待ち伏せ
大量の薬草を採取した俺たちは、エルフの村に設営した拠点に戻った。その後はマップの修正をして寝るだけだ。
夜明けとともに起床し、軽い食事の後、撤収の準備を始めた。テントをバラして竈を解体する。
どうせまたすぐにここへ来ると思うのだが、気分の問題だ。キャンプ場で竈や焚き火の痕跡を消すのはマナーだからな。染み付いた習慣は消せないものだ。
人数分の椅子だけを残し、撤収を終えた。忘れ物も無い。長老に挨拶をして王都に帰ろう。いつものように、警備の女の子に長老を呼んでもらう。
今日も厳重に警戒する。4人で円になり、四方を見張った。これだけ警戒して気が付かないということは無いだろう。
「待たせたのぅ」
爺さんは円になった俺たちの真ん中から、突然声を掛けてきた。当然誰も気付いていない。全員の目をかいくぐり、全員の背後に立ったのだ。
「ぅわぁっ!」
俺たちは叫び声を上げてよろけた。警戒すればするほど、爺さんの出現方法がエスカレートしていっている気がする。
「きれいに片付いておるのう。もう帰るのか?」
爺さんが何事もなかったかのように話を進める。もうこれはわざとだな。完全に驚かせるつもりで現れている。
「……ああ。たぶん、すぐにまた来る。次はここよりも南にある、エルフの国を見に行くつもりだ」
俺も気を取り直して何事もなかったかのように会話を続けた。ツッコミを入れるのは負けた気がするんだ。
「ふむ……何か分かったら、儂にも教えてくれ。それと、次に来る時も食料を持ってきてくれぬか?」
「もちろんだ。食料だけでいいのか?」
「そうじゃな……食料だけで良い。ただ、もう少し増やすことはできんかのう」
「いいぞ。今回の倍の量を持ってくるよ」
「うむ。頼んだぞ」
元よりそのつもりだった。今回はマジックバッグの容量的に、この量が限界だっただけだ。この村の財力も不明だったから、無理に増やさなかったのだ。
マジックバッグを新調したので、倍どころか4倍くらいまで持ってくることができるだろう。でも王都の店で、それだけの量を売ってもらえるかが分からない。「問屋に行け」と言われそうな量になるからな。
隙間に魔道具素材を突っ込んできたいのだが、この村の状況では魔道具よりも食料だ。食糧問題が解決するまでは、魔道具素材を買ってもらえないだろう。
長老への挨拶は終わった。結界の外に出て、王都に向かう。
今日も魔物は無視だ。マジックバッグには多少の空きがあるのだが、報告や買取査定で時間が掛かるだろうから早く帰りたい。急いで帰れば昼過ぎには王都に着くはずなのだ。
「今日は魔物も冒険者も薬草も、全部無視して王都に直進する。できるだけ最短距離で行こう」
「わかったよー。任せてっ!」
リーズが張り切って返事をした。
文字通り“最短距離”だ。木も川も谷もすべて無視して直進する。障害物が障害にならなければ、最短距離が最も早い。
「ちょっと! ここ崖なんだけど!」
クレアの叫び声がこだまする。森の中で大声を出しちゃダメだって。まあ採集中と休憩中でなければ、そこまで神経質になる必要は無いんだけどね。
「いえ、これは坂道です。コーさんの中では、直角以上の角度がないと崖じゃないそうですよ」
崖とはそういう物だろう。王城の訓練でそう習ったぞ。俺もカルチャーショックを受けたんだ。地球では崖と言われるような傾斜でも、グラッド教官やギルバートは坂道だと言い張った。この世界の常識だと坂道になるらしい。
「グラッド教官に教えてもらったんだが、崖に見えるのは目の錯覚だそうだ。走れば登れるぞ」
「あの人たちは異常なのー!」
クレアはなんだかんだ文句を言いながらも、しっかりついてきている。問題ないだろう。
先頭を走るリーズがコースを選択しているんだ。コースに文句があるならリーズに言ってほしい。
途中、採取中の冒険者とニアミスすることはあったが、問題なく森を抜けることができた。みんなの様子を見る限り、体力にも問題がないようだ。このまま王都まで走る。
森を抜けた辺りは大草原地帯なのだが、そこは平坦ではない。大小さまざまな丘があり、意外とアップダウンが激しい。冒険者は大きな丘を避けて歩くらしく、俺たちが走るルート上には誰も居なかった。
何人かの冒険者パーティを追い抜いて、王都に到着した。他の冒険者たちは丘を避けて歩くから、たかが森と王都の距離なのに1日かかりそうだ。
「久々に痛感したわ……。とんでもない走り方をするわね……」
「楽しかったよー?」
疲れた顔のクレアと、テンション高めのリーズが対照的だ。リーズは最短距離というオーダーを忠実に守り、どんなにハードなルートであっても直進を続けた。迂回? 何それ。
しかし、そのおかげで予定よりも早く帰ってこられた。まだ昼の鐘が鳴る前だろう。
ガバガバ検査の門を抜け、王都の中に入る。身分証の確認とマジックバッグを開けて見せるだけで簡単に入れる。ちょっと心配になるが、まあ俺には関係がないことだ。待ち時間無く入れるから、俺にとっては都合がいい。
すぐに冒険者ギルドに向かった。宿を取るのはその後だ。
ギルドのドアを開けて中に入ると、いつもよりも少し混雑していた。王都の外での仕事が減った分、中の仕事を求めているのだ。幸い、王都の復旧のために仕事が増えている。極端に収入を落とした冒険者は少ないだろう。
「コー君!」
カウンターに行こうとしたところで、突然呼び止められた。
「こっちだ、コー君! 思ったよりも早かったね。待っていたよ!」
リリィさんがギルドのテーブル席に座っていた。
夕方になったら宿に来るよう言ったが、まさかギルドで待っているとは……。もしかして朝からずっと待っていたのか?
「何で居るんだよ。仕事は?」
「終わったよ、昨日で全部ね。今日から私は自由だ! さあ、話をしてくれ!」
この人、がむしゃらすぎるだろう……。まさか、もう仕事を辞めてきたとはね。
そして、俺たちがいつ来るかわからないのに待っていたんだ。ものすごい行動力だな。
「いや、仕事の報告と買い取りが先だ。もう少し待っててくれ」
「むう……仕方がない。ここで待っているよ」
突然のリリィさんには驚いたが、ひとまずカウンターに向かう。いつものエリシアさんが居る。
「お疲れ様です。予定通りのお戻りですね。みなさん無事で何よりです。
薬草の買い取りですね?」
「それもあるが、諸々の報告をしたいんだ。いいかな?
ギルド長に直接報告した方が良さそうなんだよ」
「わかりました。では、いつものお部屋でお待ちください」
応接室をいつもの部屋にされたら困るよ。すでに応接室の常連なんだけど。
「その前に、買取査定もお願いしておくよ。ギルド長と話をしている間にやってほしい」
ゴブリンが11匹、バブーンの毛皮が大量、薬草が山ほど。もう数えるのが面倒なので、全部ギルドに任せる。何度か取引をして、このギルドが信用できると分かったからな。全部を数えてから提出するのは気が向いた時だけにする。
バブーンの毛皮は、1つのマジックバッグにまとめてある。薬草は、王城で貰ったマジックバッグにまとめて詰め込んだ。だから、今日の提出はとても楽だ。次回からは毎回この手を使おう。
「……マジックバッグですか?」
「ああ。この中に詰め込んである。それなりの量が入っているから、出す時は気を付けてくれ」
エリシアさんにマジックバッグを2つ預け、応接室に入った。応接室と言っても、作りは簡素だ。防音の魔道具と呼び出しの鐘があるくらいで、他に高級品のような物は置いていない。ソファと机も、決して高そうではない。
まあ冒険者相手に高級品を使ってもしょうがないから、こんなもんだろう。外部の人間用の応接室は別にあるのかもしれないな。
部屋を観察していると、ギルド長が入ってきた。
「待たせたね。調査の報告かい?」
「ああ。ウロ……アンノウンについてだ」
ややこしい。この国ではウロボロスのことをアンノウンと呼んでいる。まさか別の国ではまた違う名前が付いているなんてことは……無いよね?
「ふむ……。様子はどうだった?」
「アンノウンは南下した後、ミルジアとの国境付近で草原に出た」
「な! 待て! 森を出たのか!」
ギルド長は話を遮って叫んだ。目を見開いて思い詰めた顔をしている。
「話を最後まで聞いてくれ。アンノウンが出たのはミルジア側だ。
そこにはちょうどミルジアの兵が集結していた。ミルジアの兵は壊滅、アンノウンのその後の動きが読めなかったから、俺が攻撃をしたら死んだ。以上だ」
ギルド長は、話の途中で何度もビクッとして何かを言おうとしていたが、最後まで話を聞いた。
「……ミルジアは? 死んだ? 何を言っている? 分かるように話をしてくれないか?」
話を聞いた結果、何も理解してくれなかった。もう一回説明するの? 嫌だよ。面倒くさい。
「言った通りだ。討伐方法は前にも話しただろう?
それを試しただけだ」
「大量の魔力を浴びせる、だったか。本当に効くんだな……?」
「いや、もっと簡単な方法を発見した。熱だ。水が沸騰する温度の2000倍で焼けば倒せる」
「どこが簡単なんだ!」
え? すげえ簡単だったんだが……。
「条件さえ整えばすぐだぞ」
「……それは誰にでもできる方法なのか?」
「……無理だと思います。そんな熱が出せる魔法はありませんし、一般的な魔道具では鉄を溶かすくらいが限度です」
ルナが遠慮気味に答えた。俺のは魔法なんだけどなあ。たぶん訓練次第で誰にでもできる。
そういえばルナには魔法を教える約束もしていたっけ。身体強化にも慣れてきたみたいだし、そろそろ教えても大丈夫だろう。
「そうか……。ところで、討伐部位は残っているか?」
痛い所を突かれた。すべて蒸発したから何も残っていないぞ。でも報酬が出ないことは覚悟の上だ。
「逆に聞くが、そんな物が残せる相手なのか?」
「ふっ。無理だな。悪かった。
しかし、アンノウンを見たという冒険者は君たちしか居ない。居たという証拠すら無いのだよ。すまないが、報酬を出すことは難しい」
「そんなの、ミルジア王国に聞けば分かるでしょ?」
クレアはそう言うが、たぶん無理だ。ミルジアにとっては作戦行動中の出来事だった。軍事に関わることだから、絶対に話さないと思う。
「悪いが、ミルジア王国が素直に情報を寄越すとは思えない」
「それは仕方がないさ。せめて情報料くらいは欲しいがな」
「ふむ……それも難しいだろう。調査料を上乗せするから、それで納得してもらえないか?」
うーん……ここで妥協するしか無いな。薬草でも儲けさせてもらったんだ。贅沢は言えない。
「ああ、それで頼むよ。俺からも軽く報告してあるが、国にはギルドから報告してくれ」
『カラーン……カラーン……』
話がまとまりかけたところで、部屋の鐘が鳴った。防音の魔道具を使うとノックが聞こえないので、代わりに鐘の魔道具を使う。査定が終わったのだろう。
ギルド長がドアを開けて入室の許可を出すと、困った顔をしたエリシアさんが入ってきた。
「どうした?」
「コーさん方が討伐された魔物なのですが……あの……。
バブーンなんです。それも群れのバブーンです」
「もしかして何か問題でもあったのか?」
猿は地域によっては神聖視されている場合がある。しまったな……そこまでは気が回らなかった。
「どこに居た……? いや、もう討伐済みだったな。しかし困ったな……」
ああ、討伐自体は問題無いのか。あの勢いで攻撃を受けて、反撃するなと言う方が無理だ。そんなことを言うバカが居たら、あの群れの中に放り込んでやるわ。
「困ったって、何がだ?」
「バブーンは目撃例は多いのだが、討伐例が少ないのだ。
買取金額がな……すぐには渡せないだろう。しばらく待ってくれ」
どうやら買取金額が決まっていないらしい。オークションになるのかな。参ったなあ、今回は現金収入が少ないぞ。エルフの村で貰った金貨もオークション対象なんだ。
まあ仕方がないな。今のところ、現金には困っていない。気長に待とう。
ギルド長への報告を終え、エリシアさんと一緒にホールに戻る。薬草の査定が終わったらしいので、今日はそれだけを受け取って帰ることにした。調査の報酬は、バブーンの時と一緒に受け取る。
カウンターの向こう側に行ったエリシアさんから、空になったマジックバッグと金貨が乗ったトレイを受け取った。総額は金貨96枚と大銀貨4枚だ。嘘っ?
「多すぎない?」
「いえ、そんなことはありませんよ?」
「……コーさん、マンバのことを忘れていませんか?」
忘れてたー! 食料扱いだったから、売れると思っていなかったよ。蛇の皮は金貨80枚だ。蛇が無ければ金貨16枚か……。やはり薬草とゴブリンだけだと収入が少ないなあ。服を買ったら終わりじゃないか。
しかし、忘れていた金が入ると得をした気分になるな。ちょっとテンションが上ったぞ。受け取りも終わったことだし、リリィさんと宿に行こう。