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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第五章 異世界遺跡探訪
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分からない物は分からない

 結界の観察を中断し、エルフの村に入った。いつもの場所を目指すが、今回も先に長老に挨拶しておこう。

 警備の女の子を探して長老を呼んでもらう。


「やあ。また来たよ。長老を呼んでもらえるかな?」


「え……あ……長老、今忙しい……です。ちょっと待ってて……」


 警備の女の子がビクビクしながら答え、どこかに行ってしまった。もう何度も会っているのだから、いい加減慣れてほしい。

 長老が居ないのなら仕方がない。先にいつもの場所にテントを張ってしまおう。


 大きなテントなので、みんなで協力して設営する。前回の撤収の時に地面をきれいに均しておいたので、設営は簡単だ。

 テントのペグをナイフの柄と石で打ち付けていると、隣で作業をするクレアが話しかけてきた。


「ねえ、ハンマーを忘れたの?」


 クレアは自前のハンマーでペグをカンカンと打ちながら言う。忘れていたわけではない。俺はハンマーを持たない主義なのだ。


「無くても問題ない。荷物を減らしたいんだよ」


「あんた、よくそれを言うけど、マジックバッグがあるんだからいいじゃない。面倒でしょ?」


 面倒を楽しむのがキャンプだと思うんだけど、理解してもらうのは難しいよなあ。


「みんなは使えばいいと思うよ。俺は俺流を貫くだけだ」


 せめてもの抵抗だよ。ただでさえ便利道具に囲まれているんだ。俺だけはやりたいようにやらせてもらう。


「ふうん。まぁいいけど。あとはそこだけだからね」


 クレアが背伸びをしながら言う。辺りを見渡すと、すべてのペグが打ち終わっていた。

 みんなは自前のハンマーを持っているらしい。ルナ、リーズ、リリィさんの3人は、魔道具作成用の道具として持っていたハンマーを使ったようだ。

 俺もハンマーを買った方がいいのかな。なんだか不安になってくる。まあ無くて困ったことはあまりない。ギリギリまで持たない主義を貫こう。



 テントの設営が終わったところで、警備の女の子が戻ってきた。


「お待たせ……しました。長老はもうすぐ来る……来ます」


 警備の女の子は言葉を選んでいるらしく、辿々しく言い直した。この子は、それだけを言って去っていった。わざわざ伝えに来なくてもいいと思うのだが、律儀な子だ。

 長老が来るということで、厳戒態勢で迎える。毎回のことなのだが、この爺さんは俺たちの気配察知を突破して、背後から現れる。今日こそは見破りたい。みんなの心は一つだ。


 リリィさんに訳を話し、警戒に参加してもらった。テントを中心に、四方を警戒する。俺はテントの出入り口の前に立ち、全体に注意を向ける。

 しばらく警戒を続けると、俺の背後で物音がした。


「待たせたのぅ」


「どぅわっ!」


 背後はテントだ。テントの入口がゴソゴソと動き、中からニヤケ顔の長老が出てきた。嘘だろ……。

 驚いたルナが叫ぶ。


「テントの中は土足禁止ですっ!」


 違う、そこじゃない。土足は禁止だが、何でテントの中に居るんだよ。勝手に入るな、という意味でもない。いったいどうやって入ったんだ……。


「ふむ。長老殿、お見事だ。今のは転移の魔法か?」


 リリィさんが感心するように言った。転移?


「そちらのお嬢さんは初めて見る顔じゃのう。ついにバレてしまったか。

 いつ気が付くかと思っておったが、コー殿は気が付かなかったようじゃのう」


 使っていたらしい。そりゃ気が付かないわ。気配を消す方法を探していたんだ。一瞬で移動する方法なんか気が付かない。というか転移魔法、あるのか……。

 やっぱりこの爺さんは、わざと驚かせようとしていたんだな。そうじゃなければ転移でここに来る意味が分からない。


 しかし転移魔法か。もし使えるなら使いたい。走って移動するのは楽しいから今後も続けるが、急ぎたい時もあるんだ。

 あ……日本に帰る手掛かりだったな。忘れていた。日本に行く方法は転移しか考えられない。


「なあ、その魔法はどうやってやるんだ?」


「ふむ。やはり興味を持ったか。なに、そう難しい物ではないぞ。説明してやろう」



 爺さんは丁寧に説明してくれた。時には実演も交えて詳しく教えてくれたが、さっぱり分からなかった。ルナとリリィさんが興味深く聞いていたが、終始首を傾げていた。たぶん理解していないと思う。

 爺さんが実演すると、爺さんを中心にビー玉に映る景色のように周囲がぐにゃりと歪んだ。空間が歪むという現象は見ていて面白かったが、理解はできない。ルナがメモを取っていたから、あとで借りよう。


「教えてくれてありがとう。よくわからなかったから、もう一度頼む」


「いや……儂もこれ以上の説明は無理じゃよ。あとは自分で頑張るんじゃな」


 爺さんは疲労困憊の様子で言う。実演で魔力を使いすぎたようだ。

 しかし、俺はほんの数分前に聞いた内容を、既に覚えていないのだ。爺さんから聞いた説明は、流れるように頭から消えていった。一言一句思い出せない。ルナのメモに頼るしか無いな。


「そうか、すまなかったな。自分でやってみるよ。

 ところで、今回も食料を持ってきている。前回の倍の量だが、今受け取れるか?」


「む……助かる。受け取らせてもらおう」


 爺さんに、小麦が入った袋を渡す。かなりの量だが、マジックバッグからマジックバッグへ移し替えるだけの作業なので、たいした手間にはならない。

 神代金貨を2枚受け取って取引終了だが、爺さんに伝えることがある。


「悪いが、次は当分先になるぞ」


 ミルジア経由でエルフの国を捜索する予定だ。


「ふむ……食料は余裕がある時で良い。十分助かっておるよ。

 今日は儂から差し入れじゃ。村で採れた野菜じゃよ」


 爺さんがマジックバッグからカゴに入った野菜を取り出した。山盛りの夏野菜だ。若干貧相だが、地球で見慣れた野菜が盛られている。

 この村も余裕があるわけではないだろうに、気を遣わせてしまったな。今度来る時は、商品を少し多めに持ってこよう。


「悪いな……。ありがたく貰っておくよ」


 爺さんにお礼を言うと、マジックバッグを大事そうに抱えて帰っていった。



 これで神代金貨が3枚目なのだが、魔道具の素材にもなるので売るか使うか迷う。売れば最低でも金貨10枚になるが、買う時はその倍では済まないはずだ。

 しばらくは売らずに残すが、いずれどうするかを決めなければなあ。



 爺さんを見送った後、タープを張る。これはこの世界に来てからは初めての作業だ。1枚の防水布にロープを通し、木に結んだ。

 タープは雨除けや日よけのために張る、屋根のような布だ。昼間はテントに居ないし、雨が少ないのであまり使う機会が無かった。

 張り方は至って簡単。ツェルトのロープの位置を上にするだけだ。横を覆う必要がない。張り終える頃には、テーブルの上に食器が並べられていた。



 椅子に座ると、ルナがお茶を差し出してきた。


「お疲れ様でした」


 今日二杯目のお茶だ。あまり働いていないのに、休んでばかりだ。キャンプがこんなに楽でいいのかな。

 楽過ぎて、どうも落ち着かない。火起こしでもして気を紛らわせよう。


 焚き火台をセットして、適当な木の枝を拾ってきた。ロープを少しほぐして火口(ほくち)にする。これで準備は完了だ。

 着火の魔道具は持っているのだが、今日は敢えて地球式の火起こしをしようと思う。不便を楽しむのだ。


 鋼のナイフを、石や鉄に勢いよくぶつけると火花が散る。その火花をうまく火口(ほくち)に当てることができれば、火が起こせる。木の棒を(こす)った方が簡単なのだが、準備が大変だからな。

 火口(ほくち)を木の枝の上に置き、ナイフの峰を石に叩きつける。


『ガチィィ』

 少しだけ火花が出た。思ったよりも火花の出が悪いな。石が良くないのかもしれない。もう少し力を強くして……。


『ガチィィ』

 また少しだけ火花が散った。しかし火が点くほどの火花ではない。思ったよりも大変だな。木の棒を(こす)る準備をしようか……。


『ヒュボッ』

 ルナが着火の魔道具を枝に突っ込み、火を付けた。目の前で木の枝が勢いよく燃え上がる。

 文明の利器……。便利だよねえ。一瞬だったねえ。


「その石がどうかされましたか?」


 ルナは俺が握りしめる石を不思議そうに眺めながら言う。


 俺は握りしめた石を遠くに放り投げた。


「なんでもないよ。じゃあ食事の準備を始めようか」


 俺は石なんか持っていなかったよ。薪を並べて眺めていただけさ。石とナイフなんかで火が点くわけないじゃん。はっはっは。

 ……今度練習しよう。絶対に魔法よりも魔道具よりも早くなってやるぞ。



 今日の食事はシチューだ。ダッチオーブンが活躍する。長老が差し入れしてくれた野菜のおかげで、今日の夕食は豪華になりそうだ。


「なあ、暇だから俺も手伝うぞ」


「いえ。コーさんは休んでいてください」


 ルナが笑顔で答えると、クレアが呆れ顔で口を開く。


「あんたの料理って、塩振って焼くだけじゃない……」


 失礼な。『塩を入れて煮る』もあるぞ。どちらもキャンプらしい料理だ。素材が新鮮だから、それだけで十分美味い。ルナは調味料や香辛料を買っていたようだが、香辛料は山で拾う物だ。買う物ではない。

 手伝いを断られてしまったので、何もすることがない。いつもならこの時間を利用して食器探しをするのだが、食器もすべて買い揃えてあるので、それも必要ない。


 やる気が無かったわけではない。盛り付けや配膳を手伝おうとしたのだが、「リリィさんの練習のため」と言われて手を出せなかった。


 椅子に座って料理の完成を待つだけ。楽過ぎて不安になる。こんなことなら、魔物の数匹を狩ってくるべきだった。

 最近、魔物の解体は俺が積極的に引き受けている。最初は練習のためだったのだが、今は誰よりも手早く解体できるようになった。でも魔物を狩らないと俺の仕事が無い。



 あまりにも暇なので、さっき教えてもらった転移魔法について考えてみよう。


 ルナからメモを借りてきた。ルナは薬草や魔物のメモも取っているのだが、どれもイラスト付きで丁寧に書き込まれている。そのメモには、長老の説明がそのまま書き込まれていた。あらためて、それを読んでみる。



『魔法で出発地点の空間を圧縮し、目標地点でも同じ物を作成する。その時、目標地点では負の方向に圧縮しなければならない。これらの操作を同時に行うことで、二点間の情報が共有される』



 冒頭から訳が分からない。もう少しわかりやすく説明できないのかよ。

 地球では転移やワームホールについて説明する時、A地点とB地点が書かれた紙を用意し、折り曲げたその紙にペンを突き刺して「ここを通れば早いよね?」と説明される。

 どこかの物理学者が提唱した説明だが、これくらい分かりやすく言ってほしい。



『出発地点では境界面に情報だけが残るが、この情報は目標地点に複製されている。魔力が解放されると、出発地点の情報が消え、目標地点の情報から空間が再現されて転移に至る』



 たぶん爺さんの説明をそのままメモしただけだと思うんだけど、ルナのメモにしては分かりにくい。これで理解しろという方が無理があるぞ。

 実演した時も、同じ説明しかしなかった。分からない説明を聞きながらよく分からないことをされても、結局何が何だか分からない。


 この説明を噛み砕いて理解するまで、何日掛かるだろうか……。

 爺さんの話では、目標地点に障害物がある場合は転移失敗。目標地点の設定を誤ると、どこに出るか分からないそうだ。もしかして、気配察知の範囲内でしか使えないのか? 練習して試すしか無いな。



「お待たせしました。食事の用意ができましたよ。

 何か分かりました?」


 ルナが困り果てた俺を呼びに来た。転移の魔法はおあずけだ。少しずつ試していこう。


「ありがとう。さっぱり分からないということが分かったよ。あの爺さんは説明が下手だ」



 とりあえずシチューは絶品だった。肉は干し肉を使っている。野菜は爺さんから貰ったナスとズッキーニとトマト。この世界での名称は知らない。

 ダッチオーブンを買う時は渋ったが、買って良かった。豪華なキャンプも良いものだなあ。

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