古代兵器捜索ツアー
バブーンの解体を終えた後、俺たちは拠点に戻った。まともな形が残っていたのは約200匹分で、ボロボロになった素材が300匹分。本当はもっと倒したのだが、ボロボロ過ぎて素材回収不可だった。
ここまでやるほど恨みがある魔物ではなかったのだが、逃げられないうえに積極的に向かってくるから、やらざるを得なかった。
魔石の数を数えると、638個だったので、おそらく638匹討伐したということだろう。
素材の数は予想よりも少なかったが、マジックバッグは一杯になった。多少の空きはあるのだが、それでも採取した薬草を入れるには心もとない。
「ルナ、手持ちの素材でマジックバッグを作ることはできるか?」
「大丈夫ですよ。5つくらい作れそうです」
5つも要らない。でも人数分あると便利だ。
リーズに形成を頼む。ミシンがないので多少時間が掛かる。固い革を手縫いするのだ。かなり重労働だろう。
食事の準備やその他の雑事は俺たちが請け負い、リーズにはマジックバッグ作成に注力してもらう。
寝る前にはなんとか4人分のマジックバッグが完成した。1つあたりの容量は、以前倒したオーガを基準にした。あれが2匹ほど収まる容量、コンビニの店内くらいの大きさになったと思う。
すべてのマジックバッグの仕様で、マジックバッグの中にマジックバッグを入れることができない。入るには入るのだが、両方の容量が見た目通りになってしまうのだ。そのため、古いマジックバッグも持ち歩く必要がある。
無駄な荷物なので、いずれなんとかしたい。
さらに相変わらず中身は腐るので、保冷機能や保存機能のようなものも付けたい。今後の課題だな。
これが昨日の状況だ。
昨日の夜聞きそびれた事を聞いておこう。
「クレア、身体強化のコツは掴めたか?」
「ああ……うん。たぶんもう大丈夫よ。いつでもできるわ」
クレアが少し迷いながら答えた。昨日のクレアは俺から見ても問題無さそうだった。本人が大丈夫だというのなら大丈夫なのだろう。
「身体強化を使った時、何か感覚に変化があるはずなんだ。何か気が付いたか?」
俺の場合『少し先の動きが見える』なのだが、クレアはどうだろう。以前からずっと楽しみにしていたのだ。
「え……そうねぇ。感覚というか、体はおかしかったわよ。
体が妙に軽くて、無限に力が湧いてくる感じだったわ。しかも、攻撃を受けても何ともないの。痛くもなかったわよ」
……それって普通の身体強化じゃね?
いや、よく考えたら昨日のクレアは異常なほど怪力だった。マクハエラがいくらよく切れると言っても、バブーンを豆腐のように斬るのは不可能だ。
よく剣が持ちこたえたな……。大丈夫なのか?
「クレア、剣を見せてくれないか?」
「いいわよ」
クレアからマクハエラを受け取る。注意深く刃を観察するが、刃こぼれ1つ無いきれいな刀身だ。曲がりも無い。
「きれいな剣だ。問題ない」
「当たり前じゃない。あんなに酷使したのよ? 昨日のうちに手入れしてるわよ」
クレアも真面目に手入れをしているらしい。
俺たちも自分でナイフの手入れをしている。魔道具職人は道具の手入れも仕事のうちだから、その辺りはみんな真面目だ。昨日はリーズにマジックバッグを頼んでいたので、グレイヴの手入れは俺がやった。
「そりゃそうか。
クレアの剣は思ったよりも早く壊れるかもしれない。異常があったらすぐに言ってくれ」
たぶんすぐ折れる。強化付与を覚えられれば問題ないが、クレアにはまだ早い。それよりも早く折れるだろう。
「うん……ありがと!
ところで、今日はどうするの? 薬草を採取して王都に戻る?」
そういえば、みんなにはまだ相談していなかったな。
今日はウロボロス見学ツアーだ。もちろん見るだけ。まともに戦うには面倒過ぎる相手なんだ。
「今日は南の探索に向かおうと思う」
「ちょっと待ちなさいよ。長老さんに言われたことを忘れたの?」
ウロボロスは南西に向けて移動したそうだ。見学に行くのだから、当然追いかける。
「覚えているぞ。だから南に行くんじゃないか」
「何のために行くんですか……?」
ルナも不思議がっている。ちゃんと説明しようかな。
「俺は今後、調査のためにミルジア王国の東へ行こうと思っている。その先には間違いなくウロボロスが居るだろう。不測の事態に備えて、一度確認しておきたいんだ。
もちろん今回は見るだけ。遠くから確認して、すぐに離脱する」
「あたしも見たーい!」
はいはい。リーズは今日もリーズだねえ。リーズが近付きすぎないように注意しておこう。
「そういうことでしたか……。お付き合いします」
「うーん……見るだけよね? 襲われても逃げるのよね?
反撃しようとはしないのよね?」
「そのつもりだ」
クレアは何の心配をしているのだろう。襲われて逃げ切れないなら反撃するしか無いと思うんだけどなあ。
まあ今回は襲われる前に逃げる予定だ。昨日のバブーンとは違う。最初から逃げる前提で接近するのだ。退路を確保してから接近するし、目視できたらすぐに離脱する。
「まあ、これも調査のうちね。協力するわ」
全員の同意を得られたので、予定通り行動を開始する。
厄介な敵に絡まれると困るので、今日はできるだけ敵反応から避けて移動した。途中で見つけた蛇だけは、食料として確保しておいた。
かなり南下したはずなのだが、ウロボロスらしき反応が無い。ついでに残念ドラゴンらしき反応も無いので、方角が間違っているらしい。
魔物反応は、リーズの勘とマップの反応で判断している。
現在のマップの仕様は、気配察知の警告の代わりに、色のついた点と大まかな名称が表示されるようになっている。当然だが、未登録の反応は『不明』と表示される。
相手の大きさや魔力の強さを表示の大きさで表し、反応の種類によって色分けされている。
敵対は赤、注意は黄色、友好は緑。仲間は青で表示される。これらは明確に俺たちに向けられた反応だ。人間と魔物と動物の区別も付けられる。
「みんな! ちょっと止まって!」
クレアが走行中の俺達に言う。
リーズに停止の合図を送って隊を止めた。
「どうした?」
「かなり南に来たわよね?
たぶん、もうすぐミルジア王国に入っちゃうわ」
マップで確認するが、辺りは森なのでどこが国境なのかわからない。
「何か問題があるのか?」
「無許可での越境は重罪よ。特に、向こうはミルジアなんだから。
すぐに引き返したほうがいいわ」
ミルジア王国は、俺たちが住むアレンシア王国と、とても仲が悪い。表向きには交易をしたり交流を持ったりしているのだが、常に牽制し合っているそうだ。
冒険者や商人は、ギルド経由で国から発行される許可証を持っていれば越境できる。無許可での越境がバレると、それはそれは面倒なことになるらしい。バレればね。
バレるとは思えないんだけど、念のためにルートを変えるか……。
「わかった。じゃあ、ここから西に向かおう」
どの道、ウロボロスは発見できなかったんだ。次に向かうなら西だ。
西に向けてさらに走る。マップでは終始森しか表示されていないのだが、その中に不自然な反応が1つ。森の真ん中で、特大の家畜の反応。
「残念ドラゴンが居るなあ」
「その呼び方、やめなさいよ……」
残念なものは残念なのだから仕方がない。
しかし、あいつに絡まれると面倒だ。ウロボロスはこの辺りに居るのだろうから、あいつを避けて捜索しよう。
しばらく走り続けると、森に差し込む光が増えてきた。もうすぐ森の終わりだ。しかしまだウロボロスらしき反応が捕捉できないでいる。
「森から出ちゃうよー!」
先頭を走るリーズから注意された。
また空振りか……。一旦森から出て休憩しよう。近くに居ることは間違いないはずだ。
「そのまま出てくれ。どうせ草原に出るんだろう。そこで休む」
王都から出たすぐの所は、見渡す限り草原が広がっていた。おそらく国境付近までは、ずっと草原だろう。
予想通り、森を抜けると草原だった。たまに木が生えているのだが、目印にもならない。
ミルジアに向かうための街道は整備されておらず、歩くのも困難だ。そのうえこの何もない草原。これでよく迷わないものだな。
「魔道具があるじゃない。それでも迷うなら、家から出ない方がいいわよ」
クレアが俺の素朴な疑問に答えてくれた。
そういえば方向を示す魔道具があるんだった。商人や冒険者なら誰でも持っている。
俺たちは草原で軽く腰を下ろして休んでいるのだが、ここで長い休憩を取るつもりは無い。少しミーティングしたらすぐに出発する。
「さて……次はどっちに向かおうか?」
「ねー、あっちがなんか変だよ?」
リーズが何かを感じたらしい。リーズが指す方向は、ミルジアの国境がある方角だ。
国境と言っても、明確に境目があるわけではない。大きな川を隔てて、両国がなんとなく領土を主張している状態だ。そのため、川の両岸は緩衝地帯となっている。どちらの国でもない土地だ。
「変て……何が変なんだ?」
「人がいっぱい居る。すごいいっぱい」
王国の兵士は大半が王都に集結しているから、もしかしたらミルジアの兵士かもしれない。
でも何故だ……? 緩衝地帯で兵を動かすと、敵対行動と判断される。余程の事情が無ければやってはならない。
「クレア、最近戦争の兆候でもあったか?」
「無いわね……。サヒルって言ったかしら。彼もそんなこと、言ってなかったでしょ?」
「近頃は小康状態でした。強いて言うなら、教会の南派ですかね……。彼らはミルジアの影響を強く受けているようでした」
教会南派は、つい先日撃退したクーデターの中心となる人たちだ。良く言えばミルジアの宗教を取り入れた新しい宗派なのだが、どう見てもただの反乱軍だった。
少しキナ臭いな。一応確認して報告しておこう。
「ちょっと見てくるよ。待っててくれ」
「それならアタシも行くわ。見るだけなら平気よね?」
結局、全員で目視できる位置まで移動する。不自然にならない程度に魔法で土を岩に変えて、その陰に隠れた。
大きな川の向こう岸には、大量の兵士が居た。マップの捜索範囲の外にも居るので、正確な数がわからない。数千人は居るだろう。整列していないので、おそらく今は休憩中だ。
この川には、申し訳程度の吊橋が掛けられている。馬車1台がなんとか通行できる程度だ。
お互いの国が警戒しあっているこの場所では、まともな橋を掛けることができない。街道が無いのも同じ理由だ。敵の進軍速度を早めるだけなので、逆に危険だ。
ミルジアの意図がわからない。もしかして、ウロボロスの情報を知ったのか?
物理攻撃が効かないウロボロスに対して、一般の兵士を連れてくるとは、どういうつもりだろう。魔法使いの大軍を連れてくるべきだ。それとも、ここにいるほぼ全員が魔法使いなのかな。
それともう一つ、仮説が立つ。戦争の準備をしている可能性もある。
先の反乱は、あまりにもお粗末な物だった。兵は傭兵頼み、市民の賛同は得られていない、攻撃開始も見切り発車だ。
成功するとは思えない反乱なのだが、王都を混乱させることが目的だったとすれば、その目的は十分に達成された。攻め込むには、またとないチャンスになる。
これがすべて仕組まれていたことなら……ミルジアがアレンシアを攻め落とすための策だというのなら、すべてが納得だ。
策に溺れまくって死にそうなんだけどね。
反乱は1日で終決し、今は復旧に向けて活動中だ。騎士や兵士も、すぐに本来の持ち場に戻る。
もしこれが策だと言うのなら、すでに破綻している。放っておけば勝手に自滅するだろう。
このままだと判断できないな。後のことは国に任せよう。
「ねぇ、どうする気?」
「王に報告しておくよ。後は兵士がなんとかするだろう」
不審がるクレアをよそに、マジックバッグから転写機を取り出す。
『国境付近にミルジア兵が集結中。至急確認を』
文字を送るだけだ。長ったらしい文章など必要ない。用件が伝わればいいのだ。
送信を確認すると、すぐに転写機が細かく震えた。受信だ。ずいぶんと早い返信だな……。
『了解した。速やかに殲滅せよ:代筆 グラッド』
グラッド教官じゃないか。やっぱり王以外も見ているんだな。
で、なんで俺がやるんだよ。こんなことは兵士の仕事だろうが。というか現場を確認する前に殲滅ってどういうことだよ。物騒すぎるわ。
『ご自分でどうぞ』
後は知らない。勝手にやってくれ。
『グラッドの指示は無視せよ。こちらで確認する』
また転写機が震えた。今度は王からだ。簡潔な文章も書けるんじゃないか。いつもこれでいいのに。
グラッド教官と王の間で、どんなやり取りがあったのかが気になる。意外と気安い関係なのかな。まあ俺の仕事はここまでだ。本来の仕事であるウロボロスの捜索に戻ろう。