野草ハンター
今日は1日、薬草採取だ。クレアのテンションが朝から高い。薬師、薬作りの職人を目指しているくらいだから、おそらく薬草採取が楽しくて仕方がないのだろう。
薬草採取は山菜採りに近い。というか山菜採りだ。この世界の薬草は、どれも地球の山菜とよく似たものだった。山菜も採り始めると止まらない。
しかし、地球の山菜はどれも下拵えに手間がかかる。採った分だけ後から大変なのだが、それが分かっていてもついつい採りすぎてしまう。採っている時は楽しいのだ。
この世界の薬草採取は、後から大変な目に遭わないどころか、採った分だけ金になる。ただ楽しいだけだ。実は俺も少しテンションが高い。
「ねえ、早く行かない?」
クレアが催促をする。前回の戦いで革鎧が完全に壊れたクレアは、安全のために革の服を着ている。これは俺たちの防具と同じ店で買った服で、俺は革鎧よりも使い勝手が良いと思っている。
本人は余所行きの服のつもりで買ったようなのだが、実用で着た方が絶対にいい。皮の服は洗う時に苦労するから、着たくない気持ちはわからなくはない。しかし、洗濯のための魔道具がある。森の中で汚れても問題ない。
「え~。ちょっと待ってよー」
リーズが竈に砂をかけながら言う。余程火事が怖いのか、リーズは消火に対する意識がとても高い。火が消えていても、燃え残りや灰をそのままにして出掛けるようなことはしない。
「クレアさん、急ぎすぎです」
ルナがテントから顔を出して言う。ルナは今、テントの中の最終確認をしている。あと1泊するつもりなので、今日はテントを撤収しない。そのため、テントの中に荷物が残っていないか確認しているのだ。
この世界のテントは作りが雑なので、布の隙間などに小さな物が落ちていても気が付かない。面倒でもしっかりと確認する必要がある。
リーズとルナは、薬草採取に対して俺やクレアほどテンションが上っていない。いつも通りのテンションで、のんびりと準備をしていた。2人は忘れ物や火の元の点検を念入りにやってくれるので、感謝している。
「お待たせしました」
ルナがテントから出てきた。リーズはまだ竈に砂をかけているが、もう十分だろう。
「リーズ、行くぞ!」
「はーい」
リーズが満足気な顔をして返事をした。完全に火が消えたようだ。準備が整った。出発しよう。
今日は緊急指名依頼で森の中が混み合っているので、有名な採取地がすべて使えない。そのため新しい採取地を探す必要がある。
「クレア、どういう場所に行けばいいんだ?」
闇雲に走ってもしょうがない。せっかくマップがあるのだから、ある程度目星を付けておきたい。
今日はマップを確認しつつ、小刻みに移動する。もし良い採取地が見つからないなら、前回の沼に行くつもりだ。しかし、できれば新しい採取地を発見しておきたい。
採取地の情報は重要な財産なので、冒険者同士で採取地の情報を共有することは無い。自力で探す必要がある。
「そうね……今の時期はキノコもいいかもしれないけど、あんたたちにはまだ早いわ。
となると、やっぱり川沿いよね……。小さな沢でいいわ。見つけたら行ってみましょう」
キノコは早いか……。それは自覚している。俺程度の知識でキノコを採ろうとは思わない。思えない。俺が自信を持って採取できるキノコは、日本でも10種類も無い。しめじによく似たキノコは絶対無理だ。毒キノコが多すぎて判別できない。
今日は素直に薬草だけ採ればいいだろう。ついでに木の実の分布も調べておきたい。
移動を開始する。クレアの希望で、魔物は極力避ける方向だ。服を汚したくないらしい。洗えるんだけどな。
移動しながら気が付いたのだが、冒険者の反応をメモしておいた方がいいだろう。冒険者が長く留まる場所があれば、そこが採取地である可能性が高い。休憩中だったとしても、休憩できる地形だということなので無駄にはならない。
後でマップの改良をしなければ。地点登録が欲しい。インターネット地図のピン留めみたいな機能だ。色分けして分かりやすくしよう。
しばらく走ると、マップに沢らしき場所を発見した。そこには冒険者らしき反応もある。採取地で間違い無さそうだ。人数は……9人? ずいぶんと大所帯だな。
「うーん……良さそうな場所なんだが、先客が居るみたいだ」
「そうね。この沢の上流に向かってみましょうか」
上流に向かうとして、一度そこに居る冒険者の様子を見てみたい。そこに行けば、採取できる薬草が分かるだろう。挨拶と観察をしてその場を離れれば、揉め事にもならないはずだ。
「ちょっとそこに寄ってから行こう。何が採れるか知りたい」
「うーん……変なことしないでよね? 揉め事はカンベンだから」
クレアが失礼なことを言う。俺はそんなにトラブルメーカーじゃない。変なこともした覚えがない。でも、もし冒険者たちが突っ掛かってくるなら落雷で一発だ。川沿いだから効果はバツグンだぞ。
「揉めないさ。挨拶をするだけだ」
それで揉めるなら向こうの問題だ。俺のせいではない。
話がまとまったところで、冒険者の塊に向かって走る。川沿いで採取する下っ端っぽい若い男を見つけたので、そこに駆け寄った。
「やあ、お疲れさん。調子はどうだい?」
「うわっ! ……っ誰だ!」
『パシャン……』
若い男は驚いて、片足を川に突っ込んでしまった。目を見開いて、俺たちに胡乱な顔を向ける。
……この反応は確かに面白い。長老の気持ちが少し分かるな。
「すまない、驚かせるつもりは無かったんだ。目的地に先客がいたから、挨拶をしに来ただけだよ」
「……よくこの場所を知っていたな。それなりに奥地だろう」
ついさっき知ったんだけどね。
クレアには、辺りを観察して何が生えているかを確認するように頼んでいる。おそらく上流も似たような薬草が生えているはずだ。
「まあな。ずいぶんと仲間が多いようだが、そんなに採れるのか?」
この採取地はそれなりに広い。でも、9人掛かりで採取するほどの規模ではないと思う。
「いや、ちょっと予定外なことが起きて人数が増えたのだ。悪いが、あんたらの分は残らないだろう」
採取は早いもの勝ちだ。先に現場に入ったパーティに優先権があり、後から来たパーティは先客の採取が終わるまで待たなければならない。
しかし、先客に気が付かず採取を始める冒険者が後を絶たない。これが揉める最大の原因だ。
「ああ、問題ない。俺たちの候補は他にもある。誰が来ているのか気になっただけだ。すぐにここを離れるよ」
嘘だけどね。本当は何が採れるのかが気になったんだ。でもそれを言うと辻褄が合わなくなるから言えない。
「そうか……他にも候補があるとは、羨ましい話だ。
リーダーに挨拶していくかい?」
下っ端っぽい雰囲気の男だったが、やっぱり下っ端だったみたいだ。
うーん……もう俺の用は済んだんだけど、このまま挨拶無しで去るのは良くない気がする。どうせ挨拶だけだ。
「そうするよ。リーダーはどこに?」
「まあ待て。
リーダー! ちょっと来てくれ!」
大声で叫ぶ下っ端。森の真ん中で大声を出すなよ。魔物が寄ってくるかもしれないじゃないか。
野生の動物は大声を出すと逃げることが多いが、野生の魔物は逆に寄ってくることが多い。だから森の中での大声はご法度だ。
「大声を出すなぁ! いつも言ってるだるぉおがぁ!」
下っ端の3倍くらいの大声が返ってきた。威嚇するような巻き舌が森に響く。
だから森の真ん中で大声を出すな。
茂みの向こうから、のっしのっしと歩く髭面の大男が姿を現した。背には身の丈ほどの長さの大剣を担いでいる。
……見覚えがあるなあ。
「叔父さん!」
やっぱりねえ。
クレアの叔父、レイモンドだよ。最近見ないと思っていたのだが、真面目に働いていたようだ。
「クレアじゃないか。こんな所で何をしている?」
「何って……採取しかないじゃない」
レイモンドの目はクレアだけを映しているようだ。俺も居るよ? 無視すんなよ?
「よう、おっさん。久しぶりだな。俺たちも緊急指名依頼だよ」
「はぁ? コーじゃねえか」
「リーダー、お知り合いですか?」
不思議そうな顔をした下っ端が、話の腰をへし折った。クレアも知らない人だったので、たぶん新入りなのだろう。
「ああ、お前はまだ会ったことが無かったか。俺の姪と、愉快な仲間たちだ。
少し話をするから、お前は採取を続けろ」
雑な紹介をするなよ……。
下っ端は、姿勢を正しながら「へいっ」と返事をして仕事に戻った。返事まで下っ端っぽい奴だったな。
「ところでお前さん、まだFランクだろう?
何で指名依頼が入ってるんだ?」
「今はEランクだ。ちょっと事情があってな」
「ふむ……ずいぶんと早い出世だが、まあ悪いことではない。クレアが世話になったな」
クレアを俺たちの指導係に斡旋したのはこのおっさんだ。クレアが指導係になってくれて良かった。もしこのおっさんが指導係になっていたら……この暑苦しい人と四六時中一緒に居るのは無理だわ。
「クレアが居てくれて助かっているよ。今は正式にパーティを組んでいる」
「何? クレアがパーティを?」
「そうよ。やっと目的を理解してくれる人が現れたの」
クレアが恥ずかしそうに顔を赤くして言う。
恥ずかしいことではないと思うんだけどなあ。クレアの目標はちょっと特殊だから、パーティを組むのが難しいのは事実だ。若くして冒険者から職人に転向する物好きは少ないから仕方がない。俺達も、その物好きだからな。
……そういえば、日本に帰ったら魔道具職人にはなれないのか。うーん、本気で帰るかどうか迷うな。最近、この世界で魔道具職人になる前提で動いていたぞ。
まあ今の俺の目標は魔道具職人だ。その後のことはその時に考えよう。
「まあな。俺たちも職人になるために勉強をしているから、共通点が多いんだよ」
「むう……そんな奴がクレアの他にも居るとは思わなかった。俺くらいの年代になると、たまに居るんだがな」
ベテランの冒険者になれば知識と経験を積んでいるから、その知識を生かして職人になる人がたまに居る。しかし、若いうちに職人を目指すなら、どこかの工房で見習いになった方が早い。
だから、若くして冒険者をやりながら職人を目指す人は少数派なのだ。
おっと、話が長くなりそうだから適当に切り上げよう。採取の時間が無くなってしまう。
「邪魔をして悪かったな。俺たちも採取があるから行くよ」
「そうだな……お前らもここで採取していくか?」
普段ならありがたい申し出なのだが、この採取地はすでにキャパオーバーだろう。お互いの取り分が減るだけだ。
「やめておくよ。あんたらは大所帯だろう?
そこに俺たちが加わったら、この採取地が枯れるぞ」
「それもそうだな。一昨日、この森で迷子のDランクを拾ってなぁ。しばらく俺が面倒を見ることになったのだ」
んー……それも覚えがあるな。そんな奴らはサヒルたちしか居ないだろう。レイモンドに拾われたのか。このおっさんは面倒見がいいからなあ。
「そいつらは……いや、何でもない。採取の時間が減るから、もう行くよ」
危ない。うっかりサヒルの話題で盛り上がってしまうところだった。余計なことを言うと話が長引く。すぐにこの場を離れよう。
「ん? そうだな。引き止めて悪かった。またギルドでゆっくり話をしよう」
思わず長話をしてしまった。髭おっさんと別れ、沢の上流を目指して進む。
ちょうどいい採取地を見つけたので、そこで採取を始めた。生えている薬草は下流と同じ。今日の薬草は3種類ある。
ドクダミが少し離れた場所に群生していて、ウワバミソウがそこそこ。そして異世界では初めて見る薬草が、流れが穏やかな沢の辺りにびっちりと固まって生えている。
鮮やかな緑色をした葉と茎、一株は小さい。丸みを帯びた葉が特徴的だ。
どう見てもクレソンです。野草と言うより野菜じゃないか。
「これはハレンという薬草ね。
買い取りは1株あたり銅貨一枚だけど、どれだけ採ってもいいわよ。採り尽くしたと思っても、来年にはまた生えているわ」
ちょっと極端だが、ある意味間違っていないよな。これがクレソンなら繁殖力が半端じゃないから、数株残っていれば数年で元に戻る。
大量に採って元を取るタイプの薬草だ。クレアの言葉を信じて、ここに生えているハレンをすべて採取する。
4人で手分けをして、採れるだけ採った。マジックバッグを新調しておいて正解だった。野草は採り始めると止まらない。日が傾くまで採取が続いた。今日は大量の薬草が採取できたので満足だ。