕で収まる。
問題無い……と言おうとしたところで、リリィさんに先を越された。
「大きさは大丈夫だろう。しかし、これから何日も街に行かないのだろう?
腐るんじゃないか?」
あ……腐るな。しまった、完全に頭から抜けていた。もしこの場で皮だけを剥いだとしても、適切な処理ができないからたぶん腐る。それに、人間型の魔物の皮を剥ぐのは気分が良くない。
でもこの魔物を捨てていくのは惜しい。大損失だ。少なくとも金貨100枚だ。これを解決するには、保存できる魔道具か転移の魔法だな。今後も起こり得る問題だから、早めに対策しておこう。
「これを手放すのは惜しいんだ。何かいい手は無いかな……?」
「え……うーん、難しいですね。まだ来たばかりですから、アレンシアに戻って売りますか?」
うわ、それしか無いか。これもまた迷う。今アレンシアに帰っても、3日もあれば戻ってこられる。無理な日程ではないのだが、面倒な国境越えが待っているんだよなあ。この短期間で行ったり来たりするのは、どう考えても怪しいだろう。
もしこの近くに街があるのなら、そこで売れるかもしれない。
「この方面に街や村は無いのか?」
「あるわけ無いでしょ。サイクロプスの生息地なのよ? 危なすぎるわ。
もしあったとしても、アタシたちの許可証じゃ売れないわよ。運が悪ければ没収されるわね」
残念。街は無いか。というか、没収ってなんだよ。やっぱり売るならアレンシアに戻るしかないか……。
考え込んでいると、クレアが呆れ顔で言葉を続けた。
「あんたなら簡単に狩れるんでしょ? サイクロプスだったらこの周辺にゴロゴロ居るわよ。今回は諦めなさい」
クレアからのアドバイスで踏ん切りがついた。今回は捨てよう。帰りにもう一回狩ればいいんだ。幸い、たくさん居るらしいからな。
こんな大物がゴロゴロ居るのか。アレンシアではそれなりにレアキャラらしく、あれ以来オーガを見かけることが無かった。ゴロゴロ居るなら狩り放題じゃないか。羨ましい。
サイクロプスから魔石を剥ぎ取って、本体は捨てる。離れた場所に放り投げて焼却の準備だ。
「わかってると思うけど、焼いちゃダメよ?」
え……焼く気満々だったんだけど。辺りを見渡して気が付いた。この辺りは水分が少ないから、植物に火を付けたらよく燃えそうだ。空気もカラッカラに乾いている。
焚き火くらいなら問題無いが、サイクロプスは4mくらいの大きさだ。これに火をつけたら、確実に草木に燃え移る。周辺がまるごと火事になるな。
「……埋めればいいかな?」
「そんな大きい穴、どうやって掘るのよ!
良いことではないけど、放置するしかないわね。どうせすぐ干からびるから大丈夫よ」
穴は掘れなくはない。魔法で一発だ。でも掘り起こされるから、この近辺の草木が無くなる。ただでさえ少ない植物がさらに減るのは良くないな。
魔物の餌になって危険な気がするけど、仕方がない。放置していこう。
スライムを踏み潰しながらさらに奥へと進む。心なしか草木が増えてきたような気がする。遠くにはうっすらと山が見える。
方角はミルジアからは北東、アレンシアからは南東の辺りだ。
そういえば、アレンシアの森で会ったサヒルたちは、エルフの魔道具を“川”で拾ったと言っていたな。
この辺りに川なんて無いぞ。あいつらはどこで拾ったんだよ。
「なあ、この森に川はあるのか?」
「え……? どう見ても無いでしょ」
「川どころか、水辺のようなものは何もありませんよ?」
どうやら南に来すぎたのかもしれない。アレンシアの国境付近なら水があるから、川があるとすればその辺りだ。
「いや、ちょっと待ってくれ。ミルジアには、春に現れて夏に消える川があるそうだ。もしかしたら、それかもしれない」
リリィさんが言う。
確かに、消える川は乾季と雨季がある土地では珍しいことではない。サヒルがミルジアに行った時期とも一致する。出会った日から逆算すると、あいつらは春の終わりにミルジアに居たことになる。
とは言え、あいつらの装備でサイクロプスと戦うのは無理だな。たぶん場所が違う。この近辺ではない。
「その川はどこにあるんだ?」
「知らん。骨董市で聞いた噂話だ。ヴィーデ・フロミネと呼ばれていたよ。古代語で、幻の川という意味だそうだ」
どうでもいい情報はあるのに、大事な情報が抜けていた。闇雲に探すしかないか……。
川が現れる場所には特徴があるはずだ。その周辺は水たまりが残っている可能性がある。生えている植物も変わる。少し谷にもなっているだろう。
予想される特徴をみんなに伝え、協力して探すことにした。
「水たまりは残ってないと思うわよ。スライムが全部吸っちゃうから……」
本っ当に迷惑な魔物だな。水たまりができるから植物が変わるんだ。下手したら植物の差異も無いかもしれないじゃないか。
スライム駆除専用の魔道具でも作ろうかな。
「谷というのも怪しいです。サイクロプスのような大型の魔物が歩き回っているので、頻繁に地形が変わっていると思います」
あいつも迷惑だな! それならもう特徴なんか残っていないぞ。そもそも、その川の出現位置は毎年変わるってことじゃないか。探すだけ無駄だわ。
「ごめん、川を探すの中止! このまま東に進もう」
ミルジアからかなり東に来たのだが、空気が少しだけ湿ってきた。植物も増え、木の葉っぱも多い。さらに東に進めば、乾燥地帯を抜けそうだ。
たぶん普通の森林や川があると思う。そこを拠点にして川の上流を探した方が効率がいい。たぶんそこから上流に行けば、遺跡が見つかるだろう。
根拠は何もないが、都市を作るなら水が必要だ。地球の太古の文明は、どれも大きな川の近くに発生していたんだ。この世界でもその可能性は高い。
俺の進路希望である『アジア横断遺跡巡り』が目の前にある。ただし『異世界遺跡探訪』にアップグレードされているわけだが。
エルフの遺跡はどんな所だろうか。今から楽しみだ。