間近で見よう古代兵器
川の向こうの様子が知れたので、ウロボロスの捜索を再開しよう。
みんなに移動の指示を出したその時、突然現れた。川の向こうで、森の中から唐突に。とてつもない威圧感と悪意をばらまいている。
その姿は、まるで竜のような形をした真っ黒な靄。巨木が動いたかと錯覚するような大きさで、風が吹いたかのような速度で移動する。
ウロボロスだ。
距離を取っておいて正解だった。見ただけで分かる。あれはヤバい奴だ。戦う? いやいやいや、逃げる。
「撤退!
森を抜けて拠点に戻るぞ!」
全員で踵を返す。全力で走り抜けるんだ。
見たいと言っていたリーズは「ぅにゃあ!」と叫び声を上げ、真っ先に逃げる準備を整えていた。そのまま先頭を任せよう。……リーズって犬じゃなかったっけ? 何で「にゃあ」なの?
「ちょっと待って! あれを見て!」
クレアが叫ぶ。その指差す所に目をやると、ミルジアの軍隊が居る。そして、そこに向かって行くウロボロス。
迫りくるウロボロスに、ミルジアの陣形が為す術なく崩される。瓦解して混乱し、さらに被害が広がっていく。
「酷い……ですね……」
ルナが足を止めて呟いた。
その状況は、戦闘と呼べる代物ではない。ただの蹂躙だ。あれは絶望しか無いな……。冒険者ギルドが厳戒態勢を敷くのもわかる。
ウロボロスには物理攻撃が一切効かないという話の通り、兵士の攻撃は一切通用していない。しかし、それと同時にウロボロスは物理攻撃の手段を持っていないようだ。
触れた兵士から魔力を吸い上げて昏倒させる。そのため死者はまだ出ていない。
魔道具だけあって、なんとなく構造が理解できる。あれはただの魔力の塊だ。粒子状の核が魔力と混ざり合って竜の形を作っている。あの靄すべてが核だ。
人間は、常に魔力が循環している。それと同時に、空気中にも魔力が漂っている。練気法には体内の魔力を、魔法を使う時は空気中の魔力を使う。俺の身体強化は両方使う。
ウロボロスは、外部からのあらゆる魔力を吸収して活動するらしい。おそらく本当の攻撃手段は魔法だな。周囲の人間から魔力を吸い上げ、十分に蓄えたところで攻撃に転じるのだろう。
これだけ観察できれば大丈夫だ。
「さて、逃げるか」
「ちょっと待ってください……。あれはこの後、どこへ行くのでしょうか?」
「……さあ?」
「まさか、こっちへ来ないわよね?」
すっごい嫌な予感がする。ウロボロスの動きは完全にランダムだ。森に帰るなら問題ない。ミルジア方面に向かってくれるなら、良くはないがそれでもいい。
アレンシア方面に向かってきたら最悪だ。力を十分に蓄えた状態で向かってくるのだ。のっけから攻撃魔法を振りまいて、都市を破壊するだろう。
北上したらアウト。確率は4分の1だ。え? 結構確率高くない?
とりあえず王に報告しよう。ウロボロスのことは、ギルドが王に報告しているはずだ。ギルドではウロボロスのことをアンノウンと呼んでいた。王もそれで通じるはずだ。
『国境付近でアンノウンが出現。今後の進路は不明』
『すぐにグラッド隊を送る。足止めは可能か?』
返事はすぐに来た。こんなに早く返信できるなら、前回はなんであんなに時間がかかったんだよ。
しかし、足止めか……。無理だな。こっちに向かってくる時は、ウロボロスが絶好調になった時だ。可能性があるなら今だ。
このまましばらく吸い上げさせて、ちょうどいいタイミングで魔法を撃ち続ければオーバーフローさせられそうだ。というか、倒す手段はこれしか無い。
もしこのタイミングを逃したままウロボロスが北上した場合、アレンシア南部は壊滅的被害を受ける。
クソ、情報が足りない。
『無理だ。アンノウンの情報が欲しい』
『巨大化するまでは攻撃をしてこない。その後は色が薄くなるまで攻撃を止めない』
返信はすぐに来た。しかし、向こうも焦っているようで、どうも要領を得ない。断片的な情報が送られてきた。
魔力を吸収して大きくなるということだろう。色が薄くなるというのはよくわからないが、たぶん魔力を消費して密度が薄くなっているのだと思う。
魔力を吸収するために動き、魔力が溜まったら尽きるまで消費するというサイクルを続けているようだ。
完全に巨大化するまでは攻撃されないのなら、その間に許容量を超える魔力を吸収させれば倒せる。危険も少ない。
どう考えても今しかないじゃないか。グラッド隊の到着を待つ時間は無いぞ。
『やれるだけやる。無理なら逃げる』
最悪だ。流れ上、俺がやるしか無い。タダ働きだよ。後で冒険者ギルドに請求できるかな。情報料くらいは貰えそうだけど、安すぎるよなあ。
俺が無視すると、この辺り一面が壊滅状態になる。そしてアレンシア南部が崩壊する恐れもある。「俺には関係無い」と切り捨てるのは簡単だが、この国にはそれなりに世話になっているし居心地もいい。
もし見殺しにしたら……今後この国にいる間、ずっと気分が悪いままだろう。こういう気分の悪さは一生引き摺るんだ。
勝てなくてもいい。追い払えなくてもいい。やれるだけのことはやった、という実績が欲しい。主に俺の精神の安定のために。
作戦を考えよう。
これは俺のワガママだから、みんなは先に逃げてもらう。それに余計なことを気にしなくていいから、俺も1人の方が逃げやすい。
まずは安全と退路の確保だ。川岸の森ギリギリの所から攻撃を仕掛ける。こっちに意識が向いたら、すぐに森の中に逃げ込む。もし追ってくるなら、そのまま森の奥までおびき寄せる。マップを駆使して逃げ切る自信はある。
次に攻撃手段だ。アンチマテリアルライフルは、弾丸の維持と発射で魔力を消費してしまうから効率が悪い。シールドや耐熱のような魔法も、範囲が広すぎて燃費が良くない。炎が良いだろう。炎なら魔力の塊だ。
作戦は決まった。
「みんなは先にエルフの村に戻ってくれ。リーズ、魔物を避けて村に直行だ」
「こんさんは……?」
「ちょっと手を出してみるよ。上手くいきそうなら、そのまま撃退する」
「え……? 逃げないのですか?」
「本当はさっさと逃げたいんだけど、もしあれがアレンシアに向かったらね……。
しばらくご飯が美味しくなさそうなんだよ」
そして寝る前に思い出すんだ。考えただけでも気分が悪い。後顧の憂いを無くすためだ、頑張ろう。
「戦わないって言ったじゃない!」
「これは俺の自己満足だからな。みんなはエルフの村に向かってくれ。俺は……まあ大丈夫だろう。逃げられない相手ではないよ。
1人の方が逃げやすいんだ。だから少しの間だけ別行動だ」
ん? 死亡フラグがビンビンに立ってないか?
ヤバいな。気を付けよう。こんな所で死ぬわけにはいかないんだ……あ、また立った。今なら何を言っても死亡フラグになりそうだ。
「私も残ります」
「あたしもー!」
「いや、逆に困る。逃げる時は俺一人の方が都合がいいんだ。先に行ってくれ」
もうなんだかこれも死亡フラグに思えてきた。気にしたら負けだな。
「……でも……」
「じゃあ行ってくる」
この言葉すらも死亡フラグっぽいなあ。
食い下がるルナを置いて、川と森の境界に向かった。草原から少し坂を下った所に河原がある。川の幅は15mくらい。ウロボロスが暴れる辺りは気配察知の範囲内だ。
俺が使う炎の魔法の有効射程は、半径約100mだ。この範囲内であれば炎を維持させることができる。雷だと10mくらい。魔法によって射程が違う。
川岸に立ち、ウロボロスを見据える。川の向こうではウロボロスがグルグルと動き回っている。兵士の魔力を吸っているんだ。
兵士は蜘蛛の子を散らすように逃げ回っている。しかし、兵士が走るよりもウロボロスの移動のほうが圧倒的に速いので、ジリ貧であることは間違いない。
巨大化って言っていてたが、どれくらい巨大化するんだろう。今は2階建ての一軒家くらいのサイズだ。最初見たときよりも二回りほど大きくなった。
今の2倍くらいのサイズまで大きくなると仮定して動こう。
魔力を吸わせることが目的なので、最初から全力で火柱……ではなく火球を発生させる。火力は注いだ魔力に依存するので、目一杯火力を上げるつもりだ。
付近にいるミルジア兵が巻き添えで黒焦げになってしまうので、上空に火球を飛ばして地面付近に耐熱魔法を使う。かなり面倒だが、できなくはない。
行動開始。耐熱魔法を展開する。火球を作り、ウロボロスの頭付近に向けて飛ばした。
まるで太陽が2つになったかのように、強烈な光と熱を発生する。今の温度はだいたい6000℃、太陽の表面温度くらいだ。ここまでは試したことがある。
ウロボロスの胴体に命中したが、案の定火球の魔力を吸収して大きくなっていく。またさらに一回り大きくなった。
同時に、耐熱魔法もガンガン吸収されていく。これでは燃費が悪すぎるので、耐熱魔法を餌にして兵士が居ない場所に誘導する。
魔力を上げ続けると、10万℃を超えた。このまま行けば100万℃、太陽のコロナの温度に到達できるはずだ。
さらに火球を飛ばす。
ウロボロスは火球に触れた部分が欠けたようになり、すぐに再生する。火球を避けて動き回るウロボロスに、さらに温度を上げた火球を命中させる。避ける? 何で? 吸収しないの?
……ウロボロスが再生しない。
吸収している様子もない。欠ける度に小さくなっていっている。
10万℃を超えた辺りから、吸収するよりも避けるようになった。20万℃を超えると、欠けた部分が欠けたままになった。どういうこと?
ウロボロスは魔力を吸収するが、魔力で発生した熱を吸収することはできないんだ……。粒子状の核が熱で破壊されているから、再生できない。
……これは勝てるな。楽勝の部類だ。
火球をやめて火柱に変える。周囲を耐熱魔法で囲み、温度を20万℃まで上昇させた。
ウロボロスが凄烈な光に包まれた。魔力が切れたら拙いので、ポーションを煽る。マズすぎて吐きそう……。
5分ほど待ち、火柱を消した。地面がマグマのようにグツグツ言っているが、そこにはウロボロスの姿は無い。完全に焼失したようだ。
拍子抜けだ。あの覚悟は何だったんだよ。死亡フラグもビンビンだったじゃないか。
念のために周囲を注意深く観察するが、ウロボロスの痕跡すら見当たらない。完全勝利だ。川の向こうでは、ミルジア兵が大騒ぎしている。
絡まれたら面倒だから、さっさと移動しよう。後のことはグラッド隊に任せる。大急ぎでこっちに向かっているはずだからね。
河原から草原に戻ると、みんなが駆け寄ってきた。
「お疲れ様です」
「逃げていなかったのか?」
近くに居たとは思わなかったな。
気配察知はウロボロスと周囲の兵士に集中していたので、みんなの様子を気にする余裕が無かった。マップを見る余裕すら無かった。
「安全に逃げられる位置で待機していました。私たちだけで逃げられるわけがないでしょう!」
珍しくルナが怒っている。眉を吊り上げて不機嫌そうな顔だ。
「悪かった。結局、俺のワガママな自己満足に付き合わせちゃったな」
「そんなことはいいんです! 1人で危険なことをしないでください!」
今回は確かに少し危険だったな。だからこそ、みんなを先に逃したんだけどね。これは反省だ。ウロボロス見学の時点で多少無茶だったかもしれない。
「いや、本当に悪かった。今後はこういうことは控えるよ」
「……コーが本当に反省しているみたいよ。珍しいこともあるものね」
「茶化さないで下さい!」
「珍しいってなんだよ……。俺だって悪いと思った時は反省くらいする。みんな、ゴメンな」
怒るルナを宥めて、ひとまずエルフの村に帰る。今日はかなり疲れた。ウロボロス討伐の報告は村に帰ってからだ。
ウロボロスは接近すると危険だが、ある程度の距離を置けば問題ない。弱点もわかった。これで心置きなくエルフの国の調査に向かえるぞ。