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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第一章 旅をしたいのに王城から出られません
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異世界のハイキングはハードモードでした

 あっという間に数日が経ち、今日は早朝訓練ハイキング。

 寝過ごしましたーって言えば許されそうなんだが、残念ながら緊張で目が醒めてしまった。


 仕方がないのでギルバートと待ち合わせしている広場へ向かう。

 集合場所は城外なのだが、行ったことがないので案内してもらうのだ。

 ちなみに、昨日のうちに治癒魔法を頼んでおいた。訓練が終わる頃に城外の訓練所に来てくれる。


「よう。楽しみで寝られなかったか?」


「逆だ。憂鬱で寝られなかった」


 すでに鎧を装備したギルバート。張り切っているな。


「ハハハ。皆、初めはそんなもんだ。

 じゃあ行こうか。歩きながら説明する」


 そう言って歩き出した。今日は失敗しないように気を付けよう。


「鎧はすでに集合場所に準備してある。着いたらすぐに着ろよ。

 教官はすでに言ったがグラッド部隊長だ。訓練中、教官に何を言われてもイエス・サーと答えろ」


 あれ? 不穏な空気。午後の訓練はヌルッと始まってヌルッと終わったんだが。今日の訓練は妙に軍隊チックだ。


「ちなみにグラッド部隊長はこの訓練が大好きだ。終始機嫌が良いから気を付けろ」


 さらに不穏な空気。ヤバイぞ。はっちゃけ続けるグラッド教官……。悪い予感しかしない。


「訓練中、教官からの細かい指示や命令は無い。ただ前を走る教官についていくだけだ。

 問題が発生したときのみ指示が出る。その時は指示に従うこと」


 これだけ聞くと普通の訓練に思える不思議。


 その他、『気を付け』の姿勢と『休め』の姿勢、兵士の敬礼を教わった。概ね日本と同じだった。敬礼は手も額に当てるやつだ。


 下手な動きをすると基本教練も強制参加になるかもしれない。マジで気を付けよう。




 城門を抜けると、小屋の前に鎧を着た兵士が並んでいた。

 小屋は巡回任務に就く兵士の待機場所になっていると聞いた。


 今回の出入りに使った城門は、城下街を抜けず防壁の外に抜ける兵士専用の門。有事の際に兵士が街を駆け巡るのは無駄だし危険だ。

 冗談で「敵の侵入経路にならないか?」と聞いたら「城内から魔法使いが出てきてこんがり焼かれるぞ」と言っていた。

 逃げ場がない通路から無理に侵入するような勇気ある兵士は居ないだろうな。壁に狭間が空いていたから、魔法だけじゃなく弓も飛んでくることだろう。




 鎧を着て姿勢と敬礼の練習をする。形だけでもできていないと拙いからな。


「熱心だな。新兵でもそんなに真面目に練習しないぞ」


「訓練に参加する以上、できないのは良くないだろう」


「そうだな。でもおまえは兵士じゃないんだから、できなくても怒られないぞ」


「教官がグラッド教官でなければな。

 ご機嫌なあの人じゃあ、何を言われるかわからない」


 ギルバートは、「確かにそうだ」と言って練習に付き合ってくれた。



「全員整列!!」


 突然怒鳴り声が聞こえてきた。と思ったら、兵士は一斉に整列を始めた。二列横隊だな。空気を読んで列の隅に加わる。


「気を付け!! 休め!! 気を付け!! 敬礼!! 直れ!!」


 グラッド教官が大声で号令を掛け、兵士は操られているかのように揃った動作で姿勢を変えている。俺以外。

 動作は問題無いんだよ? 合わないだけ。


「コー隊員は居るか!」


 不意に名前を呼ばれた。隊員じゃありませんよー。


「はい」


「はいじゃない!」


「イエス、サー」


「声が小さい!!」


「イエス、サー!」


 うわ、ハー○マンなのか? 罵倒されるのか? 蛆虫共とか糞虫共とか言われるのか?


「本任務への参加は本日が初であるな! ギルバート!」


「イエッサー!」


 ギルバートが敬礼をしながら答えた。こいつ、慣れていやがるな。


「コー隊員への補助を許可する! コー隊員はギルバート隊員から離れるな!」


「イエス、サー!」


 これは……。ギルバートが俺に合わせてくれるんじゃなく、俺がギルバートに合わせろっていう命令だ。

 開始早々から嫌な予感しかしない。


 そしてグラッド教官、ノリノリである。


「本日の任務は、王都東の丘、頂上にて孤立した部隊への補給だ。

 部隊は危機的状況にある。可及的速やかに補給をし、直ちに王都へ帰還するものである」


 想定訓練か。


 補給線が切れて孤立した部隊に食料を届ける。

 でも拠点から長時間離れることもできないから、さっさと届けてすぐに帰ってこよう、という訓練だ。


 ゲームのクエストなら面白そうなクエストだな。ゲームならね……。


「直ちに現場に急行する。総員、支給物資を持て!」




 号令がかかると、兵士が順に教官の横に並べられた背嚢を手に取り、教官に敬礼して列に戻る。皆慣れたものだ。


 俺も、背嚢を持ち敬礼する。結構重い。水、食料、その他でおそらく30kg以上ある。

 魔法で水を出すので置いていっていいですかー? なんて言ったらブッ飛ばされるな。

 鎧と合わせて60kg以上あるんじゃないのか。身体強化を使わないと無理だ。


 さっと身体強化を済ませて、列に戻る。


「隊列! 縦隊!」


 教官の掛け声で列が二列横隊から二列縦隊に変わる。空気を読んで最後に加わった。


「気を付け! これより行動を開始する! 駆け足!」


 そう言って走り出す教官の後を、全員で走る。駆け足ではない。全力疾走だ。



 身体強化のおかげでまだ余裕があるのだが、他の兵士も余裕で走っている。意外と脱落者は少ないのだろう。

 しばらく走っていると、河原が見えてきた。流れる川は、深さは無さそうだが川幅が広い。10メートルほどある。


 あたりを見渡して橋を探していると、先頭集団がそのまま川に突っ込んでいった。


「おい、ギルバート! 橋は? 道は?」


「そんな物無い! 教官が進むところが道だ!」


 俺が通った所が道になるのだー。どこかで聞いたことのあるフレーズだが、実行されると迷惑極まりないわ。


 予想以上にハードだぞ、これ。




 荷物を濡らさないように川を渡り(物理)その先にある森へと進む。


 このあたりから傾斜がキツくなる。割と道らしきものがあるので、普段のルートなのだろう。

 水を吸った服が重い。川の水は容赦なく鎧の隙間から侵入し、服に染み込んだ。鎧のせいでなかなか蒸発しない。



 先頭集団は森に入ってからも速度を落としていない。そのせいで、一人、二人と遅れる者が出始めた。


「遅れた者に構うな。前に出るぞ」


 ギルバートの掛け声。遅れた兵士と入れ替わりで少しずつ前に出る。

 一度遅れた兵士も、息を整えて列の最後尾についている。要領よく休めという意味かもしれない。


 気が付くと、教官がよく見える位置まで来てしまった。前から4番目だ。これは拙い。

 一度休んで後ろに戻りたいが、ギルバートが元気だ。それも叶わない。

 息を殺して……、教官に気付かれないように……。必死でついていく。




 すると突然、悪寒が走った。全身が総毛立つような強烈なプレッシャー。


 不意に、教官が速度を緩めた。


「総員! 止まれ!!」


 かなりの大声で教官が叫び、列が停止する。


「前方に大型の魔物! 総員! 戦闘準備!!」


 また大声で叫ぶ。悪寒の正体は魔物だったか。初めて見るぞ。

 倉庫にある毛皮を思い出す。かなりでかい。できるだけ小さい奴を頼む……。


 しかし、教官もそんなでかい声出すなよ。


「これじゃ、まるで狙ってくれって言ってるようなものじゃないか……」


「よくわかったな。こちらに気を向けさせるために大声を出すんだ。

 周囲に警戒を促す意味もある」


 狙ってたかー。確かに、魔物の駆除は兵士の仕事だ。余裕がある教官が大声を出すのは理に適っているか。


「接敵!」


 先頭兵士が声を上げた。

 見える距離まで近づいてきた。牛サイズのクソでかいイノシシだ。


「ボアの幼生体。親が居る可能性あり。隊列三位までの6名、索敵及び周囲の警戒」


 教官が命令を下す。ていうか先頭集団が倒すんじゃないのかよ。


「コー隊員、戦闘を命ずる。ギルバート隊員は補佐!」


 むーりー。このおっさん何言ってんの? ていうか気付かれてたー。俺、目立たないようにひっそりとしてたよ?


「返事!」


「イエスサー!」


 思わず返事しちゃった……。やるしか、ないのか……。先頭に立ち、牛サイズのイノシシを睨みつける。


 ボアの、幼生体って言った? これ子ども? でかくね? 親はどれだけでかいんだよ。


 覚悟を決めて剣を構える。訓練用の鉄の塊ではなく、刃の付いた剣。

 刃物の良し悪しはわからないけど悪いものじゃないだろう。



 ボアは警戒しながらこちらを睨みつけている。他の兵士に攻撃が行くと拙い。まずは俺にヘイトを向けさせないと。

 魔法を試したいけど、それなりに集中して準備しないと発動しない。剣と身体強化のみで向かうしか無い。


 不意打ちで急加速して剣を振る。


『ガキィ!』


 硬い物にあたる音がした。目測を誤って歯に当たった。大きなダメージも与えられず、体勢を崩してしまった。


 ボアは興奮してこちらに突進してくる。上手く避けられず横腹で受けてしまった。強い衝撃と鈍い痛みが走り、大きく跳ね飛ばされた。

 鎧のおかげで怪我や骨折には至っていないが、凹んで食い込んだ鎧が苦しい。


 鎧が邪魔。動きも遅くなるし、凹んだ鎧なら無いほうがマシだ。首元に手を掛けて鎧の胴を引き剥がす。

 鉄でできた胴は、“ベキベキ”と音を立てて剥がれ落ちた。ベルトが引きちぎれ、留め具が壊れた。後で怒られるかもしれない。

 剥がした鎧を蹴り飛ばし、ボアの顔面に当てる。振り払ってスキができたので、急加速で踏み込んで今度はしっかりと口の中に剣を突き刺す。


 頭を貫かれて生きている生き物は居ない。ボアはズンと音を立てて崩れ落ちた。



「貴様! 鎧を勝手に外すな。直ちに修理して装備しろ」


 え? そっち? ブッ壊したことは良いのか。


「イエスサー」


 凹んだ鎧を足で踏んで凹みを直す。食い込まなければ問題ない。

 でも、留め具を壊したから上手く止められない……。


「コー、背嚢の中にロープが入っているぞ」


 ギルバートが教えてくれた。助かる。

 適当に巻き付けて縛ればいいか。


「何をモタモタしている、これは貴様の獲物だ。運搬の準備をしろ」


 教官から指導が入った。酷い罠だ。倒せって言うから倒したのに、それを運べと?


「イエスサー。鎧の留め具が壊れて上手く着られません。これは俺が運ぶのですか?」


「ギルバート隊員。コー隊員が困っている」


 教官が助け舟を出してくれた。きょ、教官……。超良い人。


「そのロープで鎧とボアを縛り付けてやれ」


 じゃなかったー。教官、あんた酷い人だよ。


「イエッサー」


 ギルバートは笑いを噛み殺しながら「災難だったな」とつぶやき、ロープを操ってボアと俺をしっかり結び止めた。


「コー、首元を切りつけておいたほうが良い。移動中に血が抜けて軽くなる。肉の味も良くなるぞ」


 ギルバートがアドバイスをしながら、ボアの首元を切り裂いた。

 おお、ギルバート、マジイケメン。


「ちなみに、血の匂いで魔物が寄ってくるから気を付けろ」


 コイツもかー! 余計なことしやがって……。

 ギルバートは、爽やかな笑顔を向けてサムズアップしながら言う。

 サムズアップの使い方、間違えてるから。『いいね!』って言ってる場合じゃないから。

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「コー、首元を切りつけておいたほうが良い。移動中に血が抜けて軽くなる。肉の味も良くなるぞ」 ダニがとても沢山いるだろうな
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