孤立無援
王都の活動二日目、次の買い物はテントだ。ミルジア行きの準備が着々と進んでいる。
長期キャンプに向けて、快適なテントが一つ欲しい。
前に使っていたテントは無駄になってしまうが、予備だと思えば痛くはない。一応、無理をすれば8人が寝られるサイズなんだ。
テントは、運が悪いと一度使って終わりになる。壊れるのではなく、放棄するのだ。設営する場所を失敗して、増水した川に流されたり強風で飛んでいったり。災害にあった時は潔く放棄する。
危険だと判断したら一刻も早くその場を離れなければならないので、状況によってはテントを撤収する時間が無いこともある。
だからこそ、俺は日本ではテントを使わなかった。寒い時は簡易テントかハンモックがあれば十分だ。設営5分、回収3分のお手軽ハンモックだ。しかし今はソロキャンプではないので、ある程度気を使う必要がある。
俺たちは今、雑貨屋に居る。前回と同じ、クレアのおすすめの店だ。今回はリーズを野放しにはしない。前回の教訓だ。店に入る前からしっかりと手を繋いでおく。
先に、テント選びについて大事なことを言っておこう。
「テントを選ぶ時は、収容人数を見るな。もしくは半分くらいで見積もるんだ」
あの表示は、詰め込んだ時に何人寝られるかという表示だ。日本では『起きて半畳寝て一畳』なんて言うが、テント業界では寝て半畳で計算している。
テントの中でゆったりと寛ぐには、表示の半分くらいで選ばないとキツイ。寝るだけなら2人引いたくらいが快適だ。
「え……広すぎです。今のテントでも5人で寝られませんか?」
「寝るだけなら良いが、雨が降ったらテントの中で過ごすだろ? そうなるとやっぱり狭いんだよ」
俺1人ならどうにでもなるが、5人居るからな。せっかくテントを使うんだから、快適にしたい。
テント売り場に行くと、広げて展示してあるテントは以前と同じサイズだった。一番売れ筋のサイズなのだろう。
一回り大きいサイズの物は、ティピーではなくベルテントだった。ティピーと同じく、中心に1本の柱が立ったモノポールテントだが、低い円柱を組み合わせて高さを稼いであり、居住性が少しだけ向上している。
ティピーは円錐のような形状をしているので、隅が狭くなって使いにくい。その点、ベルテントは高さがあるので隅まで広く使える。
たぶんテントの中で作業することが多くなるから、テントの中で使えるローテーブルも買っておく。
ついでに外で使える折りたたみの大きなテーブルと椅子のセットも買おう。そうなってくるとタープも欲しいが、これは城で貰ってきた防水布で十分だ。
テントの中の明かりは、城で貰ったランタンで対応できる。もう必要な道具は無いだろう。
最後にリリィさんの分のシュラフを買って今日の買い物は終わり……の、つもりだったのだが、帰ろうとする俺をルナが呼び止めた。
「あの……。そろそろ、ちゃんとした食器を買いませんか?」
え? 要る? 俺は葉っぱと竹で解決する派だ。
木の枝を削ればフォークの代わりになる。俺は箸にしているが。皿は葉っぱがあれば十分だし、汁物は竹があれば問題ない。
「無くても困らないと思うが……」
「いえ、困っています。毎回、竹を探したり、毒が無い草木を探したりするのが大変です」
リーズとクレアがつられて頷く。最終日に燃やして終わりだから楽でいいと思うんだけどなあ。たまに薪と間違えて箸を燃やしちゃうけど、それもキャンプの楽しさだよ。
俺が首をかしげているうちに、クレアが数セットの食器を抱えてきた。こういう時だけ行動が早いんだ。
この世界にはプラスチックのような便利素材が無い。陶器の食器は外では使いにくいので、クレアが持ってきたのは木製だ。ちょっとオシャレじゃないか。嵩張るけど。
「まあいいか。これで終わりだな」
「まだよ」
今度はクレアだ。もう十分だって。
連れていかれたのは、鍋売り場だ。俺は飯盒さえあれば問題無い派だ。コッヘルなど必要ない。
飯盒は、煮る、炊く、蒸すはもちろん、蓋の部分をフライパンのように使うことができる、万能調理器具だ。水筒の代わりにもなる。
確かにコッヘルがあれば料理に幅ができるが、男は黙って丸焼きだろう。
この世界にはアルミ合金やステンレスのような便利金属が存在しない。コッヘルもしっかり鉄製だ。重い。まあダッチオーブンじゃないだけマシか。
「今度こそ終わりだよな?」
「これもですっ!」
ルナが重そうな鉄鍋を持ってきた。直径25cmくらいのゴツい鋳鉄製で、蓋付きの鍋だ。
そうそう、これがダッチオーブンです。
マジかよ……。コレじゃないだけマシって思っていたのに。
「これ、要るの……?」
恐る恐る聞いてみた。
「これがあると、美味しいパンが焼けます。シチューもこれで作ると美味しいです」
うん、知ってる。美味しいよね。でも、コレを持ち運ぶのか……。マジックバッグがあるから重量は問題にならないけど、使う時はやっぱり重いよ。
うーん……考えていても仕方がない。買おう。ルナがパンを焼いてくれるみたいだから、楽しみだ。
「さすがにもう無いよな?」
「こんさん、これ欲しい」
今度は何だよ……。
リーズが指差す物は、油が燃料のストーブだ。暖を取るためのストーブではなく、雨の日に煮炊きするための器具だ。
地球ではホワイトガソリンやアルコールを使うが、この世界の物は食用油を燃やすらしい。
俺はすべて焚き火で賄う派なんだ。たまに欲しくなる時はあったが、買ったことは無い。
でもこれなら買ってもいいな。この世界では燃料が高いが、小休止のときにもお茶を淹れたりできる。それに、火の始末が簡単だ。
「いい物を見つけたじゃないか。これは俺も欲しい」
リーズが「えへへ……」と笑っている。このストーブは1人用のサイズなので、5つ買おう。
さすがにもう無いだろう。もう思い付かないぞ。
「もういいよな? 金を払って帰るぞ?」
「コー君! これなんかはどうだい?」
リリィさんが重そうな鉄の塊を抱えてきた。逆ピラミッド形の鉄の桶に、脚がついている。
焚き火台だ。さすがに要らないだろう。直火禁止のキャンプ場じゃないんだから。
「適当に竈を作れば必要ないぞ。濡れた地面は魔法で乾燥できる」
「いえ、この上に串や鉄板が載せられます。料理が楽になりますよ」
「火の始末も簡単になるじゃない。あったほうがいいわ」
「これなら危なくないよっ」
買わないと言ったら、全員から猛反対された……。仕方がない、これも買おう。
なんでだろう。異世界に来たのに、日本に居たときよりも近代的なキャンプになっていく。
……今日買った道具を使っている俺たちの姿を想像する。
ネット広告に出てくるような、キレイな女の人がキャッキャ言いながらキャンプを楽しむ姿が浮かぶ……。
こんなオシャレなOLの休日みたいなキャンプはキャンプじゃない! こんなの、ただの外泊じゃないか!
男のキャンプはもっとこう、ワイルドな感じなんだよ。ナイフ1本で立ち向かう的な。道具には頼らないんだ。頼るものはナイフと自分自身だけ、みたいな。
……このパーティは男女比が1対4だった。女の子なキャンプになるのは必然だな。諦めて近代的キャンプを楽しもう。日本ではなかなか体験できなかったことだ。これも貴重な経験だよ。
「もう本当に何も無いよな? これで全部だよな?」
「はい。これで必要な物は揃ったと思います」
いろいろと押し切られてしまった。大量買いのついでに、俺のわがままを通そう。ハンモックと燻製器が欲しい。
店内を物色して、良さそうなハンモックを選ぶ。網ではなく布で覆われたタイプだ。これなら冬でも使える。
「これは椅子……ですか?」
ルナが不審な顔で聞く。ハンモックを……知らない? 店頭に並んでいるんだ。この世界でもメジャーな物だと思うんだけどなあ。
「寝具だよ。テントが無くても、これで寝られる」
ハンモックは、みんなにはイマイチ不評みたいだ。リーズだけが興味を示したので、2つ買う。
次は燻製器だ。鉄製の箱型、ペットボトルが入っているダンボールくらいの大きさだ。一気に大量の食材を燻すことはできないが、持ち運び用だからいいだろう。
「ねえ、これ要る?」
俺の燻製器を見たクレアが言う。……必要かと聞かれたら、答えはノーだ。正直無くても何とかなる。棒と布を組み合わせれば燻製を作れるんだ。でも、この箱があれば簡単に作れる。
あとは俺の趣味の問題だな。普通に焼くよりも、燻製の方が美味い。保存食を作る時も、干すだけではなく燻した方が長持ちする。
「燻製を作るなら、あった方がいい。旅の途中で保存食が作れるんだ。便利だぞ」
「そう……。まぁいいわ。よくわからないけど買いましょう」
クレアは冒険者なのに燻製を作ったことが無いのか? 誰でも一度は挑戦すると思っていた。保存食の定番だ。
「ふむ。これは良い物だね。私も使わせてもらうよ」
リリィさんは賛成みたいで、燻製器を手に取って眺めながら言った。リリィさんも燻製好きらしい。趣味が合うなあ。
チップは森の中にいくらでもある。ほとんどの木が広葉樹だったから、ブナやナラがチップにちょうどいい。サクラやリンゴがあればもっといいんだけど、たぶん無いだろうな。
結局、キャンプ用品は全部合わせて金貨37枚だった。大部分はテント代なのだが、ちょっと高い気がする。というかお金使い過ぎじゃないかな。今後は節約していこう。
最後は食料品だ。大した物は買っていない。エルフの村に持っていくための小麦が金貨10枚分と、俺たちが食べるための保存食と小麦だ。俺たちの食料は金貨1枚分くらいだった。
意外とドライフルーツが豊富でビックリした。レーズンのような物の他に、リンゴやナツメみたいな物もあって、かなり満足だ。緊急時のカロリー源としてかなり優秀だから、山に籠もるなら持っていた方がいい。
これはパンの中に入れても美味いだろう。
そういえばこの世界にはドライイーストなんて無いよな……。ベーキングパウダーも無いはずだ。どうやってパンを焼くんだろうか。
「なあ、ルナ。パンを作る時に膨らませるよな?」
「え……? 突然、どうしたんですか?」
「いや、ちょっと気になったんだ。どうしている?」
「普通にドライフルーツの液を使いますよ?」
普通? 普通って何? わからない。俺にとっての普通は、粉末状の何かを入れることだ。ドライフルーツで何ができるんだろうか。
でも、この国で出されるパンは普通に美味しい。こぶし大のロールパンが主流だ。イースト的な何かがあるんだろう。
「そうなのか。ここではそれが普通なんだな」
「むしろ、それ以外の方法を知りませんよ」
今度、ルナがパンを作る時に見ておこう。何かがわかるかもしれない。ドライイースト無しでパンが作れるなら、楽しそうだからやってみたい。
これで準備が整った。いつでも出発できるぞ。